巷には恋心やら愛・愛情とか勝利・大出世などの魅惑的な言葉で以て人々を魅了する映画・テレビドラマ・小説・漫画が溢れている.日頃,然程面白くもない退屈な日々を過ごしている一般庶民にとっては,そういった事は実に楽しいだろう.唯,この表面的に魅力的な映像や文章で商売をしている大手企業を背後で操る別次元の存在は一体何を意図しているのだろうか?真の神はそのような美辞麗句を使って人々を惑わすようなことはしない筈だ.今回の御神示はこの点を実に分かりやすく説明して下さっている.では,読んでみよう.
御神示No.21「魅力・感覚に迷う勿れ」 取次の神より
真理を探究し,宇宙学に到達せる者仕合者*1なり.度々申せし如く,汝等の地球は西暦1960年より,従来よりも高き波動を送られ,永年地球人類が作り来たる業想念の清算すべき秋*2に至るなり.今日地球地上にて多くの宗教其の他の団体林立して慈悲を説き,或いは優良星界人より受けたる教義と称して愛を説きたる者達多きなり.なれど,「御法度の心」を起こさざる様相成らねば,愛の心耳を説きても今日の地球社会を救う力とはならざるなり.
地球人類は愛の心にて生くる者尠し.故に諒の愛を教えんと為すは理に適いたるも,愛耳*3を前面に打ち出して置き,霊波・念波の作用を説かざる者の背後は宜しからざるなり.自らの想念の浄化なくして如何にして愛有りや.多くの地球人に今直ちに愛の実行を為せよと申しても仲々困難なり.是くの如く現実に困難なる愛の言葉耳を装飾して説く者宜しからざるなり.愛念を発するを能わざる者に,或いは愛の行動を起こすを知らざる者に,人類愛を如何に修辞*4を以って説きても効果無きなり.過般に申せし如く,宇宙学に於ては愛の実行は同朋に宇宙学を告げる事なりと申せしなり.無論,愛念を発揮出来る者は発するが宜し.然れど今日,愛・愛と無暗に説きたるは不可能に近きを説きて上辺を飾らんと為す似非*5ものなるを知れよ.
偖て,地球人類の大多数の者達の心理の一部を披きて*6見ん.凡そ愛とは程遠きなるを知らん.即ち地球人は己が非を同朋に指摘されし場合,先ず腹を立つるなり.感謝の心にて受け取る者如何程有りや.更に手痛く誹謗されし場合その同朋を憎み呪うなり.亦,同僚・同朋が出世し幸福なる姿を見て嫉み猜み*7羨みの心を起こすなり.是等の心は愛の心とは程遠きなり.更に己が不徳にて満たされざるを省みず不平不満の心を起こすなり.亦,不祥事に遭いたる場合,己が非を顧みずして外罰的*8となり同朋を呪い疑うなり.また,己が無知故に迷妄*9し心配心を起こすなり.亦,己耳正しきと思うが故に咎めの心を起こすなり.亦,物事に執着するが故に焦燥心を起こすなり.是等の心,何れも御法度の心なり.此の心を茶飯事の如く起こし有る現実悪を改善させようとはせず,慈悲なり愛なり真理なりと説き,言葉の遊戯にて魅惑させる者邪なり.(続く)
*1 しあわせもの
*2 とき
*3 のみ
*4 しゅうじ 意味:言葉を美しく巧みに表現すること.
*5 えせ
*6 ひらきて
*7 そねみ
*8 がいばつてき 意味:失敗などの原因を他人や環境といった自分以外に求める傾向.
*9 めいもう
<解説> (Shinmoedake2011による)
・真理を探究し,宇宙学に到達した者は本当に幸せ者だ.
・度々述べて来たように,我々の地球は西暦1960年から従来よりも高い波動が送られており,永年地球人類が作って来た業想念を清算すべき時に至っている.
・今日,地球地上で多くの宗教やその他の団体が林立して,慈悲を説き,或いは優良星界人から受けた教義と称して愛を説いている者達が多い.
・しかし,「御法度の心」を起こさないようにしなければ,愛の心だけを説いても今日の地球社会を救う力とはならないのである.
・地球人類は愛の心で生きている者が少ない.
・故に,真の愛を教えようとするのは理に適ってはいるが,愛だけを前面に打ち出して置いて,霊波・念波の作用を説かない者の背後は宜しくない.
・自らの想念の浄化も出来得ないのにどうして愛があるだろうか,否ないだろう.
・多くの地球人に今直ちに愛の実行をせよと言っても仲々困難である.
・このように現実に困難である愛の言葉だけを装飾して説く者は宜しくない.
・愛念を発することも出来ない者に,或いは,愛の行動を起こす方法も知らない者に,いかにも美しい言葉で以って人類愛とはなどと説いても効果は無いのである.
・以前も述べたように,宇宙学においては愛の実行は家族友人に宇宙学を告げる事である.
・勿論,愛念を発揮出来る者は発するが宜しい.
・しかしながら,今日,愛・愛と無暗に説くのは不可能に近いのを,強いて説いて上辺だけを飾ろうとする似非者であることを知れ.
・地球人類の大多数の者達の心理の一部を披露してみよう.大体が愛とは程遠いものであることを知るだろう.
・即ち,地球人は自分の非を同朋に指摘された場合,先ず腹を立てる.感謝の心で受け取る者がどの程度いるか.否,極少数だろう.
・更に,手痛く誹謗された場合,その同朋を憎み呪うだろう.
・同僚・同朋が出世して幸福な姿を見ると,嫉み猜み羨みの心を起こすだろう.
・これ等の心は愛の心とは程遠いものである.
・更に,自分の不徳の所為で満たされないことを省みずに,不平不満の心を起こしている.
・不祥事に遭遇した場合,自分の非を顧みずに外罰的となり同朋を呪い疑うだろう.
・また,自分が無知であるが故に迷妄して,心配心を起こすだろう.
・自分だけが正しいと思うが故に咎めの心を起こすだろう.
・物事に執着する所為で焦燥心を起こすだろう.即ち,イライラしたりやセカセカしたりのこと.
・以上のような心は何れも御法度の心である.
・この心を日常茶飯事のように起こしている現実悪を改善させようとはせずに,ただ慈悲なり愛なり真理なりと説いて,言葉の遊びで魅惑させる者は実に邪(よこしま)である.
洗心については以前説明した.
今回の御神示はこの洗心の「御法度の心」について具体的な説明を詳しくして下さった.世に蔓延る宗教の教祖はこの御神示で述べられているように,邪な意図で以て態と人々にこの「御法度の心」を起こすように仕向けている.某宗教団体のパンフレットが毎月私の自宅に投函されるが,将に美辞麗句の羅列である.真の神の言説は私は宇宙学でのみしか触れることは出来ないと思っている.多くの宗教遍歴のある人々が最後に辿り着いたのが宇宙学である.この事も何れこのブログで例を示して述べることがあるだろう.
引用=城戸 縁信:魅力・感覚に迷う勿れ,宇宙の理,ザ・コスモロジー,No.133,(1984).