原田 慎也|人と関わるのが少し面白くなる

原田 慎也|人と関わるのが少し面白くなる

介護・福祉・医療の現場での体験を通して
人の奥行きや可能性を綴っています。

Vol.139

 

消えたはずのものが
あとになって自分の中でいちばん強く響くことがある

 

 

原田 慎也とは・・・

迷いをなくすのではなく

迷いながらでも
自分らしく進んでいける


そんな支援者を増やすことを
ビジョンに

現場に立ちながら
「どうしたら、もっと人と深くつながれるんじゃろう」
を今も考え、試し続けている実践者

 

 

音は、すぐには消えない 

 

鐘を鳴らすと

打った瞬間だけでなく

そのあともしばらく
音が残る


目にはもう
何も起きていないように見えても


音だけは

静かにそこに残っている

 

最初にあったのは、警戒だった 

 

昨日

ある方のお通夜に参列した


約5年間

週に3回

訪問施術を続けてきた方だった


不慮の事故によって
頸髄を損傷し

痙性四肢麻痺になられた方だった


頸髄とは

首の中を通っている脊髄のことで

脳と手足をつなぐ
大切な神経の通り道でもある


そこが傷つくことで

両手両足が動かしにくくなったり

自分の意思とは関係なく
筋肉が強くつっぱったりすることがある


それが
痙性四肢麻痺だ


昨日

目の前にいるその方を見ながら

僕の頭に最初に浮かんだのは

5年前

初めてお会いした日の顔だった


かなり警戒されていた

たぶん
僕が思っていた以上に…


後になって
紹介してくれたケアマネジャーから聞いた


僕と出会うまでにも

何人かの施術者との出会いがあったらしい


でも

なかなか自分の身体に合う人に
出会えなかったという


それを聞いて

あの時の表情の意味が
少し分かった


自分の思うように動かない身体を
初めて会った人間に預ける


考えてみれば
警戒して当然だった


僕は
無理に距離を縮めようとはしなかった


身体に触れ

話をして

また次に伺う


それを繰り返した


週に3回

気がつけば

それが約5年間続いていた

 

身体を預けてもらうということ 

 

いつ頃だったのかは
もう覚えていない

ある日
こんなことを言われた


「僕の身体を使って色々実験してもいいからね」

そして続けて

「嫌だったら、嫌って言うから」


こんなことを

利用者さまから率直に言われたのは
初めてだった


もちろん
何をしてもいいという意味ではない

自分の身体は
自分でちゃんと感じる

嫌なら
嫌だと言う

そのうえで

僕が考えていることを
自分の身体で試してみてもいい


そんなふうに
僕には聞こえた


初めて会った時

あれほど警戒していた人が

自分の身体を
そこまで僕に預けてくれるようになった

そのことが
純粋に嬉しかった


振り返れば

僕たちの関係が変わっていったことを
一番よく表している言葉だったのかもしれない

 

終わらない問答 

 

この方は

自衛隊の幹部を経験された人だった


とても知的で

一つの物事を
一方向からだけ見るような人ではなかった


僕が何かを話すと

少し間を置いて

別の角度から
言葉が返ってくる

僕もまた
それに返す

すると
さらに返ってくる


人との関わり方

人はなぜ
そんな考え方をするのか

組織とは何なのか

人を理解するとは
どういうことなのか


問答のジャンルは
本当に様々だった


政治の話もした
思想についても話した

利用者さまとの間では
あえて踏み込まない方がいいとされるような話も

この方とは普通に交わすことができた


というより

この方とは
そんな話がしたかった


僕の中では
まるで論語だった


孔子と弟子が

一つの問いについて

何度も言葉を交わしていく


もちろん

どちらが孔子で
どちらが弟子だったのかは

分からない

たぶん
何度も入れ替わっていた


そして

そこにはいつも

奥さまもいらっしゃった


奥さまも

自衛隊で経理畑を歩んでこられた方だった


ご主人は

少し遠回しに
僕へアドバイスをくれる

こちらが

自分で気づけるように
言葉を置いてくれる


一方で

奥さまは
かなり直接的だった


それは違う

こうした方がいい


はっきり言ってくれる


ご主人が
僕に考えさせる

奥さまが
僕にまっすぐ返す


その二人の間にいる時間が
僕にはとても心地よかった


僕の父と
ほとんど同じくらいの年齢だった

それでも

年齢差を意識したことは
ほとんどなかった


まるで
同志のように

忌憚なく
言葉を交わした


今振り返ると

ご主人からも

奥さまからも

随分と愛情を
もらっていたんだと思う


僕は普段

利用者さんやご家族とは

ある意味で一線を引く


仕事として関わる以上
その距離は必要だと思っているからだ


でも

このご夫婦は違った


僕の中では
例外だった

 

最後まで残るもの 

 

昨日

そんな5年間を思い出しながら
お通夜の席に座っていた


週に3回を

約5年間


何百回
身体に触れただろう…

そして

何千もの言葉を
交わしたのだろう…


施術をするために
伺っていたはずなのに


人との関わり方や

人を見るということについて

僕の方が

教えてもらったことも
少なくなかった


そんな時
住職が話し始めた


そして

ある言葉が
僕の耳に残った


「聴力は最後まで残る」


だから

お顔を見て

声に出して

最後の感謝の言葉を
伝えてあげてください

その言葉は
きっと伝わりますから

そう話された


僕は

そんな話を聞いたのは
初めてだった


聴力は最後まで残る


その言葉を聞いた瞬間

5年間の時間が
一気に戻ってきた


僕が話している時の顔

何かを考えている時の間

少し遠回しに
僕へ言葉を投げてくる姿

そこへ
奥さまの言葉が入る時間


三人で

ああでもない
こうでもないと

話していた時間


そして

「嫌だったら、嫌って言うから」


あの声まで
聞こえてくるような気がした

 

また、続きを話したい 

 

僕は

5年間
この方の身体に触れていた

でも

それ以上に
この方の言葉を聞いていた

そして

僕の言葉も
たくさん聞いてもらった



鐘は

鳴らした瞬間が終わっても
すぐには消えない

目には
何も見えなくても

音だけは
しばらくそこに残る


人との間で交わした言葉も

もしかすると
同じなのかもしれない


言葉を交わした瞬間は
もう過ぎている

その人も
いつか目の前からいなくなる


それでも

もらった言葉だけは
自分の中に残ることがある


いや…
残るだけではない


何年経っても

何かの拍子に

また
鳴り始めることがある


僕は
お顔を見た

そして

心の中だけではなく
声にした


「あなたとの出会いに、本当に感謝しているんです」

少し間を置いて

「またお会いしましょうね」

そう伝えた


届いたかどうかは
僕には分からない

でも
声にして良かったと思っている


5年間

僕がこの方の話を
聞いてきたつもりだった

でも

最後の最後に
もう一度

僕の言葉を
聞いてもらった


人との間に

最後に何が残るのかは
分からない


何をしてあげたかでも
何をしてもらったかでも

ないのかもしれない


ただ

何度も交わした言葉や

自分の話を

誰かがちゃんと聞いてくれた時間は

案外
長く残る


人がいなくなっても

鐘の余韻のように

静かに
自分の中で鳴り続ける


もし

いつか本当に
また会えるのなら

その時は

あの頃のように

また
続きを話したい


まだ

終わっていない問答が
たくさんあるから