2024.3.27
すべては農場の進化のために

月刊『農業経営者』メールマガジン
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■特集
EUの農民デモと日本農業

なにかと比較されることが多い日本の「みどり戦略」と「欧州グリーン
ディール」。ともに環境負荷の低減をめざしているが、欧州では農民
デモが頻発し、日本ではまだまだ様子見感が強い。早くから施策が実施
されているEU、まだ目標を掲げただけにとどまる日本。補助金と環境
規制のリンク強度が異なるからだろうか。農民デモの背景を探りながら、
日本農業における環境意識を考える。

 

ここから全てが見られます。

     ⇊

 

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題の言葉は、大勢の先生方が仰っていることです。

下記YouTubeを2つ、とても素晴らしいので、ご紹介します。

幸福論、コミュニティろんですが、

松尾雅彦さん、北野収教授に通じていると思います。

 

日本の夫婦は愛よりも金で結びつく?先進国最低クラスの幸福度:

日本のジレンマ【宮台真司×堀江貴文】(自動的に下に移ります)

https://www.youtube.com/watch?v=_LNlCDfBres

もはや先進国ではない?「残念な国」となりつつある日本が

生き残る道とは【宮台真司×堀江貴文】

https://www.youtube.com/watch?v=iGZUJLjtGWo

 

記事は、上記2つのYouTubeの抜粋記事です。

 

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幸福とは何か?

 

 まず日本の幸福度は低いのかということで、こちらのスライドを見ていきたいと思います。これ世界の幸福度ランキングですね、国連が出しております。上位に北欧の国ヨーロッパの国がございまして日本は56位ということでG7では最下位という状況ですね。

 ユニセフが公開したデータだと、やはり子供の幸福度は、OECD加盟国の中とか40数カ国の中の下から2番目。大人から子供まで幸福度が低い。幸福度っていうのは社会指標、ソーシャルインデックスって言われるものの代表的なものでね、なぜ幸福度が低いのかってことは他の社会指標と合わせて考える必要があるんです。例えばね、高校生の社会指標だと、「自分には価値がある」って答える割合がね、日本だけが10%を切る。同じようなことだけど親の権威に関わる指標というのがあってね、日本は親に権威は認めないっていうことがはっきりしているんですね。

 

 つまりまず日本では家族が空洞化していて、しかも、自尊心、自己評価の値が非常に低いんですね。他のデータからいっても日本の夫婦は愛よりも金で結びつくんですよね。これは上昇婚

 

 

(じょうしょうこん)データっていうのでわかります。

(参考:上昇婚(英:hypergamy)は、自分又は自分の両親・家柄よりも高い階級・社会的地位・高学歴、あるいは高収入の異性の者と結婚・結婚希望する行為や傾向を示す言葉である。)

 

 僕がとった2000年のデータだと親が愛し合っているかどうかについて、大学生って大体半々なんだけど、親が愛し合ってると答える大学生は、恋人がいる割合が多くて、性体験の人数が少ない。親の愛し合っていないと思うと答える大学生の場合には全く逆で恋人はいなくて、性体験の人数だけやたら多いというデータも出る。基本、家族も駄目、自尊心も駄目。この状態で幸福であることができないってことです。

 

司会)それが積み重なってきてるということですね。

 

宮台)ずっとそうですね。結局この社会指標がなぜ問題なのかっていうとね、経済事情の低さが話題ですよね。2015年に韓国に平均賃金で抜かれて、2018年に1人当たりGDPが抜かれて、アメリカやヨーロッパだと大体最低賃金って、今15ドル、簡単に言うと、1700円ぐらいなんですよね。日本最低賃金は地方にいくと810円いくらとかですから、やっぱり半分あるいはそれ以下ということなんですよね。

 なんでこんなに経済が駄目なのか、単純ですよね、既得権益を動かせないからです。なぜ既得権益動かせないかっていうと、誰でもが沈みかけた船の座席争い、つまり所属集団にへばりついて、いるからですよね。例えばさっき先ごろ、総選挙があったでしょ。野党がなぜ駄目なのかっていう問題と同じだよね。僕の年代の主張ですけど、正社員っていう制度をやめなければ実は駄目なんですね。

 だって正社員。結局労働組合を組織していて、この人たちがさ、その正社員の雇用を守るっていうふうに既得権益にへばりつく、そしたら絶対に産業構造改革はできない。正社員を全て廃止してしまえばね、ジョブマーケットは流動的になって産業構造改革ができて、生産性の低い会社企業は、淘汰されて、生産性の高いところが残る。そしたらGAFAとか、サムソンとか、中国でいえば政策っていうか政治体制は違うけれども、ファーウェイみたいなところが残れる。日本それに相当する会社って1個もないですよね。だから与党も野党も含めて、あの既得権益にへばりつき続けるわけです。そして解雇規制は岩盤規制ですよね。

 これもね、実は日本人の自信のなさと密接に関係しているというふうに僕は考えているんですね。僕が昔とった統計データだど自尊心のレベルが低い人は公的な関心がないんですよ。はい、だからこれもすごく面白いデータでしょ。つまり自分に価値がないと思ってる人間が自己防衛に汲々とするでしょ。余裕がない。だから政治的な関心なんか持ちようがない。そうすると、なぜ例えば投票率が低いのかっていうことも基本それでほぼ完全に説明できるってことですよね。

 

堀江)でもそういうのがジレンマに陥ってるというか、みんながそれで、牽制し合ってますみたいな状態なわけじゃないですか。それをだから打破するのは、時代が変わってるんだけど、時代って技術革新で変わっていったわけですよ。そのイノベーションが起こって変わっていってるわけで、意外とそこに気づいてない人たちがほとんどで、スマホってやっぱすごい発明だったと思うし、インターネットはもっと前からあるんだけど、インターネットに繋いでる人なんてまだまだマイノリティだったわけですよ。だけどスマホで完全に変わって、あれスマホってみんな電話だと思ってるけど、あれは実はパソコンなんで、中身はパソコンで、単に使いやすくなっただけって言って手の平に置けるようになって、ネットと繋がって、それが出てきたから、SNSが出てきたわけで、SNSに使われてる技術って、ずっと昔からある技術なんですよね。

 スマホでみんな使い出したら、これは良いわってなってみんなが繋がるようになって、そういうことが世界で同時多発的に起こってるんで、イノベーションのスピードが飛躍的に上がって、それに対抗するというかそれに、アジャストさせる体制って、強固なリーダーシップが非常にワークするというか、ただ意思決定のスピード遅いじゃないですか、民主主義って。なんだけど、今典型的な民主主義国家になってる日本は、社会民主主義みたいな、一番遅そうなシステムの中で動いてる。だけど、他の国って、例えば大統領制、韓国もそうだし、アメリカもそうだし、中国は共産党の一党独裁で習近平が支配してるわけだし強いっすよね。これをだからどうするのかってのもすごい問題だと思うんですよ。

 

宮台)民主主義はね、昔から言われてるように、民度に依存するんですよね。スピードも民度に依存するし、決定の内容のレベルも民度に依存するんですよね。例えば知的なレベルや感情のレベルが低ければ、民主的な決定ってデタラメなものになるんですよね。それは例えばイギリスのブレグジットとかアメリカのトランプ当選ということで我々は経験的に知っているけど、それ以前に我々は日本を見ることでそれがわかるわけです。

 なぜ、与党も野党も既得権益にへばりつく政党しか基本的にないのか、それは我々のレベルが低いからだよね。自分たちの首を絞めているということになる。堀江さんもかつてフジテレビ問題でね、要するにマスコミ・マスメディアに関する既得権益を変えようとしてとんでもない国策捜査でね、苦しんだ経験もありますし、僕はね、ドコモの研究所の人たちと話したときに、iPhoneが出たとき彼らはね、「要素技術は全て日本が持っている」と言ってたんですよ。こいつら馬鹿だなと思ったんですよ、当たり前だよパソコンなんだから。でもそのパソコンを携帯電話に実装するというアイディアをお前ら考えてねえじゃんってことですよね。だからそういうところで、実は技術っていうのは単なる要素技術のレベルではなくて、我々がね、その環境にアクセスするときの、そのインターフェースのあり方とか環境のどのレベルにアクセスしてるのかっていうね。もっと人間学的なレベルでのイノベーティブなんですよね。人間的想像力を欠いた人間たちが、日本のいわゆるエンジニアリングのイノベーションになっている。つまり、絶望的。

 

堀江)だからリーダーシップですよ。だからがスティーブ・ジョブズがアメリカにおいても変人じゃなかったかっていうともう大いに変人よ。でもおかしな奴だからこそ、あんなものができたと思いますよ。

 

宮台)僕は日本人の頭の悪さの典型っていうのはスペックにこだわることだと思うんですよね。そのスティーブ・ジョブズで言えばね、開発の当初、日本のスマホとか携帯に比べてスペックがないと、これ何とかしなきゃいけないんじゃないですかっていうのに対して、そのスペックは全て落とそうっていう決断するんですよね。イーロン・マスク、テスラのね、あるいはスペースXのイーロン・マスクですけど、彼も非常によく似ていて、その部品をどうするか、ていう話をしているときに、その部品いるのかっていうんですよね。うん。そうやってどんどん落としていくんですよね。スペックの話をしてるんじゃなくて、我々との、つまりヒューマンとその物の間のインターフェースの話。そこにつまりどういうアイディアが出てくるのかっていうところだよね。そこに本人の洞察は全くない。

 

堀江)すごいなと思ったのは、僕Apple製品を使い出したのって、27,8年前なんですけどそのときにそういうのを扱ってる会社にいたのでバイトしてたんでそこで、本と思い本こんな分厚い本を渡されて、「ヒューマンインターフェースガイドライン」って書いてある本があるんで、こんな分厚いんすよ。マッキントッシュ用のアプリを作るときのインターフェースのガイドラインやUIのガイドラインがすげえ事細かに書かれて、当時から例えばアクセスビリティって考え方多分日本の家電メーカーなかったと思うんですけど、色覚異常者とか、目が弱視の人とか、聴覚がない人とかいろんな人がいるわけですけどそういった人たちにも配慮したUIにしなければいけないみたいなこととかもすげえ細かく書かれていて、こんなのいるのって思ってたけど、今はそれがスタンダードですからね。

 

宮台)そういうリーダーシップを発揮する人間が上に立てるのはどういう条件かって考えてみるとわかると思う。日本の場合はね学問の世界でもそうだけど、要するに学会で認められている研究領域以外のことって絶対やらないんだよね。なぜかっていうと、予想不可能だから。認められる研究をやると、どの程度論文を書いてどういう学会活動するとどこまで出世、プロモーションできるのが予想できるでしょう。でもあのイノベーションというのは基本トライしても、実りがあるかどうかはわからないからチャレンジングなんですね。チャレンジングってのは、つまり、困難てことだよ。でも日本人はヘタレで浅ましいのでそれで引っ込むわけだよ。そういう人間からリーダーシップを発揮できるやつで出てくると思う?ってことですよね。

 

司会)今のリーダーシップの話ありましたけれども岸田政権が、新しい資本主義を提言しておりますけれども、まず、これ人々を幸せにするのでしょうか、という大きな質問なんですが、いかがですかね。

 

宮台)新しい資本主義ってずいぶんで風呂敷が大きいけどはい、ただ再配分しましょうと、分配と成長の好循環とかっていう単に当たり前の事を言ってるだけなので、あまりにも古くて腰が抜けました。はい日本の経済が回らない理由は、既得権益を動かせないので産業構造改革ができないから、以上で終わりなんですよ。

 産業構造改革をするために何をすればいいかっていうとさっき申し上げたようにね、労働市場の流動性を上げるんですよ。典型的にはね国際標準で正社員という注意を許さない。その解雇を自由自在にさせるということです。いやそしたら解雇された人達困るじゃないか、といわれますが、そんなことはなくて、欧米の基本政策っていうのはね、大体2年間ないし1年間の雇用保障っていうのがあって、その雇用保障してる間に、やはり公的な税金で訓練と教育の機会を提供するんですよね。そういうふうにするから産業構造改革が成功して、あとエネルギーシフトもどんどん進んでいて、このエネルギーシフト問題と大変でね、各国の統計があるけど、今、再生可能エネルギーの基本って太陽光と風力だけど、その発電コストって化石燃料と原発のちょうど今半分なんですよね。再生可能エネルギーは技術的学習効果でこれからも下がってるけど、化石燃料はハードオイル化って言ってね、これから採掘コストが上がっていくのでどんどんコストが上がるでしょ。原発は皆さんの安全意識が高まっていくので、ますます安心親切どころかね、メンテナンスにおいても、コストが上がっていくんですよね。そうすると、今日本が置かれてる状況ってね、経済が相当落ちているんだけど将来にわたってもね、エネルギーを使うために各国に比べると高い年貢を納めるような感じになるんだよね。それを何とかするっていうのが、新しい資本主義じゃなくて駄目な日本を何とかするんですよ。はい、だからそういう問題意識がない点で全く無駄ですね。

 

・・・うん単純なことで、日本て既得権益にすがるっていう意味でね非常に特殊な国なんですよ。既得権益が残ってる限りはね、既得権益にみんなへばりついてる醜い争いを始めるわけです。僕のゼミからね、町おこし協力隊で全国に散ってる奴らもいるんだけど、日本はね実は田舎に行くほど地方に行くほどを地獄、それは残されたちょびっとの既得権益を巡ってみんなへばりつくので、一切の制度的なイノベーションもできない状況になる。しかし他方でね、例えば沖ノ島の海士町とかね、瀬戸内海兵庫県の家島のように既得権益が完全になくなるぐらい限界集落化すると、そこに旅芸人的にコミュニティデザイナーが入っていて、基本その何をベースに外貨を稼ぐのかっていうことで共同体受注を行うことで、空洞化していた人間関係共同体も戻るっていうね、

 実はヨーロッパでは、最初からエネルギー問題っていうのはエネルギーシフトだけの問題じゃなくて、元々例えば87年から始まったね、スローフード運動っていうのは、経済と社会、さっきの話、経済指標と社会指標を完全に結びつけるという試みだし、この20年のエネルギーシフト、エネルギーの共同体自治の動きも全くそういうものなんですよね。だからそこは解りやすいことを言うと、売れるから有機野菜を使ってブランディングするとか、法律が規制するから有害なものを使わないとかじゃなくて、いや仲間のために作ってるからいいものを作るしそういう努力してるからちょっと高くても買えますっていう、ある種の感情の働きと資本主義を結びつけるっていう動きで、エネルギーシフトに関わる共同体自治も全部そういうことでね、僕あるいは誰でも堀江さんのようなエリートがこれが一番いいんだと説得して、その何かをそのインプリメンテーションしたとして、実行したとして、それがうまくいかなかったら、堀江さんのせいになるじゃん。僕のせいになるじゃん、そうじゃなくて今の新しいリーダーシップっていうのは、ファシリテーションの能力で、基本それによって同じ風力発電と風力タービンを建てるにしてもね。俺たちがいろいろ考えて作っただから問題があればそれを俺たちの問題だから、つまり他責化できないっていうことで、自分たちで引き受けていろんな修正をしていくっていうね。そうするとそのプロセスでまた共同体自治ってみんな仲良くなっていくっていうね。これ仲良くするかどうかなれるかどうかっていうのをコントロールするのがファシリテーターの役割っていうね、それが今ヨーロッパでは標準で日本にはそういう人はいないしほとんどいない。

 

司会)ですね。大きな既得権益じゃなくても小さな共同体でそれに共感していくところからっていうことですね。

 

宮台)そうです。僕はね、気候変動問題が鍵になると思っていましてね。もうすぐチョムスキーとポーリーの「気候変動とグリーンニューディール」っていう本が出るので、これものすごい統計が満載の本でね、すごく参考になるんだと思うんだけど、まず気候変動懐疑論がデータで完全に反駁できる。しかしデータで反駁できるのはそれだけじゃなくてね、例えば、炭素税主義ってのは経済学者のほとんどの声なんですよ。政治的な規制じゃなくて炭素税でやろう。更に、炭素税をどんなにやってもCO2の削減には全く焼け石に水だってこともデータで証明される。

 

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「読書人WEB」よりコピーさせてもらいました。下段にURL。

森山和道 / サイエンスライター  

週刊読書人2020年7月3日号(3346号)掲載

 

ガイア理論提唱者ラブロック博士の最後の著作と言われる

「超人工知能と人類が共存する時代へ」の紹介です。

ガイア理論の拡張版、一気通貫に未来語る

 

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著者ラヴロックは、地球はあたかも一つの生命のようなシステムとして振舞っており環境を安定化させていると見なす「ガイア理論」の提唱者だ。ガイア理論の特徴は、生命圏と無生物圏、すなわち大気や岩石とが互いに相互作用しながら自己調節するフィードバックループを為していると考えた点にある。
 
たとえば地球ができた頃の太陽は暗く、その後徐々に明るくなってきた。当然、地球はより高温になっているはずだが、生命の存在が地球全体の太陽光反射率と二酸化炭素量を調整し、結果的に恒常性を維持している。この自己調整システムを彼は「ガイア」と呼んだ。しばしば誤解されているが、ラヴロックは地球がいわゆる生命と全く同じ意味で「生きている」と言っているわけではない。
 
ラヴロックは一九一九年生まれなので、本書はおそらくは最後の著書だ。タイトルの「ノヴァセン」とは、やがて生まれるだろう人類を超える知性を持つ電子的生命体と人類を含めた有機体とが、地球に共存する時代のことを指す造語だ。現在のことを人類の時代という意味で「アントロポセン(人新世:下段に註)」と呼ぶことがあるが、それに継ぐ時代のことである。
 
電子的生命体とは、いわゆる超人工知能のことだ。最初は人類が作ったシステムとして誕生し、やがては自らを設計し改良しつつ製造していくだろう機械のことである。このような超知能も人類同様、自然選択の中から生まれるという意味をこめて、ラヴロックはサイボーグと呼んでいる。
 
そのサイボーグはSF映画のように人を駆逐する存在になってしまうのか。ラヴロックはそうではないという。非有機的存在も有機体と同様、少なくともしばらくは現在と同じような環境の地球を活動基盤として必要とする。そのため、いま地球を冷涼な環境に保っている有機的世界全体を必要とするので、人間と機械は互いに共生関係を維持するだろうという。
 
ここが彼の思想の面白いところである。つまりガイア理論の延長として超人工知能を捉えて語っているのだ。海面温度が四〇度になってしまえば生物だろうが機械だろうが惑星全体が徐々に破滅的な環境へと遷移してしまう。だから、人類をやがて引き継ぐ超人工知能がどんなものであれ、気温を安定的な状態に維持する必要があるし、おそらくは人類を含むこれまでの有機体世界と共存の道を選ぶはずだというわけだ。
 
機械が地球全体の自己調整システムに加わることにより、惑星工学レベルでの環境保護・修正プログラムは、より積極的なものへと変化する可能性がある。従来の有機体システムによる自己調整よりも、うまくやるようになるかもしれない。
 
将来のマシンは、いまの人間が植物を見るような感覚で人間の生活を観察することになるだろうという。そして猛烈な速度で自らを改善して進化していく。人類は地球でもっとも知的な生命体という地位を失う。
 
人類と電子生命体は初期段階では共存しているが、進化の次のステージのためにシーンを用意すること、それが人類の最後の役割となる。ガイア全体はやがて無機システムに覆い尽くされる。最終的には宇宙を情報へと転換していく。それこそが知的生命が宇宙に生まれた意味だという。これが彼の描く未来だ。ラヴロックは地球化学者として人類と地球、マシンの未来を一気通貫に語っている。
 
つまり、エネルギーフローを重視して固体地球と生物を一体として見たガイア理論の拡張版が、本書だ。
 
ディープラーニングの成功で訪れた第三次人工知能ブームに伴い、超人工知能の登場で人類はやがて地球の主役ではなくなるだろうと語る本は多い。しかし、その超人工知能が地球を冷やすために人類と共存するという視点はユニークだ。
 
気になるところもある。人類がやがて自らの子孫として生み出すだろう人工知能も「ガイア」の一部となる。ここまではいい。しかし、人工知能はどんな目的を持って自らを拡張していくのだろうか。その視点は本書には欠けている。また、ラヴロックがいうところのサイボーグがどんなものなのか、彼がいう知性とはどんなものなのかという点についてはぼんやりしている。おそらく興味がなかったからなのだろうが、そちらについては別の本と合わせて読むといいだろう。(藤原朝子監訳・松島倫明訳)(もりやま・かずみち=サイエンスライター)
 
★ジェームズ・ラヴロック=イギリスの科学者・英国王立協会フェロー。「ガイア理論」の提唱者として高く評価される。著書に『ガイアの時代 地球生命圏の進化』など。一九一九年生。

 

註:Wikipediaより

人新世(じんしんせい[1]、ひとしんせい[1]、英: Anthropocene[1])とは、人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている地質時代における現代を含む区分である[2]。人新世の特徴は、地球温暖化などの気候変動(気候危機)、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大[3]、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などがあり、人類の活動が原因とされる[4]。

オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらが2000年に提唱し、2009年に国際地質科学連合で人新世作業部会が設置された[2](語源・語義は後述)。日本語での名称は人新世のほかに新人世(しんじんせい)[注釈 1]や人類新世[7]がある。人新世という用語は、科学的な文脈で非公式に使用されており、正式な地質年代とするかについて議論が続いている[8]。人新世の開始年代について様々な提案があり、12,000年前の農耕革命を始まりとするものから、1900年頃、1960年代以降という遅い時期を始まりとする意見まで幅がある[9][10]。人新世の最も若い年代、特に第二次世界大戦後は社会経済や地球環境の変動が劇的に増加しており、この時期はグレート・アクセラレーション(大加速)と呼ばれる[注釈 2][12]。

 

「超人工知能と人類が共存する時代へ」

https://dokushojin.com/review.html?id=7302

 

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CHAMP(チャンプ)の会員M様から素敵なご案内を頂きましたので、

ご承諾を頂き、掲載させて頂きます。

どなたでも参加できます。

対面とオンラインの両方で行われます。

ご承知のように、松尾雅彦さんは、

イタリア・フランスなどの欧米の食文化と農業を学ばれて

「スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換 」を著されました。

その原点を学べるかも知れません。期待です・・・

 

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メインスピーカーは、2000年に出版されベストセラーになった「イタリア 小さなまちの底力」の著者法政大学教授陣内秀信さんです。私はこの本を松尾さんに薦められて読んでいました。イタリアのイメージはこの本でできました。

陣内先生がこのシンポジウムの講演1と講演3の講師を務めます。8つの講演と最後のトークセッションがありますが、プログラムの詳細は下記案内に添付されている「詳細」をクリックしてください。

 

法政大学イノベーション・マネジメント研究センター  シンポジウム

「『南イタリアの食とテリトーリオ ―農業が社会を変える―』発刊記念」

 

【日時】2024年3月27日(水)13:00~17:30

 https://riim.ws.hosei.ac.jp/news/202402276057.html

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【プログラム】

 ■13:00~13:15【挨拶・解題】

<Part1 南イタリアの魅力:事例編>

 ■13:15~13:45【講演1】アマルフィ総論と個別事例紹介

  陣内秀信(法政大学江戸東京研究センター特任教授、

  エコ地域デザイン研究センター特任教授)

・・・・・続いて、8つのPartと1つのトークセションがあります。

 

※詳細はこちらをご覧ください。

 https://riim.ws.hosei.ac.jp/news/202402216057.html

※「『南イタリアの食とテリトーリオ―農業が社会を変える―』発刊記念」チラシ(PDF)

 https://riim.ws.hosei.ac.jp/wp-content/uploads/2024/02/20240327.pdf

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【開催方法】・対面(先着100名)

 <会場>法政大学市ケ谷キャンパス ボアソナード・タワー26階 スカイホール
 (交通アクセス)https://www.hosei.ac.jp/ichigaya/access

       ・オンライン(YouTube Live)

【参加費】無料

【申込方法】下記専用サイトよりお申込みください

 <専用サイト> https://riim20240327.hosei-kyoiku.jp

 

 ※お申込み時に、対面とオンラインの選択が可能です。
 ※オンラインの配信リンク先は、受付完了メール(自動配信)に記載されています。

 ※配布資料がある場合は、当日までにHPに掲載します。

 (来場者には、会場で資料を配布します)

 

【申込締切】3月25日(月)(オンライン参加は、3月27日(水)まで申込可)

【問合せ先】法政大学イノベーション・マネジメント研究センター
 TEL: 03-3264-9420   FAX: 03-3264-4690
 URL: https://riim.ws.hosei.ac.jp
 E-mail: cbir@adm.hosei.ac.jp

 

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「21世紀に蘇る柳田國男の農政学」

キャノングローバル戦略研究所山下一仁主幹著

 

から、要点だけ箇条書きにしました。(文責:安江高亮)

 

明治6年の地租改正で、年貢の徴収権が地主に移り、

地主が多勢を占めた帝国議会は小農主義をとり、

柳田國男などが唱えた中農主義は否決され、小農主義が今も続いている。

日本の農業は世界から取り残され、ガラパゴス化してしまった。

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江戸末期~現在まで:農地・農業の歴史
 

▣ 江戸時代の農業:年貢は米で収めた。

▣ 明治6年の地租改正で、年貢徴収権者を所有権(地主)に。小作人は劣悪に。

▣ 横井時敬は小農論展開=地主派・農本主義(農は国の本)、国家主義と結びつ

 き戦前の支配的な思想。兵隊の供給源となる。

▣ 柳田國男は小作人と自営農を擁護(中農主義)したが、地主と学会を敵に回して抹殺される。兼業は生産性向上を求めないため良くないと主張

▣ 東畑清一は柳田國男の考えを継いだ。戦後、農業問題各種審議会に参加。

▣ 明治は、小作料は収穫量の半分なので小農主義が地主に有利:政治力

 限界生産力逓減の法則により、多くの労働の投入は地主に有利で小作に不利

▣ 明治・大正の2つの課題:零細な農業構造、地主制

ここまで戦前 1945年まで

 

ここから戦後

▣ 農林官僚の悲願だった農地改革が行われ、地主制は戦後解体されたが、その先の戦略(農業改革)が無かった

▣ 農協が小農主義(保身)を引継いだ。つまり、数を背景に政治力を持ち、農業にとって不幸な小農主義を継続した

▣ 1961年、農業基本法制定。選択的集中策として、特に米作に集中

▣ 1965年から農家総所得がサラリーマン所得を超えている。兼業だから

▣ 稲作は兼業農家とリタイアした年金生活者で行われている

▣ 銀行は他の産業を兼業できない。JA農協はできる。米価を高くすることによって

 多数の兼業農家を維持し、その兼業農家の農外所得、年金所得もJAバンクに預け

 てもらい、預金量日本第2位101兆円の『まちのみんなのJAバンク』が誕生

▣ 1970年から、米農政の基本は減反政策:その為に補助金を出し、供給を減らして米価を高くし、財政負担して、かつ消費者負担も高めるという政策

▣ 民主党政権が導入した戸別所得補償制度は小農主義

▣ 国民は一人当たり年間1万円、合計1兆円を負担。それで農業が改善したかという

 と、米価が高いので零細な兼業農家が滞留して専業農家の規模が拡大しない

▣ 減反は生産を抑えることなので、農地の単収、生産性を上げることもタブー

▣ 安倍首相2018年度より「減反を廃止した」と言ったがフェイクニュースだった。実態は強化:飼料用米やWCS(稲発酵粗飼料)に食用米販売収入と同額の補助金を出し有利にして、主食米を不足に導き価格高値維持している

▣(一般論)日本の農業は世界の大規模農業と競争できない(最大のプロパガンダ)

▣(柳田、山下の考え)関税の他に何も対策がないと考えるのは誤り:農地を改良

 して生産性の向上を図り、競争できるようにする。兼業の否定と専業農家の拡大

 を計れば世界と戦える

▣ 農協の資材が高い:経営改善が必要

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キーワード

☆ 米価引き上げ

・農家所得のため米価を上げ供給過剰に。1970年減反政策開始=米価維持政策

☆ 農協制度

・経済更生運動 ⇨ 総合農協 ⇨ 戦時下の統制団体(米の配給)⇨ 戦後の農協

 酪農などはJA以外にも専門農協があるが、米にはJA以外の農協はない ⇨

 JAはノートリアス(悪名高き存在)=強い圧力団体(農林官僚小倉武一)

☆ 農地改革

・農地改革:農林省の案がGHQの指示により1946年に実施:農地は政府が強制的

 に安値で買い上げ、実際に耕作していた小作人に売り渡された。

・GHQは保守化した農村を共産主義からの防波堤にしようと農地法の制定を

 農林省に命じた。池田勇人は保守の支持基盤ができると考え1952年に成立。

 自作農を作った=耕作者=所有者。株式会社が自作農として認められない理由

 自民党の狙いは的中したが、農地法により零細な農業構造が固定され、規模拡大 

 による農業発展の道は閉ざされた。農林省は農地法の制定に反対だった。

 

山下一仁氏の持論

TPPを推進、「日本農業は世界に勝てる」(日本経済新聞出版社)

減反を廃止して米価を下げて、

主業農家に限定して直接支払を払うことにすれば、

財政負担も半額で済む。

今よりも消費者負担、納税者負担ともに減少できる。

さらに主業農家への農地集積による規模拡大、単収向上によって、

生産性が向上し、コストが低下すれば、直接支払がなくても競争できる状況になる。

そして、米の輸出を増やせばよい。

そうなれば、その数が多いのは「正しく国の病」だと柳田が主張した兼業農家はいなくなり、専業農家、主業農家中心の農業ができるのではないかと考える。

 

参考:主業農家:農家所得の 50%以上が農業所得で、1年間に 60 日 以上自営農業に従事している 65 歳未満の世帯員がいる農家(農水省ホームページ)

 

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田中角栄 の 日本列島改造論の開発・住宅編

日本の”まちづくり”、住宅地開発と住宅・施設建築の混迷の歴史が解る

その混迷のど真ん中をもみくちゃにされながら歩んだ

一人の建設官僚が綴った記録です。

 

不動産、或いは建築業以外の人には難しいかも知れません。

講座と同時に「NPO法人住宅生産性研究会」の

すばらしいホームページを広めたいと思っております。

特に「世界の住宅と資産形成」には、

理想の開発と住宅のあり方が示されています。

 

 

皆さんから拡散をお願い申し上げます。

本文10ページと付属文書5ページです。

 

~ 一部抜粋 ~

「丹下健三のオリンピック施設の評価は、「欠陥建築からモダニズム建築」に大逆転された。丹下健三は、黒川紀章と菊竹清訓の二名の若手建築家を広報担当に使い、「世界に着目されるモダニズム建築家に挑戦しようとするならば、建築基準法違反に挑戦するべきだ」と違反建築物を促すようなキャンペーンを張った。その主張は、建築基準法改正に取り組む住宅局への批判となり、違反建築を煽る丹下と住宅局との対立が激化した。丹下らモダニズム建築家は、違反建築事故を起こしても「造反有理」の毛沢東理論で違反建築を煽り唆した。

・・・2人の建築士処分を決定させた私は更迭され、3年間国外追放された。」

 

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本文

ボウクスの「3Cプロジェクト」の意義

〜戦後日本における「新都市計画法立法迷走史」の背景〜

 

 

2024年2月21日

NPO法人住宅生産性研究会(HICPM) 

元理事長 戸谷英世

 

はじめに:ガーデンシテイの「夢の実現」と

            国の都市計画法に倣う「夢の挫折」

 

ボウクス社(社長・内海健太郎)は、田園調布に2×4タウンハウス「3Cプロジェクト」を完成させた。このプロジェクトは、(1)都市計画法と建築基準法の混乱した行政、(2)建設省・国土交通省による都市計画法立法・施行及び行政の無責任な対応、(3)東京都の違法な都市計画行政の三重苦に悩まされ、工事は混乱を余儀なくされた。しかし、ボウクス社は理不尽な立法や行政に対処し、最終的にはボウクス社の信ずる「米国のニュー・アーバニズムによるタウンハウス事業」を達成した。その結果、ボウクス社は、木造・ファイアーコンパートメント(防耐火建築)技術を採り入れ、高い都市防災性能を有する美しい街並みを実現させた。大田区の都市計画行政は、NAHBの経験を生かした「3Cプロジェクト」を、渋沢栄一が始めた田園調布の街づくりを進める有益な住宅・都市資産形成事業と認めた。

また、東京都の作成した『開発許可の手引き』を受け入れた事業と評価されて実施された。

本講座は、ボウクスの3Cプロジェクトを見学する機会に合わせ、あらためて米国の住宅都市環境開発技術の高さを再確認させる機会にした。それは直接的にはエベネザー・ハワードによるガーデン・シティに始まる近代住宅都市計画の積み上げられた文化の成果に、クラッシック文化による建築環境の造形美が反映されている。3Cプロジェクトと比較し、わが国の浅薄な都市計画法の理論・立法と行政の貧困な取り組み経緯と、国土交通省・内閣法制局の無責任さと都市計画行政の貧困さとを、都市計画法の立法経緯に立ち返って解説する。

 

1.「英国の都市計画法」に倣った田中角栄首相が夢見た都市計画法案

 

田中角栄による都市計画法の立法はわが国の都市計画行政を混乱させてきたが、そもそもの歴史を辿ると、田中角栄の首相時代(1972−74年)の始まりにまで辿り着く。その当時、田中角栄のブレーンを構成したのは旧内務省官僚の思想を引き継ぐ建設官僚達である。彼らの進言を採り入れたことにより、新しい政策形成が始まった。その進言とは、田中角栄著『日本列島改造論』(1972年)を実現するためには、英国の都市計画法に倣った「新都市計画法案」の立法は不可欠とするものであった。しかし、当時の内閣法制局は、英国の都市計画法に倣った立法は日本の法制度を無視するものと判断し、それを強行させては行政法を混乱させる危険性があり、わが国の保守勢力は同法案を阻止しなければならないと考えた。

 

そこで内閣法制局は、立法不可能の意向を建設省に伝えたところ、建設省都市局は立法妨害と抗議し、住宅局は内閣法制局にその理由を問い合わせてきた。それに対して法制局は、「新都市計画法案は、既存の法律とは未調整の状態にあり、この状態では上程できない」旨を回答した。つまり、都市計画法と建築基準法との関係が不明僚な点が問題とのことだった。より深く理由をさぐると、新都市計画法案は英国の都市計画法を模範としたため、「土地と建築物を一体の不動産」とみなしたが、わが国の「民法」では、「土地と建築物とを別の不動産」としていた。そのため、新都市計画法案は「民法」の原則と矛盾することが指摘された。

 

このような問題を抱える法案を立法し・所管する建設省と法務省との間で立法前の調整作業が必要だった。しかし、両省の法案調整はなされていなかった。そのため内閣法制局は、「国会上程前に両省間の事前調整ができなければ、新都市計画法案の上程に向けての法令審査は始められない」と建設省に通告した。しかし、法務省の立法能力と法律施行の経験を有し、建設省のそれを絶対量として上回り、建設省の希望する立法に向けての法案調整はできる見込みはなかった。その結果、建設・法務両省の調整ができなければ、同法案の審査受理はできないとして、内閣法制局は法案の審査作業を中止するよう審査部局に勧告した。

 

2.内閣法制局を中心にした国家権力としての保守勢力の反撃

 

こうして内閣法制局を中心とした政府内の保守勢力は、新都市計画法案は既存の行政法秩序を破壊するものと危険視する立場をとった。他方、旧内務省系の都市計画官僚は、田中角栄著「日本列島改造論」を実現するためには、戦後経済復興を取り込んだ国土計画が必要であり、そのためには英国の都市計画法が採用されるべきと考えた。英国の都市計画法は、国土開発上、国家権力を発揮するために不可欠な法律で、その法律が建設省で準備されていると建設省事務官僚から田中角栄は信じ込まされていた。そのため、旧内務省の流れを汲む戦前の「都市土木行政」を念頭に置きつつ、都市計画を整備する方策を検討した。この新しい都市計画行政では、都市土木行政の下部に住宅・建築行政を補助的な行政組織として組み込む都市づくり制度を、「旧内務省に倣った都市計画」の仕方と位置づけて取り組んでいた。

 

田中角栄が自らの国土構想をその著書『日本列島改造論』にまとめたのは前述のとおりである。田中は彼自身の著した『日本列島改造論』を実現するには、法制度を背景にした政治力を使えば、既存行政や産業界も押し切れると考えていた。実際に保守勢力は田中のやり方を阻止できず、新都市計画法案の立法作業は田中の計画どおりに一挙に進められ、国会上程直前にまで到達していた。その勢いは保守勢力の予測を裏切る速さで推進された。しかし、政府内部の保守勢力は同法案の立法を阻止すべく、内閣法制局にその対策を検討させた。そして、新都市計画法案と英国の都市計画法及び都市計画理論の違いも分からない状態で、「新都市計画法案は国内法とは未調整である」との理由で、立法は上程直前に食い止められた。

 

また、内閣法制局は同法案が「民法」と矛盾している点と、建設省と法務省との間で立法前協議が未調整の事実も指摘した。よって内閣法制局は新都市計画法案の立法は無理と局内で判断を下した。ただし、内閣法制局から田中には、同法案の成立が必要であれば、「民法」改正することもあり得ると譲歩の意向も示された。最終的には田中は、新都市計画法案の立法を強行せず、内閣法制局の法案処理方針に従った。立法を強行すれば、司法、行政、立法の保守勢力を巻き込んだ混乱が予想され、田中は産業界を含む国政への影響を危惧した。

 

当時施行されていた都市計画法は、建築基準法と姉妹法の関係と説明されていた。現在と同様、都市計画法は土地利用のための建築計画を扱い、他方、建築基準法は都市計画法に定められた土地利用計画について建築物の規制」を扱っていた。これに対して、新都市計画法案は、英国の都市計画法に倣ったため、「土地と建築物は一体の建築不動産」としていた。しかし、わが国の「民法」では、「土地と建築物とは別の不動産」と規定していた。よって、「民法」の規定に合わせて、建築基準法では「建築物」を規制対象とし、「土地」は新都市計画法案で扱うことになり、建築基準法の規制対象にはしなかった。ここに、英国に倣った新都市計画法案と、「民法」との間の矛盾が解決されるべき問題とされた。もし、新都市計画法案の立法を強行していたら、「民法」との間で、建築不動産(土地を建築加工した物)の定義に矛盾が顕在化する。そうすれば、さらに司法・行政・学会・法曹界の土地と建築物の扱いに矛盾を発生させ、政治の混乱を惹き起こす、と法制局は危惧したのだった。

 

3.住宅官僚となった私(戸谷)と、

        大村巳代治を救済した田中角栄の「都市政策大綱」

 

公営住宅法は1951年に立法されたが、この法律は、そもそも1950年に朝鮮戦争が勃発して以来、米軍の実質的な兵站基地と化した戦後日本において、急速に高まった軍需需要に応え、軍需産業労働者を大量に集め・収容し、旧日本軍の兵站基地の復興が要求されていた。しかし、1947年に施行した平和憲法が戦争放棄を原則としていたから、軍需産業を支援するような法律は、憲法違反の疑義が生じかねなかった。それを意識した政府は、野党と世論の追及を避け、政府立法の途は選ばず、英国の社会福祉法であった公営住宅法と銘打った議員立法で、国会の全会一致で成立させた。田中角栄は提案議員の中心人物の一人であり、国会審議時の建設省住宅局長が、旧内務省社会局OBの技術官僚・大村巳代治であった。

 

大村住宅局長は当時の国会にて、共産党議員から、「わが国の住宅統計によれば、住宅事情は年々悪化しているのではないか」と追及された。この質問は、国勢調査等の住宅統計調査を根拠にした質問で正鵠を得ていたため、大村局長は「ご説ごもっとも」と即答した。この答弁を聞いた自民党は「共産党の主張を認めた政府委員は、その行政責任を取れ」と追及し、大村住宅局長は、就任後僅か60日で更迭された。社会党はその直後、社会党の公認した国会議員候補として大村巳代治を担ぎ出した。その結果、大村は落選した。とはいうものの、住宅事情についての質問に潔い答弁をした大村に、自民党議員田中角栄は信頼観を深めた。

 

公営住宅を全国的に展開するため、住宅局が㈳日本住宅協会を創設すると決まると、田中は大村を協会専務理事に推薦した。同協会は全国の公営住宅事業主体を会員とする組織である。やがて田中と大村との繋がりで住宅官僚と住宅協会の人脈は深まり、住宅協会は住宅行政の一部を担う住宅局内部組織に成長した。具体的には、田中は大村を使い住宅行政と住宅産業界の情報を集め、行政・産業・政冶の関係を密にした。そして住宅局は住宅協会を「住宅局内部における産業政策の隠れ蓑組織」として活用した。住宅局は住宅協会を使い「プレハブ建築協会」の創設準備をし、又、「BL部品制度」の原型である「KJ(公共住宅用規格部品)制度」も住宅局住宅建設課で企画し、住宅協会の業務として実施した。こうして大村は、元住宅局長の人脈の上に住宅産業界と自民党との業務双方の繋ぎ役を果たしていた。

 

私が住宅官僚になった当時、大村は住宅協会専務理事で機関誌『住宅』の編集長であった。私は、住宅局職員でいて『住宅』の編集委員だった。その後私は住宅局住宅地区改良係長になり、未開放部落問題や山谷・釜ヶ崎の不良住宅問題を担当した。そこで初めて私は、わが国の住宅政策が、スラム問題に役立っていないことに気づき、適正な住宅政策に改善すべく、労働省の統計調査から、「京浜地区の産業労働者の就労働時間と常住地と就労地との関係」を調べた。その調査結果から政府の住宅政策は労働者の就労実態から乖離した住宅政策しか採用していない実態を明らかにした。ここで発見した事実を住宅政策提案にまとめ、『アサヒジャーナル誌』(朝日新聞)に投稿した。労働者の労働条件に合った住宅政策提案論文は同誌に掲載された。その労働者の立場に立った新しい住宅政策の提案が話題になった。

 

その当時、自民党幹事長を務めていた田中角栄は、都市問題の解決策として『都市政策大綱』をとりまとめていたが、同「大綱」に住宅問題が欠落していることに田中自身が気付き、急遽、大村に連絡し、「住宅政策に精通した若手官僚を紹介するよう」求めた。大村と私とは雑誌『住宅』編集で頻繁に住宅政策を話し合う間柄だった。大村は、『アサヒジャーナル』誌が取り上げた私の住宅政策提案を知り、田中角栄に依頼されていた「都市政策大綱」へ住宅政策の提案者として私を田中に紹介した。その結果、私の論文は「都市政策大綱」の企画委員会で審議され、『職住近接論』と政策名が付けられ「大綱」に採択された。やがて首相となった田中は、『日本列島改造論』に国土全域に対する野望を公表したが、これは、「都市政策大綱」を国づくりに発展拡大させ、各省若手官僚の政策提案を汲み上げる形で『日本列島改造論』にまとめた。それを国土開発計画として展開するに当たり英国の国づくりを参考にし、国土政策を進める法制度として英国の都市計画法を国内法に取り入れることにした。

 

4.田中角栄が構想した「英国にならった都市計画法」

 

田中は、英国と同じような都市計画法を創れば、英国に並ぶ美しい都市の国を創れると考えた。そこで、旧内務省の都市計画官僚の流れを汲む官僚らの意見を聞き、また、都市計画に意欲を持つ官僚を建設省都市局と計画局に集め、立法作業を開始した。そして、「日本列島改造論」のヴィジョンを、経済企画庁計画官・下河辺淳の下で、全省庁の官僚の意見を収攬する形にて、「全国総合開発計画」(略称「全総」)にまとめさせた。「全総」では、全国都道府県において、地域計画及び都市計画を作成させることを目標とした。そこで、各省庁で「全総」の計画内容を吟味させ、「全総、2全総、3全総」と改訂作業を繰り返させた。さらに、計画実行には、都市計画レベルでの行政で、国家権力の裏打ちが不可欠と考えられたため、その制度として、英国の都市計画法にならった新都市計画法案の作成が取り組まれた。

 

こうして田中は、旧内務省の都市計画官僚や西欧の都市計画行政情報を持っている専門官僚を建設省都市局に集め、都市計画法の立法に取り組ませた。旧内務官僚は田中角栄に対し、英国の都市が優秀な理由は、優れた都市計画と都市計画法があると「ご進講」し、官僚と田中とは質疑応答を繰り返し、政策は具体化された。また、英国はその都市計画法の持つ「計画高権」により、都市計画の実現が担保されている説明に納得した。そこで田中は、都市計画法の立法と並行し『全総』を策定し、それを地域計画及び都市計画に具体化した。田中の基本的な考えは、英国と同じ都市計画法を使えば、都市計画は国家権力に裏打ちされた『全総』により、田中角栄著『日本列島改造論』のヴィジョンが実現できるとするものであった。

 

ただし、『全総』を具体化するに当たり、地域計画及び都市計画は実施段階では国民の権利と対立することが予想された。わが国では国の計画を実現するために、「土地収用法」と「行政代執行法」とが行使されてきた。国民の権利を収用し代執行をすれば、官民対立が激化する。この不安対して、田中角栄のブレーン達は英国の都市計画法に内在する「計画高権」によって官民の対立を解決でき、都市計画を円滑に実現できると田中に助言した。また、これは戦前に制定された都市計画法で参考にした「ドイツの都市建設法(バオゲゼッツ)」も同じ法理論と解説した。そこで田中は英国と同じ都市計画法を作る必要性に理解と確信を深めた。当時田中事務所に出入りする官僚から、「計画高権」が盛んに話題になっていた。

 

その後、英国に倣った新都市計画法案が準備されたとき、同法案は欧米の都市計画法が担保するのと同じ「計画高権」が付与される法律であり、その権限は新都市計画法案の施行者が行使できると説明された。また、わが国の都市計画決定は、「土地収用法による収用事業認定とみなされる法理論と同じ」とされた。その結果、「計画高権」とは、都市計画決定がなされた事業には、「改めて、土地収用法による事業認定を行う必要がない」とした理解が、独り歩きするようになった。欧米に倣った美しい都市の実現を目指す田中は、建設省を挙げて新都市計画法の立法作業に取り組むよう指示し、立法関係建設本省職員の略全員が、立法作業の成功報酬であるかのように、立法作業の前払いとして英国に長期研修派遣された。

 

英国の都市計画事業では、最初の行政処分は、「プランニング・パーミッション」(PP:建築不動産の「計画許可」)である。「計画許可」の効力は都市計画法で付与され、その計画許可の国家の担保能力は「計画高権」により裏づけられる。その手続きが都市計画法で決定される。当時の都市計画法立法関係者には「計画許可」の法律の構成が分かっていなかった。

建築基準法は、都市計画法の姉妹法であったが、都市計画決定自体は建築行政に直接登場する機会はなかったため、建築行政では「計画高権」に関係する話題は登場しなかった。

 

5.東京オリンピックのためのモダニズム建築と

              丹下健三による建築違反の助長運動

 

著者は当時、建築基準法の施行を担当し、同時期に連続的に発生した旅館・ホテル・百貨店の大火災対策として、建築基準法第6次改正を担当した。その時期に、田中が指示した新都市計画法案が制定されれば、建築基準法は新都市計画法案に吸収されて、改正建築基準法の作業は全て反故になる。新都市計画法案の作成担当者は英国の都市計画を国内で宣伝するため、英国へ出張を命ぜられ「新都市計画法立法後の都市計画の姿」(即ち、『日本列島改造論』の実現)として、美化した英国の都市計画報道を国内に予告宣伝した。しかし、英国の正確な都市計画法の情報は、住宅局には持ち込まれなかった。それは、建築基準法を施行する住宅局職員は、新都市計画法案反対者と見なされ、英国の都市計画法情報は伝えない「つんぼ桟敷」に置き去りにされていた。英国情報は都市計画課担当者からの仄聞情報から推察するしかなく、新都市計画法案は遮断された住宅局関係者は、「隔靴掻痒」の状態にあった。建築行政全体は、都市計画法の立法が進めば建築基準法が消滅の危険性に晒されていた。

 

その時代に、丹下健三らモダニズム建築家は、東京オリンピック施設を建築基準法に違反する先端技術を駆使して実現した。その事情もあって違反建築物は急拡大していった。違反建築物対策は、建築基準法第6次改正強化の目的になっていた。丹下健三らモダニズム建築推進派は、奇抜な設計を建築基準法に違反して実現してきたため、規制強化を図る建築基準法改正反対と違反建築物容認運動とを丹下健三のモダニズム建築運動のために仕掛けてきた。

東京オリンピックでは、東京大学はその名誉を賭けてメインスタジアムを、「ル・コルビジュエのモダニズム建築をモデルに作る」と公言し、その奇策は、「モダニズム建築意匠を模倣すれば、東京赤坂迎賓館同様実現できる」と確信していた。しかし、模倣対象にできるモダニズム建築様式は存在せず、競技場の設計はできなかった。開催期日が迫り、膨大な設計条件を前に、丹下健三と坪井善勝は協力し、オリンピック屋内競技場は『2棟の釣り構造とはHPシェルの大屋根』を駆使した最先端建築技術を取り入れ、無限に近い大量の設計条件を解決した建築を造り上げた。それは東京大学建築工学科が当初意図したル・コルビジュエのモダニズム建築ではなかった。「コンピューター技術造形」と言われたが、東京大学はそれを「モダニズム建築」と主張し続けた。東京オリンピックが大成功し(1964年)、丹下・坪井が共同設計した代々木オリンピック屋内体育館は社会的に評価され、「モダニズム建築」とル・コルビジュエが認めた情報が日本に伝えられ、その結果、東京大学の面目が施された。

 

実はオリンピック施設は、工事中から雨漏り事故が続き、丹下については「雨漏り欠陥建築設計者」と批判が挙がっていた。これに対して丹下は、「雨漏りしない建築など建築ではない」と開き直っていたが、ル・コルビジュエから「モダニズム建築」と評価されることにより、丹下健三のオリンピック施設の評価は、「欠陥建築からモダニズム建築」に大逆転された。丹下健三は、黒川紀章と菊竹清訓の二名の若手建築家を広報担当に使い、「世界に着目されるモダニズム建築家に挑戦しようとするならば、建築基準法違反に挑戦するべきだ」と違反建築物を促すようなキャンペーンを張った。その主張は、建築基準法改正に取り組む住宅局への批判となり、違反建築を煽る丹下と住宅局との対立が激化した。丹下らモダニズム建築家は、違反建築事故を起こしても「造反有理」の毛沢東理論で違反建築を煽り唆した。

 

違反建築を撲滅する使命を受け、第6次建築基準法改正に取り組んでいた住宅局は、「有名建築を創るためには違反建築への挑戦を恐れるな」と煽る黒川と菊竹の2人の建築士が設計した違反建築物を取り押さえ、2人の設計者に建築士法による業務停止処分をした。その結果、丹下らの違反建築助長運動は沈黙されたが、2人の建築士は列島改造委員を理由に自民党幹事長二階堂進に救済を求めた。結果、建築指導課長救仁郷斉に圧力が掛かり行政処分の執行は妨害された。2人の建築士処分を決定させた私は更迭され、3年間国外追放された。

 

6.新都市計画法の挫折:明確にされなかった立法妨害の本当の理由

 

新都市計画法案は、英国の都市計画法の思想を取り入れ、「土地を建築加工して一体不可分の建築不動産を造る」ものだった。当時の内閣法制局としては、「田中角栄という学歴もなく行政経験もない成り上がり者に、国家の法秩序を乱される」との見方で、田中を警戒した。つまり、保守勢力は田中が既存の法慣習に挑戦し法秩序を崩壊させる危険があると判断した。田中の独善的な政治を阻止するため、同法案が「民法」に矛盾することを挙げ、過去の立法と行政の慣習・秩序を乱すと主張し、法案成立阻止を煽った。内閣法制局は、新法案は立法上の手続きの不備を根拠に、国会上程不可を主張した。建設省法官僚は、内閣法制局と法務省法律事務官には勝てないと立法断念に傾いた。田中はわが国の不合理な立法・行政を知ったので、立法・行政界を敵に回すことはせず、新都市計画法案の成立に執着しなかった。

 

ただし、内閣法制局は、「新都市計画法案は民法に矛盾するから立法できない」とは判断したものの、矛盾する結果が生み出す社会的不都合について、全く指摘できなかった。なぜなら、立法に関係した当事者たちは都市計画制度と英国の都市計画法の問題点を基本的に理解しておらず、「民法」と新都市計画法案との矛盾が立法内容に、顕著な実害を生まなかった。その後、内閣法法制局が指摘した「民法」との矛盾を解消させるべく、現行の都市計画法が立法されたが、その法施行は混迷した。それは、都市計画法の無知に起因していた。現行の都市計画法を立法した国土交通省は、制定法の施行通達さえ出せない始末であった。

他方、都市計画法の立法者ではなかった東京都都市整備局は、都市計画行政を停滞させないために、過去の都市計画及び建築行政経験に基づいて、都の都市計画行政に必要な行政指針『開発許可の手引き』を独自に作成し、それを東京都の新都市計画法の施行指針とする旨を、国土交通省に通知した。これを受けて国土交通省は、暗黙裡に東京都の『開発許可の手引き』を、国土交通省の行政指針として容認した。要するに国土交通省は、新都市計画法を所管する立場にありながら、東京都における都市計画法の施行を投げだし、その代わりに、東京都都市整備局が作成した『開発許可の手引き』によって、都市計画行政行うことを容認した。

 

なお、この『開発許可の手引き』の用語の定義によると、都市計画法は「土地」を開発の対象にすることを明確にするため、「土地が開発許可の対象」であることが強調された。つまり、最初英国の都市計画法の「プランニング・パーミッション」を、「民法」の規定(土地と建築物とは別の不動産)に合わせ、土地を「開発許可」の対象に特定し、「土地の区画形質の変更」と定義した。その結果、建築不動産という一体の土地と建築物とを無理に分離・区分し、建築物と区分できない土地部分に都市計画法の「開発許可」を施行した。科学的に不可能な「開発許可」を情緒的に行った結果、法律上の許可の境界を設定はできなかった。

 

7.現行の都市計画法違反の都市計画行政になった立法の経緯

 

現行の都市計画法では、開発許可の完了公告後でなければ、建築基準法による建築行為は禁止している。しかし、東京都の『開発許可の手引き』によると、都市計画法施行者(東京都知事)は、都市計画法に定める「開発許可」に先行して、都市計画法で禁止される建築行為を認めた。即ち、都市計画法の施行を中断させ、都市計画法で禁止された建築行為を「例外許可」で可能とした。つまり、開発許可が完了する前に、(1)都市計画法で禁止された建築確認事務(建築工事を含む)を例外許可し、(2)建築工事の完了公告後に開発許可に係る残された開発行為(仕上工事と植栽造園)を行なわせ、(3)工事完了後に「開発許可の完了公告」が行われる、という法規制に逆行する非常識行為が、制度化されたのである。

 

都市計画法による「開発許可行為」の実務は、都市計画法立法時に建設省からの施行通達された「都市計画法手続きを終了後に建築基準法に係る建築工事を行なう」原則と矛盾している。現実には、建築基準法による「建築物の完了公告」の終了後に、都市計画法による「開発許可の完了公告」が行われる。都市計画法を立法した国土交通省は、この違法手続きに沈黙し、東京都の作成した『開発許可の手引き』に従えとの事務手続きを進めている。建設省(現・国土交通省)の法律事務官は、「英国の都市計画法」とは異質な法律を立法した。現行の都市計画法では、英国の都市計画法の「計画許可」が、土地を行政処分の対象にする「開発許可」(土地の区画形質の変更)に変更されているが、それは「建築工事に前置される土木工事」を「開発行為」と定義しただけで、「開発許可」と「計画許可」とは異質である。

 

「開発許可」と言う用語が、「英国の都市計画法」を新都市計画法の立法作業の非常に早い時期から、「プランニング・パーミッション(PP) 」と言う言葉は英国の都市計画法行政に基本であるとい言うことは伝えられていたが、重要であると言われえいたが、そこで行われている行政事務は殆ど説明されることはなかった。そのうちに新都市計画法と「民法」とが法律の目的とする内容が英国の都市計画法は「建築不動産」とすることに対し、わが国では土地と建築物とは別の不動産と見なし、都市計画法は土地を対象とする土地利用計画を対象にして、都市計画を定める行政手続きを行ってきた。都市計画法に基づき都市計画区域内の用途地域、防火地域・準防火地域、建蔽率や容積率、その他都市計画として都市計画決定することは都市計画法に基づく都市計画行政として行ってきた。その都市計画に対応する建築規制は、土地利用計画として定められた建築物の用途・構造・建築形態については、都市計画のカテゴリーに合わせ、市街地建築物法(1950年以降は建築基準法)で建築計画に対応する建築構造基準を定め、その構造基準に合わせて建築規制を行うことが建築行政として実施されてきた。この都市計画法が都市計画区域内の土地利用計画と建築計画を行い、その都市計画に合わせて建築基準法が建築構造規制を行う関係を「姉妹法の関係」と呼んでいて、この関係は新都市計画成立後にも踏襲されると住宅局では考えられていた。

 

しかし、新都市計画法は英国の都市計画法に倣うという大方針が立てられたことで、姉妹法の関係も解消するとされた。しかし、姉妹法の関係を維持してはいけないという結論が明確にされたわけではなく、ただ、新都市計画法が制定されれば、建築基準法は廃止されなければならないという考え方が一人歩きしていた。そのため、建築行政を担当していた住宅局では、内心新都市計画法の成立を望まず、新都市計画法の立法に対応した準備は殆どしていなかった。ただはっきりしていたことは、新都市計画法により「計画許可(プランニング・パーミッション)」が導入されれば、建築基準法による「確認制度」が消滅する結果、都市計画法に新しく生まれる「計画許可」の一部に吸収されるかもしれないとされたことである。

 

新都市計画法が新しく創設すると言われていた「プランニング・パーミッション」に関して住宅局として議論することはなかった。想像できたことは、以下のようなことであった。都市計画としては都市計画区域内全体の土地利用環境の全ての建築不動産が都市計画に沿って相乗効果を発揮することができるように、個々の建築不動産にとっても、都市計画区域の発展にとっても有益であることが期待されていた。個別の建築不動産と都市計画区域の関係は、自由主義社会では、「内部矛盾の外部化」と「外部矛盾の内部化」の関係にあり、その調整を行う機能が都市計画法と建築基準法による行政である。できるだけ詳細な計画を立てるとともに、法定された計画の範囲で出来るだけ柔軟に法律を施行し、個人の要求に最大限応え、相隣関係や地区の環境を効率的に機能させることが「計画許可」求められている。

 

8.英国の「プランニング・パーミッション」

           (PP:計画許可)と異質な「開発許可」

 

英国の都市計画法は建築不動産全体を対象に「計画許可」を行うもので、建築部分と土地部分とに切り離すことはできない。英国の都市計画法の「プランニング・パ―ミッション」は、「建築不動産を開発する際に、都市計画法施行者からの計画許可」である。つまり、「プランニング・パーミッション」とは、都市計画区域に建設される建築不動産全体に対する計画許可が行政処分の目的であって、土地の開発(土木工事)許可ではない。わが国では、都市計画法は「民法」の規定に合わせ、土地開発と建築工事とに分け、土地開発部分の「開発工事」を「開発行為」言い換えても、「計画許可」の行政事務は本来の許可には戻らない。

 

そのため、わが国の都市計画法の立法者・建設大臣は、法律の解説も施行通達も出せなかった。その結果、欧米諸国の都市計画法と同質の都市計画が施行できない。国土交通大臣は都市計画法で規定した計画許可の施行ができず、都市計画行政を投げ出した。都市計画法が機能しないので、東京都が独自に『開発許可の手引き』をまとめたが、手引きの「開発許可」は、英国の都市計画法に規定されている「計画許可」の考え方とは矛盾した法規定である。

 

わが国の現行の都市計画法の展開は、田中角栄の権力行使に対するわが国の保守勢力からの謀反に起因し、「民法」との無原則な妥協が現行の都市計画法として実施された。都市計画法に関する「民法」との矛盾は、都市計画行政に如何なる不都合をもたらしているかの検討がされず、土地と建築物とを分離した行政事務をする混迷した手続きに追い込まれている。

 

付属講座1

 1980年行政改革誕生・住宅都市整備公団志村清一総裁の公団職員訓示

 

日本住宅公団と宅地開発公団は1980年の行政改革で合併し、住宅都市整備公団が誕生した。新住都公団の総裁には、建設省事務次官を長期間勤めた志村清一が就任した。志村は旧内務省官僚で、戦後は建設省官僚の頂点にある事務次官を長く勤めた官僚経験の豊かな人物である。そうした長年の業績を行政改革で生まれた住宅都市整備公団総裁として、総括し発展させることが求められていた。私は住都公団の設立当時、都市開発計画部都市開発調査課長に任命され、敷地地面積3000ヘクタール以上の都市開発調査を担当する職に配属されていた。その頃に、志村総裁が私たち公団職員に行った訓示は、革命的な内容に満ちていた。

 

総裁就任時の訓示で、志村は、戦後の米軍による軍需産業戦略に依存した高度経済成長に流された公団業務を、抜本的に見直すことを提起した。志村が指摘するところによると、戦後に建設省は、日本住宅公団や宅地開発公団に大規模開発を指揮したが、今回、住都公団に求められるものは、経済成長を支える世界的な大都市開発を競い合うのではない。むしろ、エベネザー・ハワードのガーデン・シテイのように、「居住者の成長に合わせ、居住者が主体性をもって住み続けたいと望むような、生活環境と個人の資産形成のできる環境の整備」こそ、住都公団の進むべき途で、近代世界が立てた住環境目標に立ち返るべきであるとした。

 

実際、わが国の政府・建設省、都道府県、公団、公社が、戦後に推し進めてきた政策は、経済成長のための産業労働者を集めるために、住宅を大量供給する産業政策であり、その代表的な役割を示したのが、「住宅金融公庫」と「公営住宅」で、高度経済成長政策として進められた政府施策住宅(物づくり政策)で、「建て替えを繰り返す住宅」を造ることであった。「住宅金融公庫」とは、戦前の財閥の軍需産業資本を使い、戦後の米軍への軍需物資を供給するため求められる産業労働者を確保するための「産業向け住宅建設資金供給機関」であった。一方、「公営住宅」は、朝鮮戦争のための米軍兵站地を緊急に整備する政策が、米国から日本政府に対して求められたことに起因する。即ち大量に発生した軍需産業下請け労働者を、短期に大量に集める必要が生じ、政府は「英国の公営住宅制度に倣う政策」と銘打って、国民を欺罔し大量の低賃金労働者を集める住宅として「公営住宅」が提供された。

 

戦後のわが国の住宅政策とは、軍需産業のための住宅政策であり、欧米の福祉政策として行われた住宅政策ではない。しかし、住宅政策の実態を隠蔽するため、住宅局は京都大学工学部と官学協力し、「日本の住宅政策史」を英国の公営住宅制度と同じ政策と欺罔し捏造した。産業政策としての住宅政策の延長線上に、わが国の公営、公団、公庫の住宅政策があった。

公営住宅制度が都道府県の行政境界を越えて公営住宅を供給することができなくなり、広域行政のための住宅供給政策として日本住宅公団が創られ、地方住宅供給公社が生まれ、短期間にわが国の住宅供給量は欧米住宅先進国のようになり、学者研究者は住宅の一戸当たり規模や建設量を持ち出して、わが国の住宅や都市は欧米に匹敵すると誇る人が多数現れた。

 

公営住宅の建設基準を見ても、その内容は兵舎や産業住宅(社宅団地)とは基本的に同じではないかと批判されてきた。住宅局や住宅公団は日本の住宅開発の批判に応えるべく、英国のハーローニュータウン(NT)に学ぼうと、建設省から技官を英国に長期出張させ、都市開発図面を持ち帰らせ、東京大学と京都大学から研究者を派遣し、ハーローNTの模倣を支援しようとした。ハーローNTと同じ規模の土地を大阪の千里丘陵に購入し、ハーローNT開発に真似た道路パターンの住宅地を創ろうとした。しかし、その結果は、ハーローNTとは似ていないどころか、それと正反対の無秩序な衰退していく都市しか開発できなかった。

 

この実情を改めて認識する必要がある。住宅都市問題は人文科学(生活者の歴史・文化)として学ばなければならないが、わが国はスクラップ・アンド・ビルドを工学と考えてきた。住宅都市整備公団は、軍需産業復興と欺罔した日本の住宅政策と産業政策とは縁を切り、欧米の人文科学による住宅都市開発の歴史と技術を学習しなければならない。そのためには、エベネザー・ハワードが「明日へのガーデン・シテイ」でまとめた住宅都市の理論と実践を、欧米の住宅都市開発・都市経営から学ぶことが望まれる。住宅生産性研究会(HICPM)は、25年間のNPO活動を通じ、全米ホームビルダーズ協会(NAHB)から学ぶ早道を知った。  

 

わが国では、大正デモクラシー時代(1910年代−20年代)に、英国のガーデン・シテイにならった取り組みがあった。関西では小林一三による阪急電鉄「宝塚田園都市開発」、関東では渋沢栄一と四男(秀雄)による東急電鉄「田園調布開発」、東武電鉄、西武電鉄、小田急電鉄などが行った郊外住宅地開発の事例があり、その延長に3Cプロジェクトがある。

 

戦後には、同じ視点で住宅都市開発をしてきた人物、元日本住宅公団の高蔵寺ニュータウンを開発した津端修二が挙げられる。津端は、欧米の最先端の住宅地開発や、フランスの自由時間都市・(ラングドック・ルシオン)、ドイツのグリーン・ツーリズム、イタリアのアグリ・ツーリズムを現地に出かけ調査し日本に紹介し、津端自身も夫婦生活全体で実践した。

 

住宅都市整備公団の総裁に就任した志村は、津端を住宅都市開発の師匠とみなし、公団職員に対して、津端に学び、事業の相談をするように指導した。ボウクスの「3Cプロジェクト」は、実に志村・津端の流れを汲む居住者本位の画期的な企画であったと言える。津端の場合は、自らがその住宅地の生活者となって住宅地が提供する街の生活を確認し、生活者がそれを住宅地経営にフィードバックすることで、欧米の優れた住宅都市開発技術を伝えた。

 

付属講座2

ボウクスによる「3Cプロジェクト」に生きる欧米住宅文化の思想

 

視点を北米に転じてみると、ボウクスが実現した「3Cプロジェクト」と同様な取り組みが、全米ホームビルダーズ協会(NAHB)の会員たちの住宅都市開発において広く実施されていることがわかる。全米各地では、「トラディショナル・ネイバーフッド・ディベロップメント)(TND:伝統的近隣住区開発)や、「ニュー・アーバニズム開発」が、長い寿命を維持する開発として居住者の需要に支持され、「住宅所有者の住宅による資産形成」になっている。

これらの模範的な住宅開発の源流をたどると、20世紀初に出版されたエドワード・ベラミー著『かえりみればー2000年より1887年』に行き着く。この書では、「産業革命の成果が国民の富の分配になっていない事実を改善する提案」が指摘された。この提案に応え『明日へのガーデンシティ』で著したエベネザー・ハワードは、その実現をロンドン郊外レッチワースで、「最初のガーデン・シティ」として建設した。このガーデン・シティの理論と実践を、米国の都市計画家ルイス・マンフォードが、「人類史上での最高の発明」と称賛した。

 

ガーデン・シティは、世界の住宅地開発を通して、国民生活を安定し、かつ、成長させる住宅地形成の方策を示した。ハワードの住宅地開発の理論「ガーデン・シティ」は、人々の憧れの住宅地として、常に売り手市場であり続ける住宅地経営を実現し、その住宅地に住む消費者の住生活要求に応え続ける開発である。このような住環境では、健全な子育てと居住者の豊かな日常生活を、「住民の総意」により経営管理することが実践された。住宅地環境は居住者たちに美的な環境とともに、機能と性能にも優れ、売り手市場であり続ける環境の維持管理が住民自治により行われ、個人の住宅資産形成ができる住宅地経営がなされる。

 

住宅地が、恒久的な美を維持する優れた環境であり続けることは、長い歴史の中で人類が望む最大の要求だったと言える。西欧の歴史的文脈では古代ギリシャ・ローマに遡り、人類の普遍的な価値観を西欧では「クラシック」と呼んでいる。西欧文化の源泉には紀元前五世紀ペリクレスの時代、古代ギリシャのアテネが繫栄した。アテネは、デロス同盟の指導都市国家、かつ、民主・海洋国家として力を強大化し、その最盛期にはパルテノン神殿の建設等見張る古代建築を生みだした。歴史を下った中世以降の西欧世界では、クラシック(ギリシャ・ローマ)芸術を復興する文芸復興「ルネサンス」が興隆し、それは欧米文化を席巻した。

 

新大陸・北米に建国されたアメリカ合衆国にて、後に成長し広まったニュー・アーバニズム・デザインは、古代ギリシャを源泉とし、歴史文化の弁証法的な発展を体現するものである。ボウクスの「3Ⅽプロジェクト」のニュー・アーバニズムのデザインは、この流れを汲むもので、ここには古代ギリシャ・ローマのデザインを現代要求に合わせて発展させた近代以降の一連のクラッシック(ギリシャ・ローマ)文化・TNDの造形を見出すことができる。

 

北米の住宅地の開発業者は、ハワードの「ガーデン・シテイ」理論を「ニュー・アーバニズム」と呼ばれる住宅地理論に発展させた。それは、人文科学の視点を正しく踏まえたものであり、居住者が住宅地の計画内容を理解し、民主的に住宅地経営をすることを基調とするものである。住環境を発展させるため、開発業者がニュー・アーバニズムの理論と知識でNAHBが推奨するCC&R(住民が生活環境管理ルール)を定め、住民が自治で守り育てることで、コミュニテイが豊かになり、住民の住宅資産の経年的な増殖が図られるわけである。

 

住民が、住宅および住宅地環境に使用された材料・構造・構法を理解し、住宅地の清掃と維持管理を適正に行えば、住宅施設環境は劣化しない。そうすれば、住民の購入した住宅とその環境の資産価値は、物価に連動し住宅の資産価値を増殖させる。欧米では住宅所有者が住宅取得により資産形成ができている。その理由は、取得した住宅が物価上昇以上の比率で価値を高めているからである。「3Cプロジェクト」は米国に倣った住宅地開発を継承するものであり、住宅購入者の資産形成を実現するために貢献することが大きく期待される。

 

付属参考資料:全米ホームビルダーズ協会(NAHB)と相互協力協定下の活動

HICPM(NPO法人住宅生産性研究会)の出版活動業績

HICPM会員の全国各地での住宅地開発と、HICPMが組織で行った活動を以下に列記する。

1. HICPMとグローバル研修企画が共同で実施した欧米への研修ツアー及びその報告書

グローバル研修企画㈱で実施。旅行記録・報告書はグローバルで保有している。

2. HICPMの発行した月刊誌『ビルダーズマガジン)創設号〜最終号(HICPMの活動)

月刊誌は、全号ボウクス社で保存管理(閲覧可)。第1号=第267号外に前10号含む。

3. HICPMによる原稿製作、外部出版社の発行した市販書籍、および会員向け学習資料

(1)井上書院(HICPMの協力出版社)刊(すべて市販の単行本)

·         『アメリカン・ハウス・スタイル』ジョン・ベーカー著、戸谷英世翻訳、翻訳。

·         『アメリカの家・日本の家』戸谷英世著(近藤鉄雄初代理事長の学習図書)

·         『輸入住宅4つの革命』同上。(中曽根内閣の「輸入住宅政策」誘導図書)

·         『新ホームビルダーズ経営』同上。(NAHAの指導されたホームビルダー経営)

·         『定期借地権とサステイナブルコミュティ』同上。(100年定借支援図書)

·         『日本の住宅はなぜ貧しいか』(アサヒグローバル久保田社長との住宅批判)

·         『フローの住宅、ストックの住宅』同上(「欧米と日本の住宅」の対立視点)

·         『住宅で資産を築く国、失う国』(HICPM会員による共同研究・共同執筆)

·         『サステイナブルコミュニティの実現』(HICPMの住宅産業の活動総括)

·         『マークスプリングス物語』HICPMとマーク事業の共同執筆、編集・解説。

·         『アメリカン・コンストラクション・マネジメントテキスト』3冊(CM,CPM.TQM,CC:建設業経営)、NAHBプレス作HICPM翻訳・編集

(2)住まいの図書館刊(住宅問題・住宅デザイン専門図書出版社)

·         『アメリカの住宅生産」(米国の2×4工法 住宅史)、戸谷英世著

(3)学芸出版社刊(住宅及び住宅地開発専門図書出版社)(絶版)(米国原著調査報告)

·         『アメリカの住宅地開発』(米国のTND住宅史)、戸谷英世・成瀬大治共著。

(4)Xナレジ社(建築知識社)刊(住宅及び建築専門図書出版社)

·         『最高の工務店を作る方法」HICPMサステイナブルハウス会員共著。

·         『建築物様式ビジュアルハンドブック』戸谷英世著(アメリカン・ハウススタイル参照)

(5)第3書館刊(社会党辻本議員秘書支持の出版社)編集長との協力制作

・ 『ウサギ小屋の真実』(欧米の住宅政策対比で見た日本の住宅政策の批判図書

(6)話の泉社刊(HICPMで開発した「サステイナブルハウス」の解説書)

·         『アメリカの注文住宅のわかる本』(成瀬大治が設計総括をしたHICPM会員の共著編集した2×4工法による(入門ホームプランシステム図書)。

4. HICPM出版の各種テキスト、翻訳資料、その他資料(HICPMの会員向け学習用資料)

·         『米国の最新住宅地開発』(TND基礎資料集)、FHA作成・HICPM翻訳。

·         『新しく住宅を購入するための100のQ&A』(米国内の消費者向資料翻訳)

·         『イギリスの住宅デザインとハウスプラン』「英国の建築センター資料の翻訳」

·         『日本の住宅産業体質改善のシナリオ』(HICPMの住宅産業研究成果資料)

·         『21世紀末ビルディング・リバブル・コニュニティ』(米国の都市成長政策)

·         『米国における伝統的近隣住区開発(TND)』(HICPMによる米国調査資料)

·         『借地(リースホールド)方式による住宅地開発技法』(HICPMの提案書)

·         『住宅地開発とデザインのガイドライン』(米国の住宅地開発の実例紹介)

·         『北米4地区の住宅地開発と維持管理コード』(米国での現地調査での資料)

·         『サブプライムローン事故に対する米国住宅産業の取り組み』(米国調査報告)

·         『米国における住宅紛争処理と瑕疵保障対応の手引き(「米国建設業法」解説)』

·         『国土交通省超長期優良住宅地経営管理マニュアル』(国土交通省評価事業)

·         『アメリカン・ハウス・スタイル』(ジョン・ミルンズ・ベーカーの図集)

·         『リモデリング手引書』(NAHB・CMHCの指導書の翻訳・解説した資料)

·         『リモデリング営業・販売成功への9段階』(NAHB作成資料の翻訳)

·         『住宅による資産増殖手法』(HICPMが国土交通省の補助金で作成した資料)

·         『官から民への住生活基本法時代』(同上の補助金で作成した資料)

·         『アメリカの住宅金融モーゲージローン』(HICPMで纏めたモーゲージ資料

·         『ディスカバリータウン住宅設計図集』(カナダバンクーバーの住宅地事例)

 

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「食と農を地域にとりもどす」

 

この言葉は、

 

「シビック・アグリカルチャー」(トーマス・ライソン著北野収訳)

 

の副題です。

ずばり、この本の本質を表していると思います。

地方創生のバイブルです。

 

この本を読み返していて、この「用語の解説」にある用語は、

この本のエッセンスだと気が付きました。

地方創生のキーワードでもあります。

 

この本の訳者 獨協大学教授北野収先生は、

本「スマート・テロワール 農村消滅論からの大転換 」(松尾雅彦著)

の出版に当って、農業ジャーナリスト浅川芳裕さんと共に、

松尾さんをサポートされた方です。

 

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北野収先生のご了解をいただき、

本の冒頭にある「用語の解説」をここに掲載致します。
 

用語の解説

 

「フードシステム」(food systems)

本来、食べることと農業は密接不可分なものである。しかし、従来の学問分野では、生産、加工、流通、消費、さらには、マーケティングあるいは遺伝資源の問題などがそれぞれ別個の分野として研究がなされていた。フードシステムとは、食をめぐるこうした一連の人間活動、経済行為をひとつの「システム」として把握する概念である。今日、私たちの食は、遺伝資源のレベルから消費者の食卓(究極的には摂取、排泄に至るまで)、ごく一握りの人々によってコントロールされるグローバル・フードシステムへの依存を余儀なくされている。シビック・アグリカルチャー論が提案するローカル・フードシステムとは、物流、さらには、安全性や環境の面のみならず、持続可能な社会と健全な市民社会の基礎条件として位置づけられるものである。

 

「埋め込み」(embeddedness)

自由経済主義、経済原理主義の帰結としてのグローバル化経済の矛盾が顕在化しつつある現在、主著『大転換』で知られるハンガリー出身の経済史・経済人類学者カール・ポランニー(1868年~1964年)の社会経済論の現代的意義が再び大きな注目を集めている。元々、経済が社会に埋め込まれていたというこの「埋め込み」概念は、シビック・アグリカルチャー論の基底概念である。本来、人間の経済は経済的制度のみならず、地域社会における非経済的制度によって規定されている。互酬、再分配、交換が人間の経済における相互依存の統合形態だとされる。すなわち、経済が社会から離床(dis-embedded)し、市場の自己調整的機能を万能の神として自明視するようになった19世紀(以降)の市場決定論・経済決定論こそが特殊なものであり、実現不可能なユートピア的なものである。

 

「社会関係資本」(social capital)

ソーシャル・キャピタル。社会関係資本の定義には諸説あるが、ライソンが依拠するのはこの概念が広く普及する契機となったパットナムの定義である。すなわち、地域の社会発展の基盤となる信頼、規範、ネットワークという三つの要素である。これらは、地域社会・集団が市民的共同体たりえるための要件であると考えられる。社会関係資本が豊かな地域は、住民間あるいは住民と地域内外の組織・機関との協調行動が活性化・効率化し、ある種の「地域力」が高まる。シビック・アグリカルチャー論において、小規模な家族経営農家、食品加工業者、商店などは、市民的共同体を構成する不可欠な要素とされる。パットナムに依拠するライソンは、非西欧圏等にみられる上下関係を含んだ伝統的な社会的紐帯よりも、水平的で平等的な社会的紐帯に着目している。

 

「持続可能性」(sustainability)

一般に「将来世代のニーズを損なうことなく現在の世代のニーズを満たすこと」(国連ブルントラント委員会、1987年)という持続可能な発展という観点から説明されるこの言葉は21世紀の人間社会のキーワードの一つである。しかし「持続可能性」の意味は、使われる文脈によって大いに異なる。端的な差異は、経済成長を持続化させることを前提とした人間の諸活動の改変を想定する立場(成長の持続化論)と、社会と環境を持続可能なものにするために既存の政治経済の仕組みを改変することを想定する立場(持続可能な社会論)の間にみられる。後者に関連して、経済成長そのものを「社会発展」の与件としない脱成長論や定常経済論を唱える論者もいる。ライソンは脱成長にまで踏み込んだ言及はしていないが、少なくとも、社会・コミュニティの持続可能性がシビック・アグリカルチャー論の要諦であると考えている。そして、農と食の観点から「持続可能な社会」の存立を支えるのは、大規模な工業的農業ではなく、小規模な家族経営農家だとする。

 

「引き離し」(distancing)

生産地と消費地、生産者と消費者の物理的な距離が遠隔化するのみならず、かつて両者の間に存在した「顔の見える関係」が消滅し、ひいては、精神的・心理的距離も拡大されてしまうことをさす。生産者は、低コスト化、大量生産に腐心するあまり、農薬や化学薬品に盲目的に依拠するようになる。大企業の契約栽培という垂直的統合の傘下に入ることにより、消費者ではなく企業の要求に忠実であることを余儀なくされる。一方、消費者は、往々にして、ただひたすら「安さ」を求め、仮にそれに安全性、品質、味に対する要求が加わったとしても、一般に、遠く隔てられた生産者がおかれた状況(経済、環境、文化など)を理解しようとする態度は希薄である。今日ではこうしたことは常態化しているが、歴史的にみればきわめて異常なことであるというのがライソンの理解である。

 

「ローカル化、再ローカル化」(localization/relocalization)

ローカリゼーション、地元化、地域化ともいう。グローバリゼーションに疑義を唱える人々によって、対抗的言説あるいはキーワードとして語られるようになった概念。ローカル化すべき人間活動、経済活動はすべての領域にわたるが、とりわけ、重要なのは食料・農業に関するものである。その意味するところは、食の安全性、輸送コストの削減を通じた低炭素社会の実現といった技術論としての「エコロジー」にとどまらない。産業化された社会・文化と開発途上の社会・文化、進んだ都市と遅れた農村、人間と自然の関係など、人間の認識や価値観に潜む目に見えないバイアスや思い込みから人々を解放するという政治的挑戦も意味する。ローカル化は「すべての食料を地域内自給すること」という誤解があるが、ライソンやヘレナ・ノーバーグ=ホッジが明快に否定するように、「生産者と消費者の距離を可能な限り短縮する」というのがその要諦である(H・ノーバーグ=ホッジ(北野収訳)「社会的・エコロジー的再興としてのローカリゼーション」『農村計画学会誌』30巻1号)。本書で詳しく分析されているように、食料・農業生産の国民経済への統合、すなわち、ナショナリゼーションは、地域に埋め込まれたローカル・フードシステムの崩壊の端緒であった。しかし、脱グローバル化のための「第一のステップ」としての国産品購買運動は意味のあることである(H・ノーバーグ=ホッジ、辻信一『いよいよローカルの時代』大月書店、2009年、164ページ)。ここに、国益云々という排外ナショナリズムとは異質な「開かれた地域主義」ともいうべきメンタリティ(多様性の受容)があることを忘れてはならない。

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”まちづくり”、地域振興、新規就農などをお考えの方は、

この本をぜひお読みください。

21世紀のあるべき姿が書かれています。

 

Amazon.co.jp: シビック・アグリカルチャー―食と農を地域にとりもどす : トーマス ライソン, Lyson,Thomas A.著,北野収訳

 

北野 収 (Shu Kitano) - マイポータル - researchmap

 

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陶芸・彫刻家河井寛次郎の美学が、

松尾雅彦さんの「日本で最も美しい村」に通じていると感じました。

東京在住のNPO会員から素敵な番組のご紹介を戴きました。

見た方も多いと思いますが、本当に素敵だったのでご紹介いただきます。

2/3まではNHKプラスで視聴できます。

また、2/4(日)20:00~NHK・Eテレで再放送もあります。

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NPO会員の言葉をご紹介します。

 

河井寛次郎は、

『暮らしと仕事の中で

 いつも生命(いのち)の輝きと美しさを見出し、

 その喜びを

 暮らしと仕事の中に

 表現し続けた人』

 

とあらためて思いました。

 また、子孫の方々(お孫さんや曾孫さん)に河井寛次郎夫妻の思いや

志が受け継がれていることにも感動しました。

 

 また、安江さんが仰るように「スマート・テロワール」は

「生活の哲学」なのでしょう。

 

河井家に集まる客人たちは、楽しい話と美味しい料理が食べられて

本当に幸せであったと思います。

 

「助からないと思っても助かっている」

 それでは、お元気で!

 

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会員の皆様

昨年に続いて、ご宿泊代とご夕食時のお飲み物代が、10%OFFとなります。

上松や会長倉沢章さんは、当NPOの理事を務めて頂いています。

毎年、高校生の信州大学農学部と八ヶ岳中央農業実践大学校の

オープン・キャンパス参加の際は、マイクロバスをボランティアで

運転してくださいます。

 

信州の鎌倉の老舗旅館、150年の歴史をもつ

上松やさんをお楽しみください。

 

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ご利用の際は、下記の電話、或いはメールにて、次のようにお伝え下さい。

「私は、上松やさんと「覚書法人契約」を結んでいる

NPO法人信州まちづくり研究会の会員です。」

尚、ご家族はもちろん、会員さんからご紹介の方も,

この特典を受けられます。

ご利用ください。

 

Tel: 0268-38-2300

(予約受付時間10:00~18:00/休館日を除く)

Email: info@uematsuya.com

Web:一人旅歓迎の宿 信州別所温泉 旅宿 上松や[公式] 

 

ご案内の詳細は、下記写真を拡大してご覧ください。

 

 

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スマート・テロワール協会(東京)会長中田康雄 の年頭ご挨拶を

スマート・テロワール協会のホームページより転載致します。

 

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新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

 

元旦から大震災が能登半島を中心とした北陸地方を襲いました。

被災された方に対し心よりお見舞い申し上げます。

 

2023年を振り返りますと、日本の食料自給率が38%を切り、化石燃料の自給率がほぼゼロという状態についての危惧が国民に共有された年でありました。

北半球の夏期の熱波による異常乾燥とロシア・ウクライナ戦争による世界的な穀物、エネルギー供給とそれに伴う穀物価格の上昇、そして円安による輸入穀物、エネルギーの価格上昇という状況が日本の食料とエネルギー供給体制の脆弱性を可視化し、それが食料、エネルギー安全保障の危うさの認識につながったということです。

 

そして畑作作物や畜産品そして化石燃料の大半を輸入に依存することは、東南海トラフ地震によって太平洋側の港湾設備が毀損されたり、有事の際に輸入に関わるライフラインが機能停止した時に、日本の食料、エネルギー供給は極めて困難な状況につながることが意識されるようになりました。

このような低位の食料エネルギー自給率が食料、エネルギー安全保障上の大きなリスクを抱えるという認識の深化は、スマート・テロワール構想の浸透に大いなる追い風になると考えられます。

 

スマート・テロワール構想が実現すれば、畑作穀物や畜産品の自給率は70%にまで回復することになり、コメの供給が現状水準を維持すれば食料の自給自足状態が可能になります。

また畑作での輪作体系の展開や畜産堆肥の活用が土壌の豊かさを促し、減肥料、減農薬が可能になり、化学肥料の輸入依存状況からの脱却も視野に入ることになります。さらに土壌の肥沃化は土壌のCO2吸収力を拡充して温暖化防止にも貢献することも期待できそうです。

 

またスマート・テロワール構想の中核には人口30万人から50万人くらいの農村地域での食とエネルギーの地消地産の枠組みが組み込まれています。地域の食糧・エネルギー自給圏構想です。

耕種農家、畜産農家、食品加工業者、小売業、レストラン、給食事業者そして消費者が地域密着で連携し食とエネルギーの循環型自給圏を構成することが究極のあるべき姿なのです。

 

日本全体で100程度の地域自給圏が自立した経済圏を形成するということです。こうした自立経済圏の形成は地方分権の基盤の構築に他なりません。ということはスマート・テロワール構想の実現によって日本は明治維新以降脈々と続く中央集権体制から地方分権体制への転換がはじめて真に可能になるのです。こうした地域分権体制こそ地震大国日本において真に災害に強い状況を生み出すことになります。国土強靭化はまさにスマート・テロワール構想によって可能になると言えるでしょう。

 

今ようやく始まったスマート・テロワール構想実現の端緒となる畑作穀物の自給の必要性の認識の深化は、小麦やとうもろこしの栽培に関心を向け、また栽培に取り組む生産者が徐々に姿を現し、相互に経験を共有し、知見を深める取り組みの拡大に繋がりつつあります。

スマート・テロワール協会は引き続き構想の広報と実践者への支援活動を継続してまいります。

会員の皆さまにおかれましてはこれまで以上のご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 

 

スマート・テロワール協会ホームページ

 

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