
自分へ……と書いています。
不思議な経緯で出会った本『斎藤学 講演集3 心の傷と癒しと成長』斎藤学先生。
「サバイバーとスライバー」という文章を読みたくて図書館で借りてきました。
お目当ての文章は『心の傷の癒しと成長』の第3章にありました。
第1章と第2章はどうしようかな〜とパラリとページをめくり、最初に書かれている文でわかりました。私にとって良い本だと。
そこで、始めから読みました。
私がビビビときたのはこちらの文です。
「幸いいろいろなかたちでエンパワメントされて、新しい道を歩み出す人たちが私の周囲に出てきましたので、その人たちの表現をなるべくそのままお伝えするほうがいいだろうと思います。私の頭の中にある観念的なものではなく、現実の中から取りだして示していくほうがわかりやすいでしょうし、実際の話からもってくるのですから、事実の裏づけを提示でき、話に説得力をもたせやすいと思います。」
講演集とあって、全て話し言葉で書かれています。
まずこれがいいのだと思います。
まるで私もその講演会の席に座って、話を聞いているようです。
1996年からあった講演会です。
20年以上経った今の私でも、まるでリアルタイムで聴いているようです。
本当に素晴らしいです。
本にちょこちょこ書かれてあるのですが、「参加の仕方」について、ご紹介しておいた方がいいと思い書きます。
(私が勝手に「参加の仕方」と名づけています)
私も時々セラピーなどを受けた方がいいのだろうか?と真剣に思っていたこともあったので、本でこうやって教えてもらえて良かったと思っています。
「セラピーのようなところに行ってみようかな。と思ったらけれども、恐いと思ったらやめておけばいい。でも行こうと思う時には自分の中にそういう力が出てきているわけです。それをパワーといいます。私はできる、私には能力があるという感覚は、自分のことを喋れるという時に一番発揮されます。自分を肯定する気になっていないと、そうがいかないのです」
「自分のことを話すのに、そんなに焦らなくてもいい。話せなければまわりで見ればいい。ただし一生懸命に聞くこと。グリーフワークに参加するのは恐いと思ったら、もっと大きな会場で開かれる今日のような講演会に来て、後ろの方に座って聞いていればいい。とにかくまずは聞く。聞くことのほうが、しゃべるよりずっと大事です。」
「自分が恐がっている時は無理にさせません。グリーフワークのセッションよりも講演会のほうが安全だと思ったらそうする。それもちょっとなんだかこわいと感じたら、本を読むだけにする。その時の自分の感覚をとにかく大事にすることです」
「『そういえばこんなことが』と明瞭に出てくることは、グループなどで人の話を聞くことによってしか起こりません。ただ、この『人の話』とは、誰かが口でしゃべったことだけを指すのではなく、活字も『人の話』です。そんなわけで、私の本を読んだために落ち着かなくなってしまったとおっしゃる人が大勢押し寄せてきて、いま困っています。何か変なことを思い出させてしまったようです。これはアンカバリング、カバーをはぐ仕事が起こってしまっているわけです。」
「本を読むだけではなく、たくさんのなみだと回想の話を直接聞いた場合は、もっとはっきりしたアンカバリングが起こります。グループワークでみんなの話を聞いているうちに、先ほどの『銭湯で服を着ている』ような居心地の悪い気持ちがしてきて、いつのまにか背広を脱いで裸になって、みんなと同じくそこで感情を表現している自分を発見します。」
本を読みつつ、「そう言えば、私の過去でこういう事があった!」とポンと思い出すことがたくさんありました。これが起こるのだと思います。その思い出が良くないものだったら、嫌な気持ちも一緒に出てくるでしょうから嫌でしょうね。
私は、こういうトラウマに効くという神田橋條治先生の気功「指いい子」や焼酎風呂で邪気を払うをこまめにしているので、思い出すこともあるのですが、ちょっと邪気が取れたような思い出になっているので、そこまで苦しくないのですが、でもやっぱり嫌な思い出が出てくるのは嫌な気持ちになりますね。
だから、本を読むとそういう反応が出ることもある、と知っておくことも必要かな、と思います。
「家の伝説」
第1章の最初の実例(といっても個人を特定されないよう十分に配慮された話ですが)が、すごくおすすめです。
一族には暗い過去の伝説があって、みゃくみゃくと受け継がれているのです。
「世間から見れば小さな旅館の息子にすぎないけれども、この一家にとってみればこれは王国です。この王国の伝説や神話の中で彼は育っていて、この神話や伝説がX君にそんなセリフを吐かせるのです」
「お宅の伝説は何ですかー?」と聞いたら、
平家の落人、清和源氏、どこかの大名の妾の従兄弟……そして没落、関東大震災、米騒動、戦争などなど
「この血統神話はどこへ行くのか。それは決まってそこらの人と付き合うな、などという気位の高さに行き着くのです。何だかしらないけれどもお高くとまっている人、全然根拠がないのに私はそこらの人とは違う、という」
「どこの家もそんなものかー!!」と私には見に覚えがありすぎて、逆に笑えて、昇華できたという感じです。
うちの伝説は「お祖父ちゃんの兄弟全員医者なのにお祖父ちゃんだけ医者にならなかった(なれなかった?)お祖父ちゃんは戦争に行き、シベリアから帰ってきたけれど病気になっていて若くして亡くなってしまった。……だから普通の家庭とは違うのだと。
一家の伝説は、暗いものが多いのだそうですが、うちもそうです😆
(医者になれなかった祖父の物語)
何となく周りから浮いていると感じていた正体が、この家の伝説でした。
伝説持ってても自分の生き方が狭まるだけだと思います。
S子さんの事例は、初めから流れがとてもわかりやすくてよかったです。
最初に紹介されるX君という方はまだ解決の途中話だったのですが、S子さんは回復されつつある、まで紹介されているから良いです。
万引き、不登校、お酒の人の説明が、また良かったです。
悪いこと?!と思っている人が多いと思いますが、そうではない、という説明が良いです。
ポジティブコノテーション、リフレーミングされている文ですから、読んでいると
「悪いことではない、必要があって症状は出る」と納得できるかと思います。
そして、現実(リアル)を教えてもらえた気がします。
例えば閉所恐怖の人の説明ですが、
人は感覚を麻痺させて、飛行機に乗ったりやトンネルに入っているのであって、
恐怖症の人の方が健康という言い方が良いです。
「憂うつ」「寂しい」も悪いことではない、と。
憂うつは、なる原因があって、その状況なら誰だって憂うつになるのは正常な反応だよ!とか、
寂しい、も同じです。生きていれば誰でも寂しいのだ、
寂しくていいんだ、と。
こんな風なことを学校で教えてもらったいいんじゃないかな〜!と思うのです。
というのも、昔私が出席した発達障がいの講演会で
「仕事とは」の解説があった時に聞きました。
「仕事の本質とは。仕事とは嫌なことがおこる。
腹が立つ人の相手をすること、嫌なことをすること。
だからお金をもらう(迷惑料として)。
仕事が楽しいことばかりだったら、逆にお金を払わないといけない、と。
(ディズニーランドやユニバーサルスタジオなど)
仕事の楽しさややりがいは後からやってくる。大変さを乗り越えた後に、と。」
発達障がいの人には本当のことを伝えるほうがいい。
暗黙の了解とかわからない人たちだから。
ということで、オブラートに包まず、本質を直球で教える、ことは大切だと思います。
あらるゆ癒しと成長は「自分を肯定すること」
と、本にありました。
以前の私だったら「肯定」出来なかったと思います。
宇多田ヒカルさんの自己肯定感とはという言葉で感じた、
「あなたの感じるままでいい」ということが、わかるようになってきました。
第2章はすごくおすすめです。私は全てのページをコピーしました!
何が問題点か、解決にはこれが必要、とシンプルに書かれているのがわかりやすいです。
そして体験談が読めるようになっています。この体験談を読むことができるのが良いことなのです。
第2章のメモ
・アダルトチルドレンとは力を奪われた者
・力を奪われた者は、奪われた力を取り返さなければならない。
・奪われた力=自尊心
・私たちが今日1日を送ることができるのも、一年先の自分について色々と思いめぐらすことができるのも、私たちにある程度「生きている価値がある」「私はこれでいいのだ」という自尊の感情があるからです。
・この感情がなければ私たちは自分の人生を見失いますし、なんらかの過剰なかたちで力の確認をしなくてはいけなくなります。
・自分が『役に立つ子』あるいは『親にとって都合のいい子』『優秀な子』であれば自分はこの家の子どもであることが許されるという感情体験の中で育っている
・おうちが壊れないように一生懸命壁を支えるような役割りを果たしてきた子どもたち、あるいはその結果、家族の外での人間関係がわからなくなってしまったり、クラスや職場で力、自尊心がないことを見抜かれて、いじめの対象になる人たち、そういう人たちのことを、アダルトチルドレンといいます。
・この人たちは自分の中に価値を見出していないわけではないのですが、その価値はいつも「人の役に立っているか」とか「自分のやっていることが他人の要求に応分に応えているか」という深い懸念と不安の中でようやく確認されています。それはまるで毎日毎日試験を受けている生徒みたいなもので、「これでいいんだろうか。これならなんとか合格だろうか」という不安の中で毎日を暮らしています。
首をブンブンと上下に振りました!!
私があちこちで集めていた、
アダルトチルドレン、共依存、機能不全家族、
それらの答えを一つにまとめてもらっているようです。
第2章には、専門家に頼りすぎるなという文もあり、神田橋先生も同じようなことを言われています。
「頼るな?えー寂しい〜」と思ってしまいますが、寂しくてそれでいいんだ、と思えるのが大人。
寂しいと思っていいし、その気持ちのままいれるようにするのがわたしの目標なのです。
斎藤先生の元では、電話相談ということで、当事者だった人が成長されて働いている方もいるそうです。
人が恐いアダルトチルドレンなのに、
人(同じ境遇の人)からのSOSがわかるようになれば、それってスゴイと思います。
(そして体験談を人前で話してくれたりするのです。素晴らしいです)
成長とは静かになること。
とありました。
人に一生懸命説明しよう、しないと!と思わなくなる。
自分がいかに大変だったかを誰彼構わず言わなくていい、と。そのような状態になるということでしょうか。
必要なら話すけれど、と。
いい感じですね。
そうなれたらいいな🎵と思います。
私がこの本を読んで感じたのは……
人の優しさを感じたり信じたりできるようになったかも、
という実感がじんわりと出てきているなあ…という自分の変化があったり、
心の支えとなる言葉に出会えたこと。それは、
別の病院で精神科の病気だと診断され、落ち込んできた患者さんに対して
斉藤先生が言った言葉「象じゃないもん」
きのうも「治療者から『あんあた境界人格障害だ』と言われた」という人が私のところにきました。本人は「それだけは言ってほしくなかった」と泣いていました。こうやって治療者が患者をいじめているのです。患者にそんなことを言う必要はないではありませんか。だいたい「境界人格障害」なんてものが実体としてあると思うから、いじめの道具になるわけです。言われるほうも「ナニソレ」と思っていれば、何を言われてもへっちゃらです。例えば「あんたは象だ」と言われても「象じゃないもん」と思っていれば平気でしょう。精神医学的診断など、だいたいそんなものですから、あまり気にしない方がいいのです。
私の人生でも「象じゃないもん」で乗り切れることもあるかも🎵と視界が開けました。

そこで
私の目指すもの!
・ストーリーの組み換え「それでもどっこい生きている」
・「犠牲者の物語」→「英雄物語」
・自分の中の私を肯定できる
・そのためには傾聴の力が必要
・傾聴できるにはもう一つ別の世界を受容できるようになること
・情緒的言語で会話
・ポジティブコノテーション自分の過去の読み取り方が変わる
・自分の親友を自分の中につくる
・「よくやった私」「けっこう力を持っている私」
・回復とは生々しい日常生活の感情の波に漂うこと(悲哀、寂しさ、と同居していく)それを知って生きていく
そう、生きていくんだなあ〜と思いました。
サバイバーなのです😊