バスで8時間くらいと言われたので、どうせ9時間か10時間はかかるだろうと思っていたら7時間でマドゥライに着きました。朝4時半です。まだ真っ暗。

しばらくターミナルのベンチでぼーっとしてから、市バスで市内中心に行きました。アポンというパイみたいなやつを売店で食べ、6時半に宿チェックイン。シャワーを浴びて二度寝です。いつでもチェックインできる南インドスタイル、素晴らしい。


昼前に起きて街へ行きます。見どころは多くないので、ゆっくり歩いてまわります。

マドゥライは紀元前から南インドで栄えたパーンディヤ朝の都があった都市です。北インドはマウリヤ朝やらクシャーナ朝やらが興亡していましたが、南インドはまた別世界として発展していきました。パーンディヤ朝は中国やローマなんかとも交流があり、エリュトゥラー海案内記なんかにも詳細な記述があります。

14世紀ごろには滅亡しますが、その後も藩王国がそれぞれの統治を行いました。現在の街は16世紀に建てられたミーナクシ・アンマン寺院にを中心に作られたものです。


街を歩くと、やはりキリスト教会が結構あります。

名もなき教会。




セント・メアリー教会。



白と青がとても美しいですね。




ティルマライ・ナーヤカ宮殿。





17世紀に建てられた宮殿です。なかなか立派です。

古代の壺が展示されていました。



しかし、見どころはこんなもん。
当時はこの4倍の大きさでしたが、かなり破壊されたようです。


意外と多くの人が訪れていて、現地の方々や欧米人ともコニュニケーションがありました。今回のインドでインド人以外と話したのは初かもしれません。





夕方になり、ミーナクシ・アンマン寺院へ。マドゥライの中心にある大寺院です。



16世紀建立、シヴァ神などを祀った寺院です。東西南北の塔門がめちゃくちゃでかいです。




入場時にカバン、スマホ、履き物は全て没収されます。財布だけポケットに入れて歩きました。

数々の像や沐浴所、黄金でできたハスなんかがとても良かったです。皆さん静かに真剣に祈りを捧げており、神聖な雰囲気でした。
中心にある神殿にはヒンドゥー教徒以外は入れませんが、十分雰囲気は味わえました。

目玉である千柱堂というものは改修しており見られませんでした。


外から見える神殿への入り口で写真が撮れました。




この日行くべきところは一通り終わりました。道端でメモを書いていると、動物の絵を買ってくれと近づいてくる人が。いつものようにシカトします。
「絵を買ってくれ」「いらない」「どこから来たの?」無視「韓国?」無視「韓国でしょ?」無視「この人知ってる?」
差し出された本をちらっと見ると、表紙には文鮮民の写真が。思わず吹き出してしまいました。

「おいおい、あんたファミリーフェデレーションか?」って、これは無視できません。
家庭連合(旧統一教会)に祝福を受けたという夫婦です。ヒンドゥー教への信仰は持ちながらも、今はマザームーンへの愛だのなんだので幸せなんだそう。来年韓国に行くんだよって。

色々と話しました。日本でどんな問題が起きているか知ってるか?って聞いたら、知っているとは言うんですがいまいちわかってなさそう。モディの友達であるシンゾウ・アベの話も、わかっているのかよくわかりません。

当然こちらは信仰していないことを伝えた上で、一緒に写真撮ったりしました。なかなか貴重な体験でした。


別れた後、なぜか追いついてきて寄付をせびられたので、若干言い合いになってしまいました。喧嘩別れというほどではないですが、あのまま終わらせて欲しかったな。ちょっと残念です。


ここはもちろんインドですが、キリスト教会も多く、家庭連合の夫婦もいて、なんだか不思議な気分です。面白い街だなあ。