小説 熱い鉄に水は残らない 90
90白川悦子は、これまでの人生で経験したことのない種類の“実践”の中にいた。それは、学びでもなければ、訓練とも違う。ただ――言葉を、繰り返す。「本来は、削ぎ落とし磨くことで 本質的な光を放つ存在である――」声には出さない。胸の奥で、静かに反芻する。しかし、その言葉に意味を与えようとはしない。意味を追わない。解釈しない。結論へと急がない。ただ、通過させよ、との指示。それは、これまでの悦子の在り方とは、あまりにも異質だった。医師として歩んできた年月。そこでは、すべてに意味が求められた。症状には原因があり、所見には根拠があり、判断には論理が必要だった。単語も、数式も、論証も。一度覚えたものは、必ず“理解”へと進める。理解し、使いこなす。それが、悦子にとっての知であり、誠実さだった。世間ではそれは常識である、はずだ。だが、今は違う。意味を追うな。ただ、浸れ。遼学の声が、どこか遠くから響いてくる。(こんなことが……本当にあるのかしら)半ば疑いながらも、悦子はそれを続けていた。一週間。奇妙な感覚が、日常の中に滲み始めていた。外来診療。いつもなら、診察前にカルテを丁寧に読み込む。既往歴、主訴、検査値――頭の中に、ある程度の“見立て”を組み立ててから、患者と向き合う。『準備』である。だが、その日、悦子はふと手を止めた。(先ずは問診を)ただ、そうしてみた。診察室に入ってきた患者。椅子に座るまでの歩幅。視線の落ち方。手の置き方。言葉にする前の、わずかな間。それらが、ひとつの“全体”として立ち上がってくる。(……あ)そのときだった。「削ぎ落とし……」あの言葉が、ふっと降りてきた。考えたのではない。思い出したのでもない。ただ、そこに“現れた”。そして、カルテには記されていない違和感に気づいた。検査では異常がないとされていた項目。だが、目の動きと声の調子が、微かにそれを示していた。そこでカルテ記載の内容と照らし合わせ、他のドクターの所見も聴いた。結果として、それは別の症状の初期兆候だった。(どうして……)自分の中で、何かが変わっている。看護師の様子にも、同じことが起きた。せわしなく動く背中。わずかに荒い呼吸。言葉の端に滲む焦燥。「内側を満たし、静かに――」また、言葉が降りてくる。指摘はしなかった。ただ、自分の動きをゆるめた。声の速度を落とし、間を取る。すると、不思議なことに、周囲の動きも少しずつ変わっていった。(……整えようとしていないのに)むしろ、何もしていない。それでも、必要な情報だけが自然と浮かび上がる。足りない部分は、誰かが補う。(どういうこと……?)これまでの悦子なら、すぐに理由を探しただろう。メカニズムを分析し、再現性を検証する。だが、今は違った。(……まあ、いいか)そのまま、流してみる。意味を与えず、ただ通過させる。すると、日常の景色が少しずつ変わっていった。余計なものが、剥がれていくようだった。判断。解釈。即時の結論。それらが一瞬遅れ、その“手前”にある何かが、立ち上がる。(これが……削ぎ落とし?)また、意味をつけようとする自分に気づく。(あ、違う)そっと手放す。その繰り返し。一週間が過ぎた。帰宅した部屋で、悦子は静かに座っていた。(奇妙ね……)正直な感想だった。だが、不快ではない。むしろ、どこか軽やかだ。(もしかして……)ふと、自分の頬に手を当てる。(少しは……抜けているのかしら)“性格”というものが。表情に張りついていた、何かが。はっきりとは分からない。だが、確かに――これまでとは違う場所に、自分が立っている。悦子は、ゆっくりと目を閉じた。言葉が、また静かに流れていく。意味もなく、目的もなく。ただ、そこに在るものとして。