取次の神からの通信は昭和の時代に故城戸縁信氏に直接届いた.その第一回目の通信については以前その一部を記した.

 

 

この通信は実際の所,一体どのようにして行われたのだろうか?自動書記現象という超能力については他の方も屡々話題にされるが,霊界や神界の高時空元から生身の人間の手を操って動かすことが如何なることなのかについて,もっと詳しく知りたいところではある.
 扨て,故関英男先生は生前日本サイ科学会のジャーナル誌に様々な体験談を記述しておられた.今回はその中で特に注目すべき一文を紹介する.

           気功と念波
                    関 英男
  …気功は気の粒子と念波エネルギーの合作としたい.念波というと筆者の発案のように誤解される向きもあるかも知れないが,そうではない.これは,宇宙創造の神より取次の神を通して故田原澄さんに伝えられた述語で,それを筆者が利用しているに過ぎない.また,神と云うとすぐ宗教かと早合点する向きもあるが,これも違う.勿論,取次の神はAさんの情報によると,地球より8,500万年も文化の進んだGIDUWCEという星の人であるが,神と云っても過言ではないほど能力の優れた人である.しかも,この星は地球から300光年しか離れていないQEIUWという星座にある.
 (後略)


 「Aさん」というのは前後の文脈と関英男先生自身の幾つかの著書から私が独自に判断したところ,確実に波動の法則の足立育朗氏であると断言出来る.足立氏は自身の超能力を使ってチューニングをし,宇宙学の御神業に登場された取次の神の正体を突き止めたという事である.何と地球に比べて8,500万年も進んだ文化の星に居られるとのことである.これまでの私の調べでは火星や金星が地球よりも精々数百年から数千年は文化が進んでいるとされている.それが,8500万年とは一体どういうことだろうか.我々の惑星地球とは明らかに異なる高い時空元の世界に住んで居られるということだろう.この「取次の神」とされる御方は御神示「大宇宙の構成」で示された高級霊人に相当するのではないだろうか.

 

 

 ところで,関英男先生の上記御文にある様に,この取次の神様の御名前はどうも定かでない.また,月刊誌「宇宙の理」No.175の60ページには城戸縁信氏が「取次の神は自ら取次の神であると名乗って出てこられたが,いずれの神より立派な名称ではない.」とか書かれてある.おそらく,神のレベルに達すると自身と他を区別することもないほどに宇宙と一体化するという事なのであろう.ということは,「我は〇〇神と申す」などとして登場して来た歴史的神々様というのは果たして本当に尊崇すべき神様なのだろうか?そういった横柄な自惚れた態度で我々庶民の前に現れて来た神というのは多くが邪神であるに違いない.騙されてはいけない.神霊星界通信記録によると,「龍神様」も欲を司る邪神である.この他,伊弉諾(イザナギ)・伊弉冉(イザナミ),住吉大明神,大日月地大神(オオヒツク),天手力雄神(タヂカラオ),天鈿女命(アメノウズメ),豊受大明神,木花咲耶姫(コノハナノサクヤビメ),饒速日(ニギハヤヒ)も邪であるとされている.
 また,上記で関英男先生はその星と地球との距離を「300光年『しか』離れていない」と表現されている.しかし,300光年という距離は2.838×10^15kmである.地球と太陽との距離が1億4960万kmであるので,実にその1900万倍の距離のところにある恒星?に取次の神様はいらっしゃることになる.300光年の彼方から地球に住む日本人の宇宙学教室に通う城戸縁信氏だけに向けてテレパシー通信や自動書記でコミュニケーションをしていらっしゃったとは,その能力は地球の人間の能力を遥かに超絶しており,将に神の領域に達している.
 このブログの読者はこれまで記して来た御神示を度々読まれると思うが,上記のように我々地球人類が足元にも及ばないような高いレベルの能力の方からの実に有難い通信文であるということをしっかりと肝に銘じて認識してほしいものである.

文献
1) 関 英男:気功と念波,PSI JOURNAL,No.207,pp.9-10,(1993年11月).
2) 城戸 縁信:神の名称について,宇宙の理,ザ・コスモロジー,No.175,p.60,(1987).
3) 高木 国男 編著:神霊星界通信記録-宇宙創造神取次の器械田原澄女史による-第1巻,宇宙学教室叢書第5号,p.22,(1972).