昨日の続きです。


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気がつくと、目の前には40歳ぐらいの小柄な女性がいた。彼女は食べ物と水を私にすすめ、傷口もきれいにしてくれたが、話す言葉はまったく理解できなかった。物音に気づいて小屋から出てみたら、すぐそこにぼろぼろの服を着て磨り減った靴をはき、体中に血の跡がこびりついた外国人の男が意識を失って倒れていた、ということだったに違いない。私は立ち上がろうとしたが、足はパンパンに腫れ上がり、股関節には力が入らず、体を支える事ができなかった。

何時間もの間、私は動く事もできずに横になっていた。彼女が用意してくれた食べ物と水をかろうじて口にすると、身振り手振りで、山の反対側の斜面にあるキャンプに戻らなければならないと伝えようとした。だが、とても自力で歩ける状態ではない事は、私にも彼女の目にも明らかだった。痛みはどんどんひどくなり、その時にはもう這う事すらできなかった。

すると驚いた事に、彼女は、私があなたをおぶってもう少し下の隣村まで運びましょう、と手振りで示したのである。そして彼女は本当に私を背中におぶうと、小屋を出た。150メートルほど行っては私を下ろして休み、水を飲んで、私にも少し飲ませる。そしてまた私を背中に担ぎ上げる。そんなふうにして一度に100メートルかそこらずつ進みながら、なんと丸三日間歩き続けたのだ。

隣村に着くと、彼女は村の役人をつかまえて、私を病院のあるもっと大きな村までロバに乗せて運んで欲しいと頼んだ。激しい口論の末に役人たちはしぶしぶながら承諾したが、私が安全に運んでもらえる事を確認するまで彼女は帰ろうとしなかった。親切に助けてくれたお礼にとお金を渡そうとしても、断固として受け取ろうとしない。私の安全が確認できると、彼女は満足した様子でさよならと手を振って帰っていった。

それから二日間、私はロバの背に揺られて次の村へ向かった。(羊飼いの女性におぶってもらった3日間よりも、ずっとつらい旅立ったことを付け加えておく。)この間に、私は今回の出来事をより広い見地から見始めていた。


人の命とはなんともろいものなのか。

ほんの一瞬のうちに、人の置かれた状況はいかに激変するものなのか。

あの羊飼いの女性は、なぜあんなに親切にしてくれたのだろう。

言葉も通じない見ず知らずの相手に、何の見返りも求めず、

なぜあれほど献身的に尽くしてくれたのか。


こうした想いをずっしりと胸に抱えながら、ようやく病院に到着した。医師は私を一目見て仰天した。まもなく告げられた診断は、股関節骨折と両足土踏まずの扁平化。重症だが、時間をかければ元通りになるということだった。

一緒に山頂を目指した相棒は、私のような運には恵まれなかった。彼は結局、行方不明のままで、生存は絶望視された。最悪の予測が的中したのだ。


体の回復は早かったが、あの転落事故のことはいつまでも頭を離れなかった。絶対絶命の危機からまったくの偶然で救い出されたことを考えると、あの山中であれ、それ以外の時であれ、私の人生にとって運というものがどれほど大きな役割を果たしてきたかを考えずにいられなかった。怪我から回復する間に、私はしみじみ自分の幸運を思い知った。雪庇の崖側に飛びのいたおかげで命が助かった事。滑落したあとに歩いていった方向が正しかった事。たまたま行き当たった小屋の住人がこの上なく親切な人だったこと。そして順調に怪我から回復できた事。いや、幸運だったのはあの事故とその直後だけではない。思えば人生のごく早い時期から、私はずっと幸運だった。幸せな子供時代と家庭環境に恵まれ、良い教育を受けられた事。


幸運のおかげで成功を手に入れた者として、

自分はなんらかの責務を果たすべきだ。


そう私は思い至った。私は片時もあの羊飼いの女性への感謝の気持ちを忘れなかった。転落事故から一年たたないうちに、私はこう思い立った。あの村をもう一度訪ねて何かの形で恩返しをしよう、と。お金を渡しても役に立たないことはわかっていたが、その周辺が施設の乏しい辺鄙な場所だったことから、あるアイデアを思いついた。学校を作って、村の子供たちに教育を受けるチャンスを与えてあげよう。そうすれば村人たちをもっと幸運にしてあげられる、と考えたのだ。私はその後何ヶ月かかけて寄付を集め、校舎の建設費と教員の給与が出せるだけの資金を作った。

ひとつの学校を作る事から始まった私のアイデアは、次第にひとつの使命へと変わっていった。あの事故から30年の間に私はアメリカに移住し、修士号をとり、製造科学者としてのキャリアをスタートさせ、大学教授としての職を得た。その間ずっと、辺境地域に学校を建設し運営するための寄付金を集め続けてきた。もちろん、本来の天職も忘れることなく、毎年いくつもの山に登り続けている。


私は登山への情熱からあの山の頂をきわめようとした。けれどもあの転落事故は、私をそれよりはるかに高いところへ導き、私の世界観を形づくってくれた。私が自分の学生たち全員に伝える助言もまた、その産物である。そしてそれを、あなたたちにも伝えたい。


肩の力を抜く事。


仕事と家庭を両立させていくことは、時に大きなストレスになる。大事なのは、仕事やプライベートのどんな局面においても肩に力を入れすぎない事。肩の力を抜き、人生を大いに楽しむ、それを忘れない事だ。


あなたたちは、世界の中で恵まれた位置にいる。


熱心な先生や愛情溢れる両親のおかげで、


「幸運」を与えられた事を、十分認識して欲しい。


そして何よりも、幸運の女神が


これほど豊かに微笑んでくれたのだから、


自分にはそれなりの責任があることを肝に銘じて欲しい。


幸運が成功を生み、成功は義務を生む。


他の人々の幸運を作り出すことで、


あなた自身が最高の高みへと到達する事ができるのだ。


ーハーバードからの贈り物より抜粋ー