スポーツで人間形成はできない~日大悪質タックル事件から~ | 王様の耳は驢馬の耳

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 五月六日にアメリカンフットボールの日本大学と関西学院大学の定期戦が行われたが、その際に発生した日大の選手による悪質タックル問題が世間を騒がせている。本日(四日)のテレビ情報では日大理事長はこのまま時間を稼ぎ、ほとぼりが冷めた頃、理事長らの退陣を要求した教職員組合のメンバーに対しての報復人事を行うのではないか、という推測をしていた(テレビ朝日系列)。「ほとぼりが冷めるまで」という発想が日大執行部にあるかどうかは定かではないが、そういうことが起きないようメディアも市民も見守っておく必要があるだろう。なぜならば、この国では「ほとぼりが冷める」という悪しき慣行がそれなりに国民の常識となっているからだ。
 「ほとぼりが冷める」という言葉を覚えたのは昔のやくざ映画ではなかったかと思うのだが、大学という〈知〉の空間でそのような認識があるとすればそれは哀しいことである。テレビでそのように評したのはメディアの人間であって日大の人間の口から発せられたわけではない。だからこそ、日本大学がそのレベルでの報復人事なんぞを起こすことのないよう、日本大学の最低限の〈知〉を信じたい。
 今回の事件で見えてきた日大の執行部体制の醜態は五十年前の日大闘争を彷彿とさせる。日大闘争時の古田会頭は柔道部主将から日大職員となり、トップに登り詰めた。そこは変わっていないし、強権的な支配体制であることも変わっていない。ていうか、日大闘争で「(日大)当局側は、体育会の学生らに働きかけて暴力を振るわせ、運動を妨害させていた」とし、「日大当局は学生運動を抑え込もうと、闘争後も体育会の学生を利用してきた職員として採用され、大学運営を長年担ってきた人もいる」(『週刊朝日』2018.6.15)と「私大事情に詳しい教育関係者」の声として週刊誌では説明している。学生運動はその後沈滞していくわけだが、体育会の学生が職員となり、出世していくコースが定着しているのは田中理事長、内田前常任理事などの存在から容易に推察できる。
 このことについては多くのメディアが語っているし、日大の内部事情を批判する立場にもないからこの辺でやめておこう。それよりもこのような体質は日大だけではなく、日本の教育における問題であるので、ここでは今回表面化した体育会系の体質について考えてみよう。
 日本におけるスポーツは多くが大学から始まった。始まったというより、近代スポーツは大学を通して輸入されたのである。『東京大学百年史 通史(一)』の記述によれば「明治維新以後の日本に、近代スポーツが移植されたのは、外国人教師の活躍に負うところが多い」(八九五頁)ということで、「英国人の図学教師バーBarr, W. が工部大学校(東大工学部の前身―河東注)に運動会を起こそうと主唱して、自らもクリケットとフットボールを指導した」(同)というのが最も古い記述なので、明治十年代のことである。外国人教師たちはスポーツで何かをしようとしたのではなく、新しい国家である日本の若いリーダーたちに紳士の嗜みとしてのスポーツを伝えようとしたのである。
 もとい近代スポーツは英国で始まったとされる。「それ以前には、例えばフットボールなどは農村や都市の住民たちの民族的な遊戯であった。これをパブリック・スクールあるいはケンブリッジ、オクスフォード等の大学のエリート学生たちが吸い上げ、まず学校内でクラブやルールをつくり、その後、これらを統合した組織、ルールをつくるという経過で近代的なスポーツの形態を整えた」(渡辺融「近代ベースボールの成立 ―近代の中のスポーツ―」東京大学公開講座『スポーツ』所収)ということである。つまりはジェントルマン=エリート層の嗜(たしな)みないしはエリート層の自己形成のために近代スポーツは生まれた。そしてそれが日本の近代エリートを養成する大学や中等教育機関に持ち込まれたのである。だから当然自主的な組織であり、エリートとしての自己形成というカタチをとっていた。スポーツが教育であるというのは、それが未来のリーダーたちが身につけておくべき教養として学んでおくべきことであるがゆえに「教育」だったのである。
 中等教育では例えば都立日比谷高校の前身である東京府立第一中学では明治十八~十九年頃にAS会という自治組織を作ってスポーツ団体をまとめていた。ちなみにASとはアスレチック・スポーツの略である。そしてこういう学生スポーツの組織はその後学友会とか校友会といった学生・生徒と教員の団体で運営されていくことになった。教員と生徒が同じ団体を形成するところに紳士の社交場としての意味があった。
 このような紳士の嗜みという発想はほどなくぶちこわされる。一つはメディアによる学生スポーツの商品化である。六大学野球や、甲子園での中等学校野球大会など学生・生徒のスポーツを新聞社や始まったばかりのラジオ放送が利用することで歪めていった。そうしたメディアの戦略の中で勝利至上主義が芽生える。ヨーロッパでは紳士のたしなむアマチュアスポーツは単に競技技術を磨くプロフェッショナルの上に位置したものであったが、日本ではアマチュアのプロフェッショナル化という現象が起きてしまったのだ。
 さらにスポーツの教育化という事象が発生する。これは戦時体制下に入って、野球は適性スポーツとして弾圧され始めたことに端を発する。これは早稲田の初代監督であった飛田穂洲という人物によって作り上げられた。飛田は野球に対する弾圧をはねのけるために、野球を「野球道」として位置づけたのである。野球道としての精神は猛練習によって培われる、母校のために戦う母校愛は国家愛に置き換えられ、いろいろなタイプの選手たちがあるときは我が身を犠牲にして送りバントを遂行し、それぞれの身にあった力を合わせて敵と戦う国難に殉ずる軍隊によく似たチームをつくり、戦争のように敵と戦うのだと主張して軍部から野球を守ったのだという(桑田真澄・平田竹夫『野球を学問する』新潮社)。そして野球による人間形成を叫んだのである。聞こえはいいが、従順に戦争協力をする兵士の育成の論理でしかない。だからスポーツによって兵士たるべきスキルを学んだのである。
 このように日本の学校スポーツは紳士が身につけておくべき素養という近代スポーツの性格を捨て、教育という美名のもとに人間を戦争に駆り立てるように変形させていくツールとして発展した。戦後になってそれが義務教育一般に展開したときに勘違いをした指導者たちは教育者面(づら)をして勝利至上主義の旗を掲げ、生徒たちを暴力的に支配し、敵に勝つ手駒として動かす快感の中に浸ることになっていったのである。生徒たちはそうした教師(コーチ、監督)の支配を受けながら従順な兵士としての人間形成を強いられることになるのである。
 かつて人権・同和教育に熱心な教師と部活をめぐって意見が対立したことがある。彼らはとても人権教育にも生徒の指導にも熱心な人たちであった。いろいろと課題を抱えた子どもたちは中学生くらいになると生活が乱れ、荒れていく。そうしたときに熱心な教師たちは部活で生徒たちを鍛え、ともに汗を流すことで、彼らを立ち直らせていった。だから部活は教育活動としてはとても重要な機能を持つというわけだ。そう語る教師たちの顔はその成果ゆえに自信に満ちていた。それはそうだろう。彼/彼女にとって従順な兵士を育てたわけだから。
 中には優勝請負人を自称して学校を渡り歩く(ように見える)教員も義務教育の学校にいる。どういう教科の教員であるかが評価されているのではなく、特定のスポーツの指導者であるということがレーゾンデートルとなっているのである。もはや教員免許状の必要な教員であることをやめた方がいい。
 話を戻すと、いわゆる体育会系という人間のタイプがある。スポーツを通して人間形成ができるというのならばさぞかし立派な人格者になったのかと思いきや、多くは「頭が筋肉」と言われる人物評がなされることが多い。つまりは兵士として人格形成がなされたと言うことだ。彼らの上意下達の行動様式は絶対的支配関係で成り立っている。そこで形成される人格はどういう道徳性を持つものだろうか。道徳が特別の教科として教科化され、小学校では今年から、中学校では来年から道徳が教科として子どもたちは学ぶ。道徳で求めている内容は現代の「平和で民主的な国家および社会の形成者」を育てるものであり、そこには上意下達の徳目はあがっていない。
 百歩譲って保守派の大好きな伝統的価値観である五倫五常の徳目にしても上意下達はない。せいぜい君臣に義あり、長幼に序ありという程度だろう。われわれだって年長者は敬うし、上司と部下の間は人間としての信頼関係がある。しかし、内田前監督がすべてを部下である井上コーチや(勝手に暴走した)選手の所為(せい)にすることはどう考えても君臣の義に反した行為にしか見えないし、田中理事長が知らぬ顔をして引っ込んでいるのも五輪五条に悖るばかりか、学習指導要領の内容項目にもそのような行為を認めるものはみあたらない。
 内田前監督ははじめの頃のインタヴューでは
「すべての責任は私にある」と立派なことを言っていたが、具体的に自分がやったことはすべて否定し、部下や選手の所為にした。総論的に「すべての責任は私にある」と言うのは、上司が頭を下げれば落とし前がついて、それで済むだろうという世間を舐めたパフォーマンスでしかなかった。具体的な責任のある行為が自分にまわってきたとき、
「信じてもらえないでしょうが、私は言ってません。」
というような責任逃れをする。そのような行動はいつの時代の道徳も認めてはいない。なにしろ学習指導要領では「うそをついたりごまかしをしたりしないで,素直に伸び伸びと生活すること。」(小学校版〔第1学年及び第2学年〕二学年)と戒めているのである。
 悲しいことにこの人たちはスポーツによって人間形成をされた人たちである。つまりは兵士をつくるようにスポーツを通して教育された結果なのだ。そうした教育は今や義務教育にも蔓延している。
  誤解の無いように言わせてもらえば、私自身、長い間体育系サークルの顧問をしていた。学生たちは皆、スポーツを愛する素敵な連中である。なにしろ、人間としての教養として当該スポーツを学び、楽しんだ仲間たちだからである。中学校の部活も試合は近隣校との対抗戦ぐらいにしておけばいい。義務教育なのだからかつての紳士教育ではない。市民の教養としてスポーツを身につけていく方向を求めるべきだろう。
 今回の事件で、不幸にして加害者となってしまった日大の宮川泰介君はほとぼりが冷めたならもう一度アメフトを楽しめばいい。既にあのインタヴューをおこなって市民として成長したはずだ。その段階で市民の嗜みとしてアメフトを楽しむ権利を得たのだと言えよう。