曲を作ってる。

 

よく、

「音楽を作ることは、ゼロからイチを生み出すことだから、すごいことだ」

                   なんて言われることがある。

 

ゼロからイチ。

本当にそうだろうか?

僕は、今まで何曲も作曲してきたが、いまいちゼロからイチという感覚を受けない。

勿論、どこかから音楽をパクってきてるわけではないのだけど、全く自分の創作作品だとしても、うまく出来上がれば出来上がるほど、その作品が「元からあった」かのように感じる。

 

音というのは限られている。

ピアノの鍵盤は大まかに音程を区切ったものだが、無理に区切ったものではない。

大体、人間が捉えることのできる音感を元に区切っていけば結局あのようになる。

微妙な違いはあれど、1オクターブの中身が8音なのもどの楽器でも違いはそれほどない。

 

将棋盤が限られているから、結局どこまでいっても、将棋の技術はパターンでしかない。

と、どこかの記事で読んだことがあるが、それとどこか似ている。

永遠に手があるように見えるが、実は有限。

和音とリズム、それにメロディーで構成されていて、そのどれもが限界のあるものだ。

でも、演奏の仕方などを含めると、無限に近い有限だろう。

 

作曲の場合、僕はメロディに頼るかハーモニーに頼るかリズムに頼るか、テーマ性をある程度持って着手する。

 

時々、何かの拍子にパズルのピースがハマったかのように美しいメロディが降りてくることがある。

それは、たまたまあるパターンにハマっただけかもしれない。

 

星を見つけた人、新しい物理の法則を見つけた人、新しい島を発見した人、、、

みんな偉業だ。

でも、ゼロからイチを作ったわけじゃない。

全て、地球上あるいは宇宙空間に初めからあって、それを一番に見つけたということ。

音楽も実はそうなんじゃないかと思う。

もう、この空間に実は初めからあって、僕はそれをたまたま手にし、他人へ紹介する。

 

自分で作ってるなんておこがましい表現な気がしてきた。

何か、超自然的な力に作らされているだけって感じがする。

ちっぽけな存在。

でも誇りに思える。

美しいメロディに溺れたい。美しいメロディに呪われたい。

 

こんな考え方もできる。

もう既に皆の中にあるのかもしれない。

それを呼び起こすだけなのかも。

 

 

本当の意味で、ゼロからイチを作った感覚、生きているうちに味合うことができるかな?