前回は弟の児童施設を紹介しましたね。

今回はその後をお話します。

僕は一年遅れて高校に入学したのですが、施設で必死に勉強をして、やっとの思いで入学が出来ました。

僕が入っていた施設は
中学校卒業と同時に退園だったので、別の施設に行くか親に引き取ってもらうかだったのです。

その頃父は新しい女性と同棲をしていて、結局僕はそこに引き取られる事になったのです。

弟の事も父にどうしても引き取って欲しいとお願いをしましたが、その時は無理でした、、、


僕は施設を出てから高校へ行き、アルバイトをして、父と暮らしだしました。

高校へ通っている頃、
父と同棲している女性と、
僕はたびたびケンカをしてしまって、その事で父とその女性が僕の事でもめている声がよく聞こえていました。

僕は正直他人を、母親としては受け入れられずに、わかりあう事なんて考えられませんでした。
呼び捨てで呼ばれるだけで
イライラしてしまったりしてました。

血の繋がっている親子でさえ
分かり合えないのだから、他人なんてもってのほかだと思っていました。

僕はやっぱり施設に居た方が良かったんだと思うようになり、
友達の家に泊まったり学校へ行かずに友達と遊んだりと、ほとんど家に帰らなくなってしまいました。

ある日家に帰ると僕の靴が外に出されていて「どうして僕の靴を出しているの?」
とその女性に聞くと、
「汚いから」と言われました。

その時に僕はもう家を出ようと思ったんです。

父の為にも、その女性の為にも僕は一緒に居ない方がいいし、僕自身もその生活が嫌でした。

そしておばあちゃんの家に無理矢理転がり込んで、そこから高校に通い始めました。

でもアルバイトの給料だけでは当然やっていけず、僕は一年間で高校を辞めました。
もちろん学費もないし、おばあちゃんにもかなり迷惑を掛けていたので、、、

そうして僕は働いていた居酒屋を辞め、現場仕事を始めました。

その頃は何が目標なのか、夢が何なのか、生活に追われ本当に見失っていました。

たまにギターを弾く位で、
音楽から遠く離れてしまっていました。
鬱の症状もあり、周りにかなり迷惑を掛けたと思います。

その時も自分ではどうしようもなく、こんな自分ではダメだと分かっていながら何も行動出来ませんでした。

何の為に生きているのか?

誰の為なのか?

自分とは一体なんなんだ?

そんな事ばかりが頭の中を支配していました。


続く、、、
告知させて下さい!

きたる明日!

2012.3/8 THU
大阪MUSE
「Mr.party」

[act]
-shin-
双音家
GOKIGEN SOUND

open 18:30~
start 19:00~

急遽出演させて頂くことになりました!

新曲も披露する予定なので
良かったら見に来て下さいね!


いつもブログを見て頂いている方や
そうでない方もお待ちしております!

よろしくお願い致します!
前回は、僕の施設での生活を紹介しました。

施設からたまに帰省(一週間位一時的に家に帰る)と言うのが
出来る様になっていたのですが、最初の頃は帰る場所が無い為、皆が居なくなった施設で
寂しく過ごしていました。

でも少ししたら、
父が僕の所へたまに来る様になり帰省も出来る様にしてくれたのです。
本当に嬉しかったです。

日頃から
弟の事がどうしても気になっていたので、その帰省の時に
弟が入っている児童施設を調べて、訪ねる事にしました。

枚方にある児童施設で
僕は父と2人で訪ねました。

施設に着くと
以外に小さな建物で、
玄関を入り入館手続きを済ませて、弟の部屋へと案内してもらいました。

、、、

そこは別世界で
言葉が出ない位どんよりとした空気が流れていました。

部屋まで歩いて行く途中南京錠が掛けられた扉を3つ位通って、
うめき声や、叫び声が聞こえる中ようやく部屋にたどり着きました。
想像を絶する光景でした。

鉄格子で囲まれた、まるで刑務所の様な部屋で、ベッドとトイレ、勉強机しかありませんでした。
弟は机に座って折り紙で遊んでいました。

弟を呼ぶと、嬉しそうに寄ってきて話しました。

僕は心臓をえぐられるような気持ちになり、どうしても弟をココから出して欲しいと父にお願いをして、ただ泣いてしまいました。

それから外出手続きをして、
弟と父と3人でご飯を食べに行って、色々話をしました。その後ゲームセンターにも行って3人でプリクラを撮ったのを覚えています。

僕は本当に虚しい気持ちになりました。

どうして弟はこんな所へ入れられているのか。

頭だっておかしくないし、
何か罪を犯した訳でもなく、
ただ生まれてきただけ。

生まれてからずっと両親の元で育ち、家庭内暴力の問題からあまり外には出れず、
母子家庭になっても
母の看病を僕たちと共にやってきてその後施設に入れられ、本当に可哀想な人生で、僕は心から両親と大人という存在を憎みました。

憎くて憎くて、泣きながら父と殴り合いになった事もあります。

でもその頃は僕も児童施設に入っていたので、どうしようもない気持ちのまま帰省が終わりました。


続く、、、