国際分業っていうのが、現在の農政経済学者あたりの、支配的な考え方なんですが、農業というの は、本来、分業で、特殊な地域で少数の者がやるべきというんじゃなくてですね、すべての人間が、 自分の生命の類を自分で作って、自分が生きているということをかみしめて、日々生きていくという のが本来であって、他人にまかせ、一部の者に作らす、あるいは、肉は、どこそこの国で作り、果物 ほどこそこの間で作り、魚はどこでとればいいという、国際分業論的な考え方っていうものは、全く人間の生活の原点ということを忘れた政策だといわざるをえないと、私は思うんですね。

私は、実は、国民皆農っていうのが理想だと思っている、全国民を百姓にする。日本の農地はね、 ちょうど面積が一人当り一反ずつあるんですよ。どの人にも一反ずつ持たす。五人の家族があれば五 反持てるわけです。昔の五反百姓復活です。五反までいかなくても、一反で、家建てて、野菜作って、 米作れば、五、六人の家族が食えるんです。自然農法で日曜日のレジャーとして農作して、生活の基 盤を作っておいて、そしてあとは好きなことをおやりなさい、というのが私の提案なんです。玄米や麦めしがいやという人には、日本で最も作り易い裸麦で作った麦めし・パンもよいでしょう。 これが最も楽に生き、国を楽土にする、一番手近な方法だと思います。現在の農政というのは、それ とは全く反対なんです。数を減らして、少数の者に作らそう、アメリカ式にしようというのが、目標 なんです。しかし、これは、能率が上がったというのとは、ちがうんですよ。
福岡正信
食糧難の作り方