太宰治の生家「斜陽館」に行くことにした。

「太宰治 まなびの家」を偶然見つけて、生家にも行こうと思った。

インターネットで調べると、津軽の金木駅近くにあるのが分かった。電車の時刻も調べた。

弘前駅からJRで五所川原駅に向かい、津軽鉄道に乗り換えて、金木駅に向かった。

普通の電車では、時間が掛かりそうだったので、速い電車に乗った。

車窓からは、岩木山が見える。岩木山は見る方向によって見え方が違う。

弘前城から見た時には、頂上が2つ、五所川原からの津軽鉄道からは、頂上が1つだ。

津軽鉄道には、車掌さんが載っていて、沿線の説明や歌も聴かせてくれた。

津軽五所川原駅から金木駅までは、30分程で着く。

金木駅を降りて真っすぐ歩くと、「斜陽館」と「太宰治疎開の家」の案内板がある。

「太宰治疎開の家」では、館長から、疎開した太宰治が執筆した部屋の話も聞いた。

ここに疎開していた頃に、多くの作品を執筆したこと、数少ないが訪ねて来た人達と酒を交わしたこと、そしてここに疎開していた頃は太宰も安定していたことを聞いた。

中国からの親子も一緒に見学した。北京からとのことで、日本語もたいへん上手な娘さんだった。太宰について中国で出版された本も読んだことがあるとのことだった。

太宰が執筆した場所に座った写真も撮ってもらった。

もう少し、いろいろと話をすればよかったが、その時に少し話しただけだった。

「太宰治疎開の家」から、歩いて直ぐの所に、「斜陽館」がある。

二階建ての立派な建物だ。部屋の数も多い。こんな立派な家で生まれたんだなあとおいうのが感想だ。(斜陽館の写真)

太宰は、出自の津島家が、人々を苦しめているという内容を書いたことがあって、それで兄との中が悪くなって、長い間、故郷には帰らなかった。

しかし、母が弱ってきたのでということで、周りの説得もあって故郷に帰ることになった。

徐々に兄とも和解して、津島家本家の離れに住むことになった。

「斜陽館」を見学しながら、津軽や弘前の人にとっては、岩木山と同じように太宰治も特別なのではと感じた。

太宰治の本を読んでみようと思っている。