今日はこんな良いお話を。
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息子のダニエルは、13歳の時からずっとサーフィンに夢中だった。来る日も来る日も、学校へ行く前と帰ってからの2回ずつ、ウェット・スーツに着替えては、沖に漕ぎ出していった。そして、飽くことなく一メートルも二メートルもある波に挑戦するのだった。
ところがある日の午後、ダニエルはこのサーフィン熱がもとで大変な目にあうことになった。ライフガードが、息子の事故を電話で知らせてきた。私が不在だったので、電話に出たのは夫のマイクだった。
「えっ、どんな様子ですか?」
「かなりのけがです。波のてっぺんに乗りそこなってサーフボードの先で目のあたりを切っています」
夫はすぐに駆けつけ息子を救急室に運んだが、直ちに外科病院に回された。目尻から鼻にかけて26針も縫った。
ダニエルが縫合手術を受けている時、私は講演旅行から戻る飛行機の中だった。空港のゲートには、夫が迎えに来ていた。もちろん、まさか病院から直接来るとは知るはずもなかった。
「ダニエルが車の中で待ってるよ」
「ダニエルが来てるんですって?」
その時ふと、今日は海が荒れたのでは、と思った。
「事故にあったんだ。でも、じきによくなるよ」
仕事で各地を飛び回らなくてはならない私が、一番恐れていたことが現実に起こったのだ。車のほうへ夢中で駆け出したが、あんまり速く走ったので靴のヒールがとれてしまった。ドアを一気に開けると、目に包帯をした息子が両手を広げ、泣きながらとびついてきた。
「ママ、帰ってきてくれてよかった」
「かわいそうに。こんな時にママがいてあげられなかったなんて、ほんとに悪かったわ」。
私は、息子の腕の中で涙ながらにあやまった。
すると息子は、私を慰めるように言うのだった。
「いいんだよ、ママ。どっちにしろ、ママにはサーフィンのことはわからないんだから」
「えっ、どういうこと?」
私は言われたことの意味がわからず、聞き返した。
「僕は大丈夫だってことさ。お医者さんはあと8日もすればまた海に出てもいいって言ってたから」
「何をばかなこと言ってるの。もう二度と海に近寄ることを許すものですか」
と言いかけたが、私はその言葉をぐっと飲み込んで心の中で祈った。この子がこんりんざいサーフィンのことを考えないでくれますように、と。
ところが、つぎの週になると、息子は、またサーフィンに行こうと必死だった。こちらも引くわけにはいかない。「お願い、行かせてよ」、「絶対にだめ」という押し問答が100回は繰り返された。そんなある日のこと、彼は日頃私が言っていることを逆手にとる戦法にでてきた。
「ママはいつだって、自分の好きなものを決してあきらめちゃダメって言ってるじゃないか」
そう言うと、切り札を出してきた。それは、額にはいったラングストン・ヒューズの詩だった。この詩を読んだら、私のことを思い出して買ってきたという。
母から息子へ
いいかい、おまえ、まあお聞き
母さんの人生の階段は、決して水晶なんかでできちゃいないよ
くぎが出て
ささくれだった
板っきれの階段だよ
敷物も擦り切れて
床がむきだしになった階段だよ
母さんはそれでも絶えず
登り続けてきたんだよ
踊り場についたかと思うと
また角をいくつもまがって
時にはあかりもない
暗闇にも迷い込んだよ
だからって、おまえ、後戻りしちゃいけないよ
途中で座り込んでもいけないよ
どんなに登るのがつらくでもね
ここであきらめちゃいけないんだよ
だって、可愛いおまえ、母さんもただ前だけを見て
今もひたすら登り続けているんだからね
母さんの階段は水晶でできちゃいないけど
私は降参した。見事に一本とられたのだ。
熱心なサーフィン少年だったダニエルは、青年になった今、その情熱が本物だったことを証明してくれた。彼は、プロ・サーファーになり、しかも世界選手権で上位25位以内に入ったのだ。
「真の情熱があれば、人はみな好きなことを必ずやりとげます。決してあきらめたりしないものです」
私はあちこちに出かけては、人々にこう講演していた。 しかし、思いがけず、我が家においてこの信念を試されるという経験をしたのだった。
ダニエル・ケネディ