「斜陽館」から芦野公園駅まで、歩いた。
途中に、金木町製作の「太宰治 思い出広場」という小さなスペースがあって、そこには年別に太宰の作品名をひとつひとつ書かれたプレートが貼ってある。
こんなにも多くの作品を38年という人生で書いたというのだから、神から指名されたとしか思えない。
金木駅の隣の芦野公園駅まで歩いた。
芦野公園駅にある喫茶で少し休んで、五所川原までの切符も買った。
予め調べていた電車の時間に待合室に行くとそこの時刻表は調べていたのとは違った。
次の電車の時間を確認するのに、電車を待っている方と話した。
五所川原の人だった。芦野公園駅を散策して戻ってくると、その人も少し遅れて戻って来た。
手には山菜の大きめの束を持っていた。
そして、公園で飼われている熊に声を掛けると、今日は反応してくれた、前に来た時は寝ていて動かなかったと何回か話してくれた。
芦野公園駅では、JR東日本が吉永小百合さんのポスターを撮影した所で、待合室にそのポスターが飾ってあった。
桜の季節には、芦野公園駅付近や金木駅までは桜のトンネルになっていて、そこを撮影に来る人は多い。私も何枚か撮影した。
芦野公園駅から五所川原駅への電車は、五所川原の人と一緒だった。
岩木山のことを話した。
その人は、ここから見える岩木山が一番好きだ、山頂が一つなのがいいと話した。
たしかに、弘前城からの岩木山の山頂は二つだった。
東京で仕事したこと、五所川原に帰って子供を育てたこと、地元の出身者のこと、五所川原の立佞武多に毎年来る人達のこと、次の年のホテルも予約していくことなどを話してくれた。
五所川原駅で、JRに乗り換えようと思ったが、折角来たのだから立佞武多の展示を見て行ったらとのことで、一緒に駅の外に出た。
10分ぐらい歩くと、その展示の建物(立佞武多の館)があったのだが、閉館中だった。
後で調べると、大規模改修工事のため2025年4月1日から2026年6月末まで閉館とのことが分かった。
五所川原の方の家は更に10分ほど先なので、そこで別れた。
JR五所川原駅まで戻って時刻表を見ると、次の電車までは1時間弱あった。
駅横の観光案内で、1時間弱で行ける場所を聞いて、駅からの直線道路を真っすぐに歩いて、モホドリ蒸留研究所と太宰治「思い出」の蔵に立ち寄った。
モホドリ蒸留研究所は、本業が農家の方が、リンゴでブランデーを作っていることを聞いて、旅先ということもあって商品を購入して宅急便で送ってもらった。
まだ飲んでいないが、人が集まった時に飲むのが楽しみだ。
太宰治「思い出」の蔵は、電車の時間が近づいていたが、見学した。
展示物を見ながら、15分程のビデオも途中までだが見ることができた。
やはり津軽は、太宰治の出身地だ。
JR五所川原駅まで戻り、弘前駅に向かった。
車中では、芦野公園駅で会い五所川原も立佞武多の館を教えてくれた人の話を思い出しながら、機会があれば、五所川原の立佞武多も観てみたいと思った。