籠の鳥 痛くないの?① | 作家新月の作品置き場

作家新月の作品置き場

元「アマチュア作家新月のショートショート置き場」
ショートショートでないものも増えてきたので変更しました。
「異物」達の小説を載せていきます。
作品を通して、彼らと、その抱えているものが、彼らや私と同じものを抱えている人が、解放されることを願っています。

 

春の陽射しが明るく廊下を照らしている。2階には中庭に面して大きな窓が幾つも並んでいるため、建物の中は明かりが必要ない程にたっぷりの陽光が降り注いでいる。

立ち止まって外を見れば、色とりどりの花が整然と並べられた花壇や、黒い枝に芽を吹き出した木々が見えるはずだ。

しかし銀河はそういったものには目もくれず、1人だけ冬に取り残されたような顔で廊下を歩いていた。

銀河がここで、この建物で暮らすようになって十数年経つ。

まだほんの子供だった時分に、施設からここへ連れてこられた。最初は怖かったし、寂しかったけれど、今ではここの暮らしにすっかり慣れた。断片的で曖昧な記憶しか残っていない施設よりも、少年時代の大半を過ごしたここの方が愛着を感じられるくらいだ。

あいつもいつかそう思ってくれるだろうか。

銀河は立ち止まって中庭を見る。よくそこにいる少年は、姿が見えなかった。

銀河が青葉と出会ったのは1ヶ月ほど前のことだ。ようやく寒さが和らぎ、のびてゆく日差しに春の訪れを感じられる頃だった。

指定された部屋で待ちながら、銀河はそわそわと落ち着かない気分でいた。

新しく子供が連れてこられると聞いたのは数日前だ。慣習上、その子は銀河が面倒を見ることになる。準備を整えながら自分が来た時のことを思いだし、できるだけ早く新しい暮らしに馴染めるよう、精一杯のことをしようと心に決めた。

そうして待ち受けるような気持ちでいたところ、ノックもなく扉が開き、銀河は慌てて立ち上がった。

他の地区に住んでいるため、滅多に顔を合わせない男が、むっつりした顔で入ってくる。その後ろを、華奢な体格の少年が俯きがちについてきた。その子が青葉だった。

前もってそう教えられていたのか、青葉は立ち止まった男の前に出て銀河に一礼した。

口を軽く引き結んで、銀河のことも男のけとも見ようとしない。

男もまた2人を視界に入れないまま、用は済んだとばかりに何も言わずに出ていった。

銀河は内心、男の態度に顔をしかめつつ、子供を怖がらせないよう笑顔を浮かべてしゃがみこんだ。

「はじめまして! 銀河だよ。これから仲良くしてくれると嬉しいな」

しかし子供は何も言わず、相変わらず口を引き結んだまま銀河から視線を逸らしていた。

銀河は、ここに連れてこられた日のことを覚えている。

突然、何の説明もなく無愛想な男がやってきて連れ出されたため、酷く怖かった。

どこに行くのか、何が起きているのか、これからどうなるのか何も分からず、泣きそうになったけど泣いたら余計酷いことになりそうで、必死に我慢した。

この子もそんな気持ちに違いない。先程の男の態度を見る限り、優しくしたとは到底思えない。

「うん、いきなり知らないとこに連れてこられたんだもん、怖いよね。でも大丈夫だよ。誰も酷いことしないからね」

銀河は言いながら、青葉の頭を撫でた。それでも子供は何も言わず、目も合わせない。

仕方ない。この子にとっては、自分もまた「いきなり施設から連れ去った酷い人達」の一員なのだから。

大丈夫。きっと分かってくれる。自分がそうだったように、ここを好きになってくれる。

銀河は自分に言い聞かせながら、子供を案内するべく、手を握って立ち上がった。


つづく