偉人伝シリーズ第三弾。
いままで、「偉人伝」として伊能忠敬、シュリーマンを紹介してきた。
この安藤百福氏も、私は同じカテゴリーに入る人だと思うのだ。
彼が48歳のときに、チキンラーメンを発明して「日清食品」という超優良企業を育てたことは有名である。
そのことばかりにスポットライトが当たるのだが、彼の前半生も立派なものだった。
伊能忠敬やシュリーマンと違うのは、太平洋戦争という荒波に翻弄されたという点である。
彼は台湾で生まれ、祖父が起こした繊維問屋を発展させて財を成す。
航空機や精密機械の部品製造まで事業を拡大していたが、終戦を迎えることになる。
戦前は、憲兵隊に睨まれ拷問を受け、戦後は、GHQに目を付けられ事業の再出発を余儀なくされる。
大阪で百貨店を経営することを足がかりに出直しを図るが、要請を受けて理事長に就任した信用組合が破綻して、財産の大半を失った。
戦争さえ無ければ、苦労する必要の無かった前半生と言えよう。
一からの出直しで、起死回生のホームランだったのが、『チキンラーメン』だ。
彼は、『チキンラーメン』を発明しなかったとしても、きっと違う事業でも偉業をなしていただろう。
でも、財産を失ったからこそ、つまり、本当に人々の求めるもの、社会貢献度の高いものに人生を賭けてまい進することが出来たのかもしれない。
つまり、前半生の経験によって、完全なビジョナリーな人になったと言えるのだろう。