玉木宏全身全霊をかけて、今、この時の自分自身を理解すること。それは言葉で表せるものではなく。言葉にしてしまうことは、常に既に後れを生じているのであり、その言葉はもう過去の遺物。自分の偽りに成り果てているのだ。自分自身を理解することなど、本当にそんなことが可能なのだろうか。しかし、やってみる価値は大いにあるのではないだろうか。何故ならば、自分自身を知る事は自分にしか出来ない行為であり、言うならばそれが自分自身である本当の証でないだろうか。手応えではないだろうか。