【松原照子】世見 2017年4月12日(水)


岸信介  



日本人は戦争が好きな人種だったのだろうか。


「日露戦争での勝利」を覚えている人は少ない。


遼東半島から東北部へと突き進んだ日本。「満洲国」といっても、若者達には何のことかもわからないかも知れない。


学校で歴史に出て来るから覚えた、というくらいだろうとも思うし、「試験」がなければ、学生たちが覚えることも少ないかもしれません。


歴史に名を残す人と、我々のような一般人との違いはわかりませんが、国のトップの意志の働きによって犠牲になるのは、一般人が多いのは間違いがない。


今一度、満洲に刻まれた日本人の歴史を思い起こして欲しいのです。


現代は、あの頃のように闇に包みこまれて葬られる事はない。


多くの国民が写真機なる携帯を持ち歩いているし、至る所に防犯カメラもあるし、ネット社会でもあります。


真実 これも闇の闇。


満洲にどれだけの日本人が集まったのだろうか。戦後総理になった岸信介もその一人でした。


突然ですが、


「大ばくち 身ぐるみぬいて ○○て○てん」


最後が聞こえにくいのですが、こんな声が聞こえました。


それと「仕組まれた」とも言った。


岸信介と東条英機、この二人の人生の歩み方はどうだったのだろうか?


岸信介は何を思い、沖縄をアメリカにプレゼントしたのだろうか。


私達は、政治を他人事と思っていると、どんなことを調印されるかわかりません。


ほんの少しの人の想いが、今も沖縄を苦しめていることを忘れてはいけません。


アメリカとの密約が、今も交わせられているかもしれないのです。