インドに来てちょうど二週間が経った。
朝起きると、バケツをひっくり返したような雨が振っていた。

明日、ゴアを発って北インドに戻る予定だというのに。

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仕方がないので、ハンモックの上で本を読んだり、クールな白猫集団を追いかけまわしたり、モルモットの絵を描いたりして時間を過ごした。
モルモットはいつもキューキューとかぼそい声で鳴くので、名前をキューキューと名づけた。

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そんな感じでゲストハウスの敷地内をプラプラしていたら、中庭の軒下でスイカを食べている人たちに手招きされた。
どうやら、同じ宿に泊まっている人同士で集まって談笑しているようだった。
私たちもスイカをご馳走になりながら、その談笑に参加した。

旅先の知り合う人は、名前の次に必ず「どこに行ってきたの?」と聞いてくる。
国籍を聞くのはその後。
職業や年齢は、もっともっとその後。
ここに来る前にどういう旅をしてきたか、そしてその場所はどういう所だったか、ここの後はどこに行く予定なのか、、、みんなのそういう話を聞いてるだけでワクワクした。
私たちは他の人たちに比べて期間が短いので、かなりスピーディーに移動しているらしく、話すたびにみんなに驚かれた。
他の人たちの優雅なプランを聞いて、次回はもっとゆっくり時間を取って来たいなあと切実に思った。

昨日宿の人が言っていた日本人3人もいた。
みんなそれぞれ別々に来ていて、1年以上インドやネパールを旅している人もいれば、インドに来てまだ1ヶ月足らずの人もいた。
一人の日本人は、「日本では板前をやっていて、お金が溜まったら休業してこうやって旅に出ている」と言っていた。
一人の日本人は、「お祭りが好きなので、世界中のお祭りを追いかけて旅をしている」と言っていた。
世界には、自分が知らない生き方をしている日本人がいるんだなぁと思った。

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お腹が減ったので、近くの食堂に行って海老カレーを食べた。
南インドに来て初めてのカレー。
北のカレーとは違って、ココナツの香りと辛味が強かった。

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カレーを食べたあとは、帰り道にある素朴な食堂でチャイを飲んだ。
観光客は皆無のこの食堂。
インド人しかいなくて入りづらかったのだけど、ここの食堂で働く少年とは、レンタルバイク屋のジャクソン探しの時にとても親身になってくれたことをきっかけに仲良くなっていた。

チャイをもってきた彼が、店の隅っこに置かれた大きなダンボールを指差して「これなんだと思う?」とニコニコ顔で聞いてきた。
「わからない」と答えると、箱の中身を見せてくれた。
ダンボール箱の中には四角い黒いものが入っていた。
私が「テレビだ!」と言うと、彼はものすごく得意げな顔で「ビンゴー!」とシャウトした。
とうとう両親が、初めてテレビを買ったと言う。
そんなに大きくもなく、日本では間もなく廃止になってしまう旧式の四角いテレビ。
それを嬉しそうになでる彼の顔が凄くかわいらしかった。

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食堂の少年とバイバイして外に出ると、雨はほとんどあがっていた。
気温は低いから泳げないだろうけど、せっかくだからビーチまで散歩をすることにした。
明日は午前中にここを出る予定なので、ビーチでゆっくり遊ぶ時間は今日しかない。

ビーチに着くと人はほとんどいなくて、現地の少年たちが7人くらいでビーチサッカーをやっているくらいだった。
とりあえず、まきと湿った砂浜の砂を丸めて寿司を作った。
「へいおまち!」とまきに渡すと、まきはそれを海に投げる。
そしたらすかさず「へいおまち!」と寿司を握る。
そしたらすかさずまきが海に投げる。

案の定、すぐに飽きた。
仕方がないのでビーチサッカーを眺めた。
5歳から15歳くらいの少年たちが入り混じって、砂にさした靴をゴール代わりにしてひたすらボールを蹴っていた。
なんだかすごく楽しそうだった。

突然、私の近くにボールが転がって来た。
私は彼らの方に蹴り、そのボールを受け取った少年に「パス!」と叫んだ。
少年たちの動きが固まった。
明らかに困惑しているみたいだった。
「悪いことしたかな」と思ったその瞬間、ボールを受け取った少年が「ヘイ!」と叫んで私の足元にボールを蹴り返してきてくれた。

少年たちは、おかしな日本人の姉妹を快くサッカーに混ぜてくれた。
あまりにへっぴり腰なので、私は途中からゴールキーパーになった。
途中、暇なレストランの店員さんや、通りがかりのおじさんとかが混じってきて倍くらいの人数になったりもした。

試合途中、この状況を客観的に見てみたら「旅先でサッカーをやってるなんて世界のナカタみたいじゃん」と気づいて、少し自分に酔いしれた。
少年たちは時間がたつにつれて本気になってきて、結構アグレッシブに攻撃してきた。
私もそれに比例して盛り上がって、何回か奇跡の好セーブをした。
何度も尻餅ついたけど、断固として失点は許さなかった。
セーブするたびにみんながハイタッチしてくれるのが嬉しかった。

正直、あまりルールとかよくわからなかったけど、楽しかった。
声も枯れたし、服も砂だらけだし、打ち身もできたけど、とにかく楽しかった。
結局、日が暮れてボールが見えなくなるまで続いた。

↓写真で見ると少しうまく見えるけど、実際は物凄いへっぴり。

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試合の途中で、マックが偶然通りかかった。
「ユキサァン、男トアソンデ残念デスゥ。」と少年たちを見ながら呟き、去っていった。
これが、マックと会った最後だった。

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すっかり夜になって宿に戻ったら、さっき談笑した人たちがディナーに行くところだった。
「一緒にどう?」と誘ってくれたので、またビーチに戻り浜辺のレストランにみんなで行くことになった。

レストランはさっきビーチサッカーをした場所の目の前のところに建っていた。
私はキングフィッシュのグリルを頼んだ。
料理を運んできたウェイターが、偶然にもさっきビーチサッカーでチームが一緒だった人だった。
彼はゲラゲラ笑いながら私たちを指差して「フットボールガールズ!」と言い、「ナイスセーブだった!」とハイタッチをしてくれた。
がんばって死守したかいがあったな、と思った。

レストランでは音楽にあわせてみんなが踊っていた。
私たちもご飯を食べ終えすぐに踊った。

帰りは外灯もないので真っ暗で、舗装されていない道路はぬかるんでいて、バイクが何度もスライディングしかけた。
ゴアに来て色々あったけど、このときが一番スリリングだった。
宿に着いたころには心身ともにクタクタだった。

ゴア最後の夜だった。

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