今日は竜馬がゆくを読んでいてじーんとしました。。
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官軍とは、武器も人数もはるかに会津は劣っている。雷神山の会津勢も、もはやこれまでと思ったのだろう。関羽ひげの老将が、にわかに日の丸の軍扇をひらいて、全軍切込みを命じた。まっさきに山を駆け下ったのは、この老将と、それに前後する一人の美少年である。
この親子は官軍の真っ只中に切り込むと、まるで舞踏のように美しい剣技をみせたという。父が危うくなると、少年が駆け寄り、少年が危うくなると父が救った。形影相寄り、相たすけつつ戦う姿に、官軍の指揮官板垣退助は、しばらく射撃をやめさせたぐらいだったといわれる。
やがて、子が倒れ、父がその上に折り重なって倒れた時、戦鼓が鳴り、官軍が怒涛のようにかばねを踏みにじって雷神山を占領した。このはなしは、当時の様子を遠望していた白虎隊生き残りの山川健次郎男爵が、明治後に語り伝え、語るたびに涙で声がつまり、ときには号泣したと言われる。
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当時、古い幕府体制を倒して、新しい日本を創るという考えにも信念があると思うし、250年以上に亘って仕えてきた徳川家を死んでも守るという考えにも、信念があると思います。どちらも理解できる。
そんな中で、立場がどちら側であれ、自分が信じる信念に殉じて戦い、死んだ時代も意外と悪くないだろうな、、と僕は思います。やりたいことがわかんなーい、フリーター、ニートーってわけのわからんことを抜かして人生を無駄に過ごしている輩よりは、信念を持って、燃えたぎるよう戦って、信じるものの為に死ぬのも悪くない。特に、信じる道の為に、親子で戦うなんて僕なら本望です。
時代が時代なら、信念の為に、親父と一緒に相助け合って戦って討ち死に。ってのも悪くないよね、
ねえ、おとうちゃん。
息子