管理人です。父の日なので、うちの親父について書こうと思います。一回書き終わったのに消えてしまったので、多少げんなりしてますが、がんばってもっかいおんなじこと書きます。。


うちの親父、いかついです。柔道3段で、身長180センチ、体重も90キロくらいあるのかな?で、大阪でベンツを乗り回しているので、あきらかにやくざです。その昔、検問で警官に止められたとき、じろっと睨んで「なんや!?」と言うと、警官が「ご、ご苦労様です!!」と言って、飲酒の親父を素通りさしてました。爆

それくらいうちの親父の迫力は半端ない。

上司として、部下を引き連れて新地に繰り出して、新地の帝王みたいになってましたが、当時は血気盛んなので、すぐに部下を一喝し、部下にも恐れられていましたが、ただ単に恐れられていたのでもなく、人望もあり、退職した現在も、当時の部下から「西村さん、西村さん」と言われながら、よく飲みに連れて行ってます。


そんなうちの親父ですが、これはなかなかかっちょいい男です。もうすぐ還暦ですが、外見は映画俳優みたいです(本当に)。チョウユンファとか、往年の勝新太郎そっくりです。男として、良い歳のとりかたをしているなあと思います。僕もそんな風に年齢を重ねたいなと思います。親父みたいに歳をとりたいというのも変な話ですが、これも正直な思いです。

普段はいかつい親父で、子育てにも関知しない親父ですが、やさしいところもあって、僕が小学生のとき、家族でハワイ旅行に行った際、僕がスロープに頭をぶつけて、おでこが腫れ上がったときは、夜中遅くまで、寝ずに、冷やしタオルを取り替えてくれました。

おかんの思い出もたくさんありますが、僕が小さい頃、手をつないで歩いてくれるときに、手をつないいる間、ギュっギュっと握ってきて、僕もギュっギュと握り返すというのを何度も繰り返していたのをよく覚えています。小さな僕が、好きな母親の仕草のひとつでした。今ではもうおかんと手を握ることはありませんが(笑)、僕も将来子供には同じ事をするんだろうと思います。

あと、うちの親は、親父がベッドで、母親が下に布団をひいて寝ているんですが、阪神大震災の際、揺れが始まった瞬間に、親父はとっさに母親の上にかぶさって、母親を守りました。母親の上には、シャンデリアがあったからです。13年も前の話ですが、揺れがおさまったとき、おかんが、「お父さんはお母さんを守ってくれたのよ。」とうれしそうに言った顔を今でも覚えています。そういういざという時の瞬間的な行動に、本当の愛情が出るんだと思います。その意味でも、親父は本当にかっこいい男だと思う。今でもやたら仲の良い夫婦をやってますが、親父は本当におかんの事がすきなんだなあというのは、息子から見ていてもよくわかります。夫婦漫才みたいですが、鍋をつついていたときに、親父が、「生まれ変わっても、またお母さんと結婚すると思うよ。」というと、おかんが、「私はせえへんわ。」との返事に、親父は箸をパタッと落として、「な、、なんでや!!」と問い詰めてました。笑 ま、夫婦っていうのは、きっと男が女をめっちゃ好きな方がうまくいくんでしょうね。笑 高校生の頃、ホームステイ先のアメリカのDadがmomに、さりげない日常の瞬間に、ポロっと、「The best decision I ve ever made was to merry with you, hahaha!(僕の人生で一番良かった決断は、君と結婚したことだよ。ははは。)」と言って、言われたmomも「Exactly! hahaha」と笑ってましたが、高校生の僕にとっては、日常のふとした瞬間に、出てくる、そんなとっても素敵な言葉に、すごいなあ、素敵だなあと思ったのを今でも強く覚えています。僕も、親父とおかんや、アメリカのDad& Momみたいな家庭をいつか作りたいと思います。

ちなみに、知り合いの親父は、揺れが始まった瞬間に家から外に飛び出して、揺れが収まった際に、中に子供と嫁が残ってることを思い出して戻ったそうですが、入れてもらえなかったそうです。笑

僕が、就職浪人をして、学生をもう半年やらしてほしいと言った時も、文句ひとつ言わずに学費を出してくれました。親父とおかんには、一生頭があがりませんね。(育ててもらってんから当然か。)最近、親に感謝しない子供たちがいますが、何を考えてるんかよくわかりません。


と、父の日だったので、つらつらと書いてみました。ぱぴー、まみー、ありがとう。


息子