世見
2022年10月24日(月)
三方ヶ原の戦い
この世の中には、偶然で片付けるにはもったいないお話もあります。
世界的に有名なお二人と徳川家康が、同年にあの世に旅立っていたのです。
その有名人とは、『ドン・キホーテ』を生み出したスペインの作家ミゲル・デ・セルバンテスと、イギリスの劇作家ウイリアム・シェークスピアです。
ただね、こうして見ると、その当時の国の有りようが感じられます。
徳川家康の人生と二人の有名人の人生との違いはわかりませんが、三人があの世で人生論を語っていたとしたら、何故だか楽しくなって来ます。
家康が、『ドン・キホーテ』と『ハムレット』を、あの世で本人達から日本語で内容を聞いていたとしたら、すごくワクワクします。
家康も、「三方ヶ原の戦い」での大敗の様子を二人に聞かせたりしているかもしれません。
日本には戦国時代がありました。
家康も戦国時代の有名人とは戦を通して人物像を感じ取っていたことでしょう。
三方ヶ原の戦いでは、2万5千の軍勢を率いた武田信玄との戦いに、徳川勢は8千、それに加え織田信長からの援軍は3千。家康は野戦を選択して、自ら兵を率いて三方ヶ原へと進軍しましたが、二時間足らずで大敗したのです。
この時の犠牲者は1千人余りにもなったと伝えられています。
家康から見て、真田昌幸はどの様に映っていたのでしょうか。
戦国物語の中で上田城の戦いは凄いとしか言えません。
『三河物語』では、徳川勢の様子を「悉く腰が抜け果て震えて返事もできず」と伝えています。
真田勢の死者21人に対し、徳川勢は千三百人余りだったと言いますから、真田幸村も有名でしたが、真田昌幸も私は凄い武将だったと思っています。
家康は、直江兼続のことが大好きだった気がしています。
【追記】
千島海溝と日本海溝の線上が、最近気になって仕方がありません。
十勝沖、根室沖、青森県沖、宮城沖、福島沖、茨城沖、北海道、択捉島。
大きく揺れると、広範囲が揺れそうです。
揺れやすくなっています。
お気をつけください。