1972年2月20日 「連合赤軍」人質とりろう城 (あさま山荘事件)  |   連合赤軍事件スクラップブック (あさま山荘事件、リンチ殺人事件、新聞記事)

■「連合赤軍」人質とりろう城 5人が猟銃乱射 警官応射、二人けが(毎日)


連合赤軍事件スクラップブック-1972-02-20 朝刊01


19日午後、長野県軽井沢町のレイク・タウンにある空別荘で、逃走中の連合赤軍5人が、捜査中の警官に見つかり、猟銃を撃って逃げた。警官がピストルを発射しながら応戦、双方にケガ人が出た。一味はさらに猟銃を発射しながら闘争、近くの河合楽器健康保険組合軽井沢保養所「浅間山荘」へ逃げ込み、1人で留守番をしていた管理人、牟田郁夫さん(35)の妻、泰子さん(31)を人質にして同保養所にたてこもった。長野県警は全署に警戒態勢をしき、武装警官を出動させて同保養所を包囲した。また警視庁そ撃班もヘリと車で現地に向かった。


5人はヘリに発見され、まず「さつき荘」へ逃げ込む。そこで警官と銃撃戦になる。「双方にケガ人が出た」とあるが、5人にケガはない。銃撃戦の中脱出し、あさま山荘へ逃げ込んで、人質をとってたてこもる。吉野は人質ろう城策には反対で、逃亡を提案したが坂口に却下された。


■足跡は2人分(毎日)

山荘にろう城している一味を長野県警では、5人とみているが、足跡は2人分しか確認できていない。・・・しかし、山荘入り口は2ヶ所あり、一ヶ所は除雪してあるので、ここから他の3人がはいった可能性もある。


■最高幹部もいる可能性(朝日)

警視庁は群馬県内の穴ぐらアジトから指紋の出た京浜安保共闘の坂口弘(25)吉野雅邦(23)寺岡恒一(23)のほか、赤軍で爆弾作りを担当していた梅内恒夫(24)ら同派の最高幹部クラスが含まれているものとみて全員逮捕に全力をあげている。


■"子連れ闘士"は赤軍派の森 最後の別れに呼ぶ(読売)
暴力過激派幹部にも一まつの父性愛-山篭りの連合赤軍の中に生まれたばかりの赤ん坊を連れた女がいるとの情報があったが、警察の調べで、2人は実の母子ではなく、赤軍派キャップの森恒夫(27)(17日逮捕)が、都内の愛人に生ませた赤ん坊に"最後の別れ"をするため、仲間の女活動家にたのんで呼び寄せたことがわかった。


子連れ女闘士がいることがわかったのはさる7日朝、榛名湖半派出所が"自殺志願者"とも見える疲れきった若い"母子"を保釈したことから。女は、このときは素直に、千葉県市川市、無職N子(22)と住所・氏名をのべた。このため同署は自殺などしないようにさとして帰したが、翌日の8日も榛名湖半に現れたため、不審に思った同署が、さらに調べたところN子は京浜安保共闘の活動家とわかった。


しかし、昨年11月末N子を目撃した警視庁の刑事は、N子に妊娠の兆候などまったくなかったことを記憶していた。もし、実子なら、セリ出した腹がわからないはずがないという。そこで調べを進めた結果、森の愛人で静岡県出身のK子(22)が11月末に出産したことがわかった。この直後、森は榛名アジトに潜行している。


同派は今回の潜伏行で、要人誘拐(P作戦)などいのちがけのゲリラ戦に打って出る計画でいたが、死を覚悟しての森がわが子あいたさの情けにかられ、仲間のN子に連れてくるように依頼したものと警視庁ではみている。


警視庁の調査能力はすばらしいが、残念ながらこの推論はまったくのはずれ(事実はのちに明らかになる)。