子どものとき見た

サーカス


空中ブランコ

猛獣使い

火の輪くぐり


演し物そのすべてが

体中に興奮を

与えてくれました。


その中でも

綱渡り

は『落ちたら…』という

恐怖感がさらなる

興奮に追い立てた演し物でした。


皆さんはいかがでしたか?


と言っても、今、サーカス自体を

見る機会がない方々にとは

イメージが難しいかもしれませんが


この綱渡り。


演者は

物干し竿のようなものを持っていましたね。


バランシングバー


というものです。


綱渡り


不安定この上ない状態から歩く上で

『安定』させるための必須道具です。


『世の中は綱渡り』


と言われます。

どうなるかわからない。

安心を超えた

どっしりした人生を送るには

どうすればいいのか。


ならば

生きるときも

バランシングバー

が必要になってきますね。


筆者はそれは

『伝統』だと思います。


自分らしく生きる

昨日、今日浮かんだ名案

だとしても

根っこが細いというか

無いに等しい。


そんなときに

『伝統』は

ガッシリとした土台、知恵として

勇氣付けてくれる。


伝統は何と言っても

歴史の風説に耐えてきた

社会的な経験値が豊富で

『筋金』が入っている。


人はもとより

『不完全』なので

そして、『不完全』のまま

終わるのだろうけど


『伝統』は同じ不完全だった『先人』が

後世の私たちに準備し、

残してくれた財産です。


とかく私たちは『伝統』を

古いものとして

拒絶する傾向があります。

自力で乗り越えようとします。


ここで言う『伝統』とは

和服を着るとか

花を生けるとか

お茶を点てるとか

とにかく形だけ

『日本的』なことへ

『復古』することではありません。


先人の『精神のかたち』を

引き継いで『今』に生かしていくことです。


たぶん、『今』、壁に突き当たっているとすれば

『今』の力だけで

つまり『理屈』だけで

乗り越えようとしているからかもしれません。


『生きる核』への祈りからいただく

ことばも

理屈では届きません。


『伝統』への意識。

ただ

この『伝統』は自ら意識的に意志を

示さないとやってこない。


そこでこの『伝統』への

受け皿として注目する習慣が

『文字を整えること』

ではないかと筆者は考えます。


文字は心の骨格です。


心のあり様を示します。


今、あなたが書かれている文字が


粗雑な心

頑な心

自己顕示欲の心、

または

萎縮、不安定な心


を現すものであるならば

安定したもの

に整える必要があります。


ただし、

意識

しないとそれは

『悪習癖』

となって終始

『伝統』に耳を傾けることなく

続いていくことになります。


だから

文字の『伝統』を取り入れるのです。


それが

『文字を整える』

ことです。


文字はそれこそ

長い時間をかけて

『あるべき姿』が

研究、実践され

今日に至りました。


この基本形は

文字通り

『整った文字』

という形の『伝統』です。


あなたの文字は

どうなっていますか。

『伝統』と見合っていますか。

それとも『自己流』に陥っていませんか。


『伝統』との再会は

先ず文字から振り返ってみては

いかがでしょうか。


文字を整えることは

心が整うことにつながり

それは祈りの『習慣化』

にもなります。


今回も最後までお読みいただきまして

ありがとうございました。