杉の木の男
 
むかしむかし
あるところに、美しい娘がいました。
娘が年頃になると、ある晩、ひとりの若者がたずねてきました。
見目麗しい若者で、娘はひとめで好きになりました。
それから若者は毎晩たずねてくるようになりました。そして、明け方近くに帰っていくのです。
「ああ、夜がもっと長ければ」
娘はそう思わずにはいられませんでした。
 
さて、ある日娘は思いました
「あのひとはいったいどこのどなたなのでしょう? 村の者ではなさそうだし。それに、どうして夜にしかあいにきてくれないのでしょう?」
ひとたび気になるとどうしようもありません。
娘は長い糸を通した針を用意して、それを帰って行く若者の着物に、そっと刺しておきました。
夜が明けて、娘はさっそく糸をたぐっていきました。糸は神社の境内に続いています。そして、一本の大杉のところで、その糸はすべて巻き取られました。なんと、針はその木の皮に刺さっているのです。
「ああ、あのひとはこの木の精だったのね」
その日から、若者がかよってくることはなくなってしまいました。
 
さて、それから時がすぎ、ある晩のこと。娘の夢に、あの若者が現れていいました。
「もう知っていると思うが、私は神社の大杉の精だ。近く、大雨で流された橋を架けなおすために私は切り倒される。多くのひとの役に立つことだから、伐られるのはかまわない。しかし、最後はどうしてもあなたに見送ってほしいのだ」
 
それから、夢のお告げのとおり、神社の杉は伐られることとなりました。
樵たちが無事に木を切り倒して縄をかけ、さあ、運ぼうか、と引っ張りましたが木はまったく動きません。
ひとをたくさん雇い、牛や馬にも引かせましたが、まるで地に根を生やしたかのごとく、すこしも動かないのです。そこへ、娘がやってきて、木をやさしくなでました。すると、いままでまったく動かなかった木は、まるで重さがないかのように軽々と動き出したのでした。
 
この杉を使い、橋は無事に架け終わりました。
この橋は、どんな大水が来ても決して流されることはなかった、ということです。
 
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木と人間の交流譚。
むかしは、大きな木には魂が宿ると考えていたんですね。