4月26日 日曜日 雨 ちょっと寒いかな

 

武雄子ども劇場の方に「しおみのカッパ」の話をしました。

お母さんとお子さんと約10名の方にお話とカッパのクイズで楽しい時間を過ごしました。

 

今日は蘊蓄(うんちく)コーナーはお休みします。

 

[かっぱ伝説の発祥の地は橘町の潮見神社]

平成17年、 神奈川大学の小馬 先生によると、 かっぱ伝説の発祥地は、 武雄市橘町 だと言われています。

 1302年渋江水神宮が潮見 神社に祀られるようになりましたが、 これが全国の かっぱ伝説のはじまりです。

 

では、詳しくかっぱのお話を(ちょっと長いぞー。)

 

潮見神社の御祭神 橘諸兄(たちばなのもろえ)(こう)の孫 兵部(ひょうぶ)大夫(たいふ)(しま)田丸(だまる)は、奈良時代の神護景雲二年(七六八)春日大社を常盤の鹿島から今の御蓋山(春日山)に移す際、匠工の奉行を務めました。匠頭が九十九体の人形を作り、秘法で命を与えたところ、童となって神力をあらわし、たちまち工事を無事に成功させてしまいました。役目を終えた人形は、秘法を解かれ川に流されると、カッパとなって人畜に害を与えるようになりました。そこで、潮見神社の宮司がカッパを集め、「この石に花を咲かせたら、お前たちに人間を一人くれてやろう。

それが叶わなければ、決して人に害を与えてはならない」と誓わせました。

しかし、石に花が咲くことはなく、約束通り、カッパが人に害を与えることはなくなりました。

その誓いを立てた石は、現在の潮見川畔の「誓文石」と伝わります。

また、島田丸の家来であったカッパは、兵主部(ひょうすべ) と呼ばれるようになったと云われています。  

潮見神社の宮司家(毛利家)には水難除け・河童除けの呪文が語り継がれています。

 

「兵主部(ひょうすべ)よ 約束せしは忘るなよ 川立つをのこ 跡はすがわら」

(かっぱたちよ 約束したではないか 泳いでる子供たちをいじめてはいけないぞ 

子どたちは菅原道真公の子孫であるぞ)

※その昔、菅原道真公はかっぱ達を助けたことがありました。

 

潮見古墳(佐賀県武雄市) | 九州の古墳遺跡巡り

誓文石。今は芝桜の公園になっています。

(草取り大変でした。)

 

「ひょうすべ」は、漫画家・妖怪研究家の水木しげる氏も当宮を調査研究をされました。

 

ご清ありがとうございました。

では来週・・・。