松原照子世見
2020年4月13日(月)

サムソン  

サムソン‥‥どこかで聞いた言葉です。
私が今から書こうと思っているサムソンは、イスラエルの12部族の中ではダントツでゾラのマノアの子なのですって。
こうして書き始めてはいるのですが、次に何を書けるのかはわかってはいません。
いつもながら、指任せなのか頭の中の何か任せなのか、原稿用紙のひとます ひとますに字が埋まっていくのをひとつの楽しみとして、書いていってみようと思います。
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いえ…
Google検索しての他人のブログ任せでしょう…


サムソンは生まれる前から「ナジル」。
なんだ~これ、と思ったら「献身者」の字が見えました。
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パソコン画面かスマホ画面から見えたのでしょう、

どうやらサムソンは、生まれる前から献身者として決まっていたみたいです。
母の長い祈りの後に生まれたサムソンは、名前の意味の「太陽の子」にピッタリに育ち、明るく奇略に富む性格でした。
ナジル人との約束で、髪の毛は生まれたまま一度も切られたことはなく、7つに分けて編まれていました。
この髪こそがサムソンを運命でもあるかのように英雄にし、又悲劇を呼ぶ原因になったのです。
何故サムソンのことを書いているのかもわかりませんが、朝から“サムソン”が頭に浮かぶのです。
韓国のサムスン電子は、もしかしたら今書いているサムソン(太陽の子)ということから付けたのかもしれません。
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サムスン電子→samusung
サムソン→samson

いつもの曖昧、適当…
責任のない浅い想像…


サムソンは怪力の持ち主でしたし智恵者でもありました。
このことでペリシテ人の町に出入りが出来、ペリシテの娘と結婚するのですが、ペリシテ人との関係は険悪で、様々な悲劇が起きました。サムソンは味方のユダ族に捕まり、ペリシテに渡されたのですが、怪力の彼はロバの顎骨一本で集まったペリシテ人を1000人も打ち殺してしまったのです。
サムソンはガザの遊女のところから出た時、敵に囲まれましたが、門もろ共引き抜いて帰ったとも語り継がれている人です。
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今日もGoogle検索しての歴史説明世見…

今、いります?
この情報?

読者がこんな世見を求めているとでも…?