昨晩放送された新春スペシャルドラマ「教場 第2夜」 (後編)。
素晴らしかったです。
「横になってみることなんてできない」と、やっぱり座って観てしまいました(笑)。
ネタバレしないように書きますね。
サスペンスフルでミステリアスだった前編とは趣を変えて
後編は、各警察官候補生(生徒)たちの内面へとカメラが向けられ、物語に深みと幅が出ていました。
そのため 主要キャストにスムーズに感情移入でき、心揺さぶられるシーンがいくつかありました。
このドラマの魅力は、教官と生徒、生徒同士の人間模様を“縦軸”として描き、それにとどまらず、
“横軸”として、警察学校で生徒たちは具体的に警察官の仕事の何を学ぶのか?
職務質問から家宅捜索、
殺人事件の捜査方法まで、その基本 テクニックをかなり細かく教えてくれる、トリビアドラマの要素をもっているという点にあります。
故に、知的レベルの高いドラマとしても楽しむこともできま
した。
原作からしてそうなのかもしれませんが、映像化にあたって相当取材をしている印象です。そうした細部へのこだわりが、ドラマの質を高めているように思いました。
さて、後編の物語ですが、非常に中身が濃かったです。
クライマックスは予想を超える展開で、
風間教官と生徒たちの芝居を超えた、魂と魂のぶつかり合いと言えるほどのシーンに涙せずにはいられませんでした。
そして注目のエンディング。
木村さん、そう来ましたか!
中江監督とともに風間教官のキャラクターを完全に自分のものにした、
しかも、観る人の心を動かす着地点を木村さんは見いだしていました。
前回のブログには書きませんでしたが、エビローグは想像していた通り。
ラストカットも的中。
って、今更書いても、何も自慢にもなりませんけどね(笑)
さて、この後、私が個人的に感じたことを書きたいと思います。
結末などには触れませんが、
【これから「教場」を楽しみたい方は、ここまでにして観た後に読み進めてください】
「教場」を観ていて、最初は「なんてひどい学校なんだ。なんてひどい教官なんだ」
と、思わずにはいられませんでした。
ところが、第1夜、第2夜とに観進めていくうちに、
生徒たちを冷酷に「振るい落とす」ように見えていた風間教官は、
実は、自分の信念に従って、生徒たちを「振るい残そう」としていたことがわかりました。
生徒一人一人と本当に向き合っているのは誰だったのか?
そのことに気付いた瞬間に目頭が熱くなってくる。
今の学校システムにかけている教育理念を、警察学校とい
う場を借りて苛烈に描いた“変化球的学園ドラマ”が、「教場」だったのではないでしょうか?
振り返れば、テレビドラマは昭和時代から
「熱中時代」の水谷豊さん(北野先生)、
「ゆうひが丘の総理大臣」の中村雅俊さん(大岩先生)、
「3年B組 金八先生」の武田鉄矢さん、など理想の教師像を
求めてきました。
特に、金八先生は、昭和54年から平成23年にかけて、
32年間にも渡り人気を得て来ました。そこには、涙と共感
で生徒を指導していく理想の教師像が描かれていました。
それが、令和の時代になって、理想像では乗り越えられないほど、教室内は混沌としています。
SNS、インターネット、いじめ、自殺、体罰禁止、モンスターペアレント…
教師は親と教育委員会の顔色をうかがいながら、増長する生徒をうまく指導できない状況が続いています。
大学の統一テストのやり方すらきまらない現代に於いて、これまで学園ドラマ描いてきた教室内のトラブルをはるかに超える困難が、今、教室では起きています。
そこに「理想の教師」を投げ込んだところで、「現実はもっと厳しい」と視聴者はついてこない。
そう考えると、「3年A組-今から皆さんは、人質です」の菅田将暉さん(柊先生)の登場は、時代の必然だったのかもしれません。
ありえないような過激な先生の中に、教師の理想像を見出す。
平成の時代になって「GTO」反町隆史さんの鬼塚先生あたりが、一つの節目で、
「女王の教室」天海祐希さんの阿久津先生あたりで明確になってきます。
ドラマではありませんが、映画「暗殺教室」の殺せんせーもこの系譜の作品です。
そして、令和時代---
ますます困難な状況に立ち向かう究極の理想の教師像の1つが、
風間公親教官なのではないでしょうか?
生徒にうわべだけのいい顔をしたり、周囲の評判、評価を気にする教師とは真逆のキャクターの中に、私たちは最後の最後、ホンモノをみた思いがして心熱くしてしまうのです。
もはや、“普通の教室”では、観るものの心に届く学園ドラマをつくるのは難しい時代なのかもしれません。
「教場」の成功を観て、そんなことを感じました。
金八先生も好きなんですけどね。
【お願い】
「教場」をこれから録画やFOD(ネット視聴)で楽しむ方のために、コメントにネタバレ感想は書かないよう、お願い致します。