待ち人 | 作家新月の作品置き場

作家新月の作品置き場

元「アマチュア作家新月のショートショート置き場」
ショートショートでないものも増えてきたので変更しました。
「異物」達の小説を載せていきます。
作品を通して、彼らと、その抱えているものが、彼らや私と同じものを抱えている人が、解放されることを願っています。

僕が小さい頃、床の間に木刀が飾られていた。細かい装飾の施された観賞用の刀で、一度振り回して遊んでいるところをお祖父さんに見つかり、酷く怒られた。それはお祖父さんの宝物で、ある人からの預かり物だという。


これはお祖父さんから聞いた、刀にまつわるお話。 

 

家の裏手には、小さな古い井戸がある。お祖父さんが子供の頃にはもう使われていなくて、幽霊が出そうな程ボロボロだった。

危ないから近付かないよう言われていたが、禁止されると行きたくなる。お祖父さんは幽霊が見たくて、夜中にこっそり見に行った。
しかしいくら待っても幽霊は現れず、つまらなくなったお祖父さんは、幽霊を驚かせようと、小さな石を井戸の中に落とした。
下からは何の音もしなかった。水の音も、地面に当たる音も。

一体どれだけの深さがあるのか、気になったお祖父さんは家からロープを取ってきて、井戸の端に結びつけると、そのままするする降りていった。
どれ位降りたのか、丸い井戸の口も見えなくなったころ、突然ロープがぷつんと切れて、下へ落ちたお祖父さんは、そのまま気を失ったらしい。


目が覚めると知らない場所で、窓から日がさんさんと射しこむ中、どこかの部屋のベッドに寝かされていたそうだ。


お祖父さんは幽霊の国か、あるいは天国に来たのかと思ったそうだ。

井戸の下のはずなのに、空にはお日様が昇っているし、お祖父さんの寝かされていた部屋も、外の家も、美しい緑や青の石でつくられていて、それはそれは美しかったから。
お祖父さんが外の景色に見惚れていると、部屋に誰かが入ってきた。それは赤い服を着た少年で、その人がお祖父さんを見つけて、ここまで運んでくれたそうだ。


お祖父さんは街から少し離れた、小さな森の中で倒れていたという。

森へ入るのは禁止されていたから、不思議に思って近付いてみると、どうも服装がこの国の人とは違う。もしかしてと思って、ここまで連れてきたという。


「あの森は異界に繋がると信じられている。たから近付くのを禁止されているんだ」
「禁止されてるなら、どうしてお前はそこにいたんだい?」


お祖父さんが尋ねると、赤い服の少年はペロッと舌を出した。


「禁止されると、行きたくなるからね」


赤い服の少年はこの国の王子様で、お祖父さんが運ばれたのは街の中央にある宮殿だった。お祖父さんは異世界からの旅人として歓迎され、宮殿で暮らすことを許された。
お祖父さんと王子様は、同い年だったこともあってすぐ仲良くなり、一緒に元の世界に帰る道を探したり、こっそり街の中を探検したりした。


ある日、王子様は見せたいものがあると、お祖父さんを部屋に誘った。
王子様は大きな棚の中から、2本の刀を出した。1本は木、もう1本は石で作られていて、細かい模様が刻まれている。


「古の魔法の文字だよ」


王子様は木の刀を布で包み、お祖父さんに渡した。


「もしもの時のため、渡しておく。僕が取りに行くまで、預かってくれ」


「もしもの時」が何なのか、その時のお祖父さんには分からなかった。


それから1ヶ月の内に、街の空気は随分変わった。

それまでの明るい、活気ある雰囲気はなくなり、皆浮き足立ち、宮殿の空気も重苦しくなった。王子様もお祖父さんも、以前のように遊び回ることはできなくなった。


「隣の国が攻めてくる」「国境が突破されたらしい」そんな噂が耳に入り、気になったけれど、難しい顔の王子様に、お祖父さんは尋ねることができなかったという。


それから何日か経った雨の晩、お祖父さんは王子様に起こされ、木の刀を持ってついてくるよう言われた。2人は雨の中、街外れの森へと向かった。


そこでお祖父さんは、木の刀を持って、元の世界へ帰るよう言われたそうだ。


「連中は2本の刀を狙ってる。でもこの刀は片方だけじゃ力を十分出し切れない。だからこれを持ってにげてくれ」


お祖父さんは王子様も一緒に逃げるように言ったけど、王子様は首を縦に振らなかったそうだ。


「僕はこの国の王子だよ。逃げるわけにはいかない」

 

そのままお祖父さんが何か言うより早く、王子様はお祖父さんを突き飛ばし、石の刀を掲げて何か呟いた。すると辺りは真っ白になり、雨の音も王子様の声も聞こえなくなった。


気がつくと、お祖父さんは元の世界の、古い井戸の傍に倒れていた。井戸に潜ってから1年が経ち、背中には木の刀を背負っていたそうだ。


お祖父さんは刀を手に取り、僕に近付けた。


「見てごらん。魔法の文字が書かれているだろう」


刀に彫られた繊細な模様は、確かに文字に見えなくもなかった。