松原照子世見
2021年10月2日(土)


卑弥呼と弟橘媛  

「謎の女王卑弥呼」その正体とは!?
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何度、卑弥呼世見を書いたでしょう?
いつも答えはなく、説明と感想文世見です、、
予知能力も不思議な世界の方も何も教えてくれません、、



こんなタイトルをつけただけで、ウヒョ~と何かわかりませんが知りたくなります。
卑弥呼といえば、三世紀弥生時代の後半から古墳時代にかけてです。
この時代は、日本各地には広大な穀倉地帯があり、巨大な館を建設。
長を中心にした集落が出来た頃でもあります。
小規模とはいえ、国へと成長する時期でもありました。
卑弥呼は、三世紀の頃の倭の国王だったのだろうか?
そのことを知る方法としては、『魏志倭人伝』しかないのが残念としか言えない。
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不思議な世界の方々に聞いたらどう?


その国は男子を王としていた その状態は70~80年続いた
その後、倭国は乱れた
お互いを攻撃して何年か過ぎる そこで一人の女子を立て王にした
その女子の名が 卑弥呼 人々を 魅了する能力があった
年はとっていたが独身だった 弟が国を治める手伝いをした
不思議なことに卑弥呼が王になってから
卑弥呼を見た者はいなかった 侍女の数は千人 男子はただ一人いた
言葉を伝える為に居所に出入りした
倭国の中では王の存在が知られるのが、
金印に見える「奴国王」と、後漢書に見える「倭国王師升等」「漢委奴国王」です。
「魏志」の女王国、邪馬台国とはいずこなのか。
あれ、急に弟橘媛(おとたちばなひめ)と書きたくなりました。
神奈川県にある橘樹神社(たちばなじんじゃ)、一度行ってみたくなりました。
卑弥呼と書いていたら、弟橘媛を書きたくなるなんて、どうしてなのでしょうね。