ほどなくして・・・。

中央から伸びてきた、第三の芽。

ネット情報だと、温度管理がむつかしく、春にならないと芽は出ないようなことが書かれていたが、ほぼ何もしないのに、このありさまは一体どうしたことだろうか。


詳しいことはよく分からないながら、植物の生命力には感心する。しかし、あまり油断していると、すぐに枯らしてしまうので、用心が大切である。


うちでも、カランコエが枯れ、クワズイモ2号が枯れ、ポトスまでが枯れた。


ポトスと言えば、知人の家では、うちよりもさらに過酷なというか、ほぼ瓶の底にたまった濁り水の中で生きていたというほど、生命力の塊のような植物のはずなのだが、なぜかうちのは枯れた。


ご縁というものだろう。同様に、せっかくご縁のあったもんきーくんには、ぜひとも長生きしてもらいたいものである。


それにしても、小学校時代朝顔の観察日記すらつけていなかったのに、毎日伸びてくる芽を見ていると、どうしてこれほど面白いのだろうと、半ばいぶかしくさえなってくる。


もしかすると、小学校で行われるイベントというのは、ウサギや池の鯉の飼育に至るまで、大人にとってこそ興味深い事柄なのではないかと思えてくる。逆説的だが、朝顔の観察日記をつけたくなってくると、それは大人になったということなのかもしれない。


あるいは、ぼくがぼうっとしすぎていたのかもしれないが。そういえば、子供のころは、月日が漫然と過ぎていったような気がする。それで別に何とも思わなかった。


近頃である。「思い出作り」を標語にして、一期一会で大切に日々を暮そうなどと思い始めたのは。残り時間が、他人の平均に照らしてあと半分という地点を過ぎてからこういうことを考え始めるのだから、やはりうかつなのだろう。


そして、モンキーくんは順調に芽を伸ばし、気が付けばこのような有様になっている。





初めに伸びてきた芽が、葉を茂らせ始めるころ、次の芽が食べられそうな蕨となって伸びている。後ろに反りかえった形で伸びていたので、洞見と前の茎にぶつかったらどうするんだろうと心配していたが、すんでのところで避けた。見えているのだろうか。

年年歳歳人相似たり。歳歳年年花同じからず。