世見
2022年4月17日(日)


喜びでいっぱいの日に  

“喜び事を見付ける天才”に私はなりたいのです。
「喜ぶ」このことをついつい忘れて、一日何となく過ごしています。
ウクライナの女性は言いました。
「今までどんなに幸せだったのかが戦争に巻き込まれてわかった」と。
幸せと喜ぶ思いは重なります。
「喜んでいる私」、この思いの時には笑顔しかありません。
ただ、喜ぶという言葉を言えているかといったら、中々言えてはいません。
だから、自分を喜ばせるためにも、日頃からクヨクヨせず、「心配だぁ」を言わないようにしなくてはいけません。
健康だと喜ばしいことなのに、健康が普通になってしまっています。
だからこう言うのです。
「健康だぁ~」って。
そうすると顔がほころび、健康を喜べるのです。
誰もがね、一日明るく元気に過ごしたいと思っているのですよね。
なのに、心をドヨ~ンとさせたり、楽しいこともないなぁーと思ったりと、喜び事を見付けるのには程遠い思いで時を過ごします。
だから覚えていて欲しいのです。
今日私は喜び事を見付けました。
朝食のトマトがとても美味しかったのです。
たったこれだけで喜べる自分が好きにもなりました。
真田ナオキさんの歌を聴いていると、私も頑張りたくなるから、喜べる気持ちも倍増し、ついついつられて歌っています。
同じ一日なら、自分で心が朗らかになる演出をしなくてはいけません。
だから私は「長悩み」だけはしないようにしているのです。
あなたも、今日一日喜びでいっぱいの日になさってくださいね。

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長生きの秘訣ですね