パラリンピック界のレジェンド、水泳の成田真由美選手が昨日ラストレースに臨みました

1996年アトランタ大会から通算6大会出場し、総メダル獲得数は20個、そのうち15個は金メダルです。

 

2000年シドニー大会では7種目に出場し、5種目で世界新記録(当時)を出した
すごい子なんです
 

51歳の女性を「子」なんて失礼ですが、私が真由美ちゃんと出会ったのは、36年前にさかのぼります

私が駆け出しアナの頃に
「タイム3(スリー) 」という昼のワイドショーで「明るい車いす少女」と言うタイトルで取材をしたのが最初でした

その時、彼女は中学生
ほんとに可愛らしかった
(いや、真由美ちゃん今でもかわいいです(笑))

「治療がうまくいったら歩けるかもしれない」と屈託のない明るい笑顔見せてくれて、それから交流が始まりました

しかし、一生歩けないだろうと言う状況になってくると、「もう生きていけない」「死にたい」とメッセージが届くようになりました

若い私は、一体どう彼女と向き合っていけばいいのか、どう声をかけていいのかわからず
ただ話を聞いているだけだったように思います

ところがそんな彼女が水泳と出会って
とても前向きに明るくなり
パラリンピックに出場するようになったとき
本当に、嬉しかったなぁ

それでも、順風満帆ではなく
具合が悪くなって長期入院することもあり
私はお見舞いに行って励ました日もありました

真由美ちゃんは、水泳と出会ってからは
精神的な強さを身につけて
「笠井さんも頑張んなきゃだめよ」
とダメ出しされることもしばしばありました
ありがたかったです

東京オリンピック決定の瞬間も、
委員として現地で喜んでいる姿を映像で見ました
【東京】と決まったことよりも、
その真由美ちゃんの姿が誇らしく見えました
思春期の頃、あんなに後ろ向きだった彼女が、
晴れの舞台で、滝川クリステルさんと笑顔で一緒に喜んでいる姿を見て、感慨深かったです

水泳選手としては、一旦、引退したけれども、東京オリンピックのために競技に復帰

51歳という年齢でのパラリンピック
どうなるかなと思った瞬間もありましたけれど
真由美ちゃんは本当に前向きで、自己ベストを更新する勢いで日本代表選手に選ばれました

そして昨日のラストレース
得意の背泳ぎ50m決勝でした

他の競技はすべて予選落ちでしたが
得意の背泳ぎは決勝に残り
50代で決勝に残っただけでも凄いのに、6位入賞とは
本当に感無量でした

おめでとう!
世界で6番
ほんとに素敵な記録です

私が、がんで入院中は、迷惑をかけちゃいけないと、連絡するのを我慢していてくれていた真由美ちゃん

今日のLINEには
「パラの選手は、みんな乗り越えた先にパラスポーツと出会ってる」
「まだまだこれからも頑張ります」
と、メッセージをくれました

お疲れ様と声をかけたけれども、まだまだ前に進もうとしている真由美ちゃん、これからも応援します

最後に・・・
水泳界のレジェンドを「ちゃん」で呼んだだりして、失礼と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、
私にとっての真由美ちゃんは、あの最初に出会った中学生の時の真由美ちゃんと少しも変わっていないので、そう呼ばせてもらいました
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