おはようございます。
ひとり、思索を深めながら逍遙する、孤独な散歩者のトリです(世間ではそれを徘徊というらしいです)。
坂道を上りながらこう考えた。
もう少し楽に上る方法はないものかと。
そのとき、足の親指の付け根を痛めていたのである。
普通一般の、足を踏み込み、蹴る動作を伴う歩き方だと、親指が痛い。
そこで一計を案じ、歩き方をいわゆる「なんば歩き」に変えてみた。
すると、足で地面を蹴らないので、親指が痛くないし、なんと坂道を上るのも下るのも楽ではないか。
なぜ日本人は、この素晴らしい歩き方を忘れ去ってしまったのだろうか。
ちなみに、「なんば歩き」とは、右手と右足を一緒に出す歩き方のことではない。
右手と右足を一緒に出すのは、単に普通の歩き方の変形で、大股に歩けてしまう時点で、既になんばではない。
実際は、極端に表現すれば、右足が出るときに、右の股関節が抜け、右手が下に下がる。
なんば歩きは、おそらく、水田の中を歩くときの歩法だったと思われる。
だから、なんば歩きをすると、スピードが落ちる。
では、急ぐ時にはどうすればいいかというと、歩数を多くすればいいのである。
ところで、昔ながらの歩き方には、他にも「すり足」というのがある。
これはなんばとは違い、剣術使いや能楽師などが行っていた歩き方である。
北辰一刀流の道場には、一面に豆が敷き詰められており、すり足以外で歩くと、豆で滑って転ぶという仕掛けであったそうな。
相撲部屋でも、四股、てっぽう、すり足が、稽古の柱である。
これはつまり、かつての日本人が、なんば歩きの身体の使い方のまま、大きく前に進むために、すり足になったということだ。
両者に共通する特徴は、膝が伸びないということである。
現代人の歩き方は、膝が伸び切るため、股関節がうまい具合に抜けてくれない。
だから、歩いているだけで膝を壊す人が続出する。
歩き方をなんばにするだけで、たぶん腰も膝も良くなるだろう。
ただ問題は、着物を着ていない人がその歩き方をしていると、かっこよく見えないという点である。
ともあれ、背に腹は代えられないという方は、ぜひお試しください。
※散歩途中の風景。
