ご縁あって足元について考える

機会があった。
お陰で

「足ってなかなか大事みたいだ」

となんとなく思うようになる。


その後、近場でも足について熱く

語ってくれる方にも出会うことが

でき、今はその方のところに

定期的に『歩く』を教わりに

行っている。


足について熱く語ってくれるのは

靴屋さんのスタッフ、

キャシーさんだ。
たくさんのお客さんの足元を見て

きている為、歩く姿、立つ姿勢

などを見るとたくさんの事に気

いてしまうようで、ほんの

ちょっとの違いもこちらに伝えて

くれる。

やはり、どのようなジャンルでも

たくさんの事例を見てきている方

は、気付きのセンサーがハンパ

ないな、と感じる。


思えば歩きを見てもらうように

なって、1年半以上になっている。

よくキャシーさんは


「足元から整える」


と言っている。

足元の上に、膝、腰、背骨、肩、

首、頭、と載ってるのだから、

足元=土台とも言えるような気が

した。



足元から整える。


というフレーズは


土台を整える。

環境を整える。


に共通するものがありそう。



先日行った時には、

「だいぶ足元が良くなってきた

ようなので、次の段階に進んでも

いいかもしれないです。」

と言われた。


足元が整ってきたからこそ、

次の段階に行けるのか。


足元から整える。

この『から』が何気にポイント

なのか?と感じた。

『この先』があるって事なのか。

ここで終わりって事ではないん

だろう。


1つできるようになったから、

次の課題が見えるようになる。

向かえるようになる。


なんか、別のところでも最近

聞いたなぁ〜、なんて思った。



土台から整え、環境から整え、

そして『自分が整う』を

実現したいっつーのーーー。




キャシーさんに歩くところや立ち姿を見てもらい、写真に撮ってもらった。自分の歩く姿、立つ姿なんて客観的に見ないので、モーレツに貴重な情報だよね。




我が家のお子らはゲーム・動画が
大好きである。
やっぱ面白いところに人は魅かれ
る訳で、放っておけばアタマが
痛くなるまでやっている。

一応、ゲーム・動画をやる時間に
ついてのルールもあるが、放って
おけばアタマが痛くなるまでやっ
ている。

結構この状況、私は見るのが嫌。
ほんと、嫌。

講座を受けて、少し心が整った感
を得て子どもに相対したら、、、

ルール破って、朝ごはんも残した
ままで、着替えもしないで、
ゲーム・動画やってますよ。

ああ、これが我が家の現実_| ̄|○


さて、ここで腐るだけでは前に
進まないともわかってるので、
ちょっと自分が何を心配している
のか考えてみた。

途中経過はここでは割愛して、
今の私の行き着いた心配ネタは

ゲーム・動画のし過ぎで、現実
世界で生きられなくなること

だった。

現実世界ってなんだろう。
時間がある。
直に人と接するところ。

そして、子どもにとったら

親がいるところ。

でもあるのかな。

じゃ、現実世界でどんな風に
生きていきたいと・生きていっ
てほしいと願うのか考えてみた。

現実世界で自己価値を感じられる
ようになりたい・なってほしい

(自己価値って、まだよく理解
できていないけれど、最近かなり
大事なんじゃないかと感じるよう
なったので、敢えて使ってみる)

んじゃ、自己価値を感じるに
繋がる事ってなんだろうと考えた。

♡人との関係性が心地よい。
♡批判されない。
♡味方。
♡あったかい。
♡笑顔。
♡いつでも「おかえり」。
♡自分の話を聴いてもらえる。

とりあえず、パッと思いついたのは
そんな感じ。

さて、これから子どものいる家に
帰ろう。


カブトムシの幼虫がサナギになった。
変態してる最中なの♡
つか、ここでサナギになっちゃ〜超丸見えっすよ。



私はとてもホラー、心霊ネタが
苦手だ。
中学生の頃は、好奇心に負けて
つい友人が持つソッチ系の本を
見てしまい、後悔しまくりながら
トイレやお風呂に入っていた。
(そういう所で妙に内容を思い
出して怖がる人)

高校生になってからは、好奇心
より自制心?が働くようになった
のか、決してソッチ系は見なく
なった。
その頃一瞬目指した将来の仕事が
ホラー映画などの特殊メイクする
仕事だった。
何故なら、ホラー映画の裏側を
知れば、ホラー映画が怖くなく
なる、と思ったからだ。

幽霊の正体見たり枯れ尾花

きっとそんな風に考えたのかも
知れない。


最近、子育てについての学びで

大切なものを手放しても自分が
握っているものは何?

という問いかけがあった。

家族で楽しく過ごしたい、と
願っていても、実際には楽しく
過ごしている時間は少ない。

自分は
『家族で楽しく過ごしたい』
より優先している何かがある
ようだ。
それについて考えた時、ふと
思いついたのが

家族と日々楽しく過ごしていった
先に、その家族を失ったとしたら
自分はどんなに悲しむだろう。
大きく大きく悲しむ時がくるくら
いなら、『そこそこ楽しい家族』
でいいんじゃないか?

なぁーーーーーんて事だった。


『そこそこ楽しい家族』

それが自分の本当の願いなのか?
そう問えば、答えは「いやいや、
そりゃ違うっしょ」だ。

大切な存在を失う時もあるだろう。
でも、失う時の悲しみを恐れる
あまり、日々を楽しまず無感情で
過ごすなんて、それが自分の望む
生き方ではないよな、と思った。

恐れているものや時も確かにある。
でも、それはあまりにぼんやりして
いて、あれもこれもが恐いと感じて
いるのかもしれない。

頭で考えてイメージを勝手に膨ら
ませ、陽炎のようなものをたくさん
作ってしまうより、自分は何を恐れ
ているのか、ちょっと明確にして
「私ってこういうものを恐いと感じ
るんだ〜」と受け止めてみるのも
一つかな、と思った。

その後もしできるなら、ホラー
映画の裏側を知るように、自分の
恐れの正体について考えてみよう
かな。
そしたら、少し恐れが減るかも
しれないし、不必要な恐れを作っ
ているのに気づくかもしれない。


娘は飼っている鳥をとても可愛がっている。先が云々とか考えず、とにかく今とことん可愛がっている。だから鳥も娘にはこんな格好しちゃうんだろうな。
鳥の足裏、初めて見たよ( ̄▽ ̄;)