【松原照子】世見 2017年3月15日(水)


桜田門外の変  



大阪の四天王寺の境内で自刃した人がいたといいます。


その人の名は 高橋多一郎。


水戸藩の人です。


桜田門外の変に関与した一人です。


桜田門の前で、白い雪の上に鮮血が舞ったあの日。桜田門外には事件後、無数の指や耳があったとも伝えられています。


水戸藩の戦死者はただ一人。


残る17人は、自刃又は死罪になったと言われています。


井伊直弼が暗殺されたのが3月だったと教えられ、3月の東京に大雪が降ったのだと思うと、春が遠い年って異変が起きるのだなと思ってしまいました。


私は何故か、この桜田門外の変がその後の日本の歴史を作った気がしています。


ひな祭りが血まつりになった桜田門外の変。斬り合い合戦が私達には想像も出来ませんが、こうした命のやり取りが日本の首都東京で起きていました。


今の日本からはクーデターなどは程遠く、街行く若者を見ていると、高杉晋作の胸の内を理解出来る若者がいるとは思えない。


150年ほど前の日本人は、現代人にはない気迫に包まれていたことでしょう。


西南戦争で西郷隆盛が勝利していたら、上野の銅像のお顔も違っていたかもしれません。

↑↑
出ました・・

~かもしれないシリーズ・・^_^;

そりゃ、そうでしょ(笑)

城山陥落の頃、火星が地球に異常接近をしたのをご存知ですか。


それと、九州没海には軍艦が展開し、戦艦など多様な艦が鹿児島湾に勢揃いしたこともあります。


桜田門外の変からスタートした歴史の変動を、春の夜中に書を読みあさるのもいいようにも思います。


平和な現代日本ですが、多くの血が流れて今こうして平和なのです。


小さなことでも喜べる日々を送りたいと思います

↑↑
以上、Google世見でした・・・・┐('~`;)┌