とても素敵なお仕事でした
皆さん「仮面ライダー」が誕生して50年ってご存知でした?
確かにそう、私が8歳の時に始まったんです
私は佐々木剛さんの仮面ライダー2号が大好きでした
仮面ライダー1号のときのショッカーってほんと怖くて
正直言ってヒーロー物と言うよりは「怪奇番組」(笑)
あの雰囲気で今やってたら
もう苦情の嵐でバズってるんじゃないかと(笑)
当時の私はウルトラセブン派で
仮面ライダーは見ていなかったのですが、
小学校2年生の時に友人の「たかと」くんの家に初めてお泊まりをすることになって、
その夜、土曜日の夜7時半から放送の「仮面ライダー」をたかとくん家で初めて見たのです
未だに忘れません
怪人「トカゲロン」とたくさんの怪人たちが一斉に出てくる回で
ライダー役の藤岡弘さんは出演せずに
登場するのは変身後の仮面ライダーと言う変わった回でした
しかしこれがもう
もうめちゃくちゃ怖くて
番組が終わった後私は泣きそうになって家に帰ったのです(笑)
もちろん人生最初のお泊まりは中止
ただ何か子供心に引っかかったんでしょうね
そこから仮面ライダーを私は見始めるのです
大人になってから知ったことですが、仮面ライダー1号の藤岡弘さんが撮影中に大怪我をして、出演することが不可能になっていたんですね
藤岡弘さんて、マスクをかぶった後の仮面ライダーの中にも入ってアクションをしていたと言うんですから本当に凄い人です
なのでその藤岡さんが出られないと言うことで作られたのが第13話の私が見たトカゲロンの回だったんです
次回予告には
「仮面ライダー2号に一文字隼人、佐々木剛登場!」
と出ていたのを知ったのも大人になってからです
実は佐々木剛さんは波乱の人生で、
私が大学時代に警備員のアルバイト先で一緒にコンビで働いていたことがあってとても思い出深い方
佐々木さんは、今は板橋区大山で
「バッタもん」と言う居酒屋さんをやっていて私も遊びに行ったことがあります
でも
それはまた別の話
私には息子が3人いるのですが
「仮面ライダーカブト」から
皆ハマっていきました
変身アイテムを買うのが大変で
もほんとに苦労した思い出があります
さてそんな私に信じられない位、光栄なお話が舞い込みました
「仮面ライダー50年」と言うことを知らせるスポット(告知CMのようなもの)のナレーターをさせていただいたんです
こんなに嬉しいお仕事はありませんでした
大泉の東映撮影所に行って、
仮面ライダーのレジェンドとも言える白倉プロデューサーともお会いして、ほんとに幸せな時間を過ごさせていただきました
毎週日曜日の9時30分から放送されている「機械戦隊ゼンカイジャー」の中でそのスポットは
今日から、しばらく毎週放送されるそうです
今から楽しみです