㊗侍ジャパン金メダル | オーディションからデビュー!

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東京オリンピック野球の決勝が横浜スタジアムで、日本が2-0でアメリカを下し、金メダルを獲得した。日本は野球が正式競技種目になって初めて悲願の金メダルを手にした。

今大会、日本は1次リーグを2連勝で1位通過。

決勝トーナメント初戦の準々決勝では、米国に延長十回サヨナラ勝ちした。

準決勝では韓国に5―2と快勝。

 

1984年 ロサンゼルス 金メダル(松永怜一監督)※公開競技
1988年 ソウル 銀メダル(鈴木義信監督)※公開競技
1992年 バルセロナ 銅メダル(山中正竹監督)
1996年 アトランタ 銀メダル(川島勝司監督)
2000年 シドニー 4位(大田垣耕造監督)
2004年 アテネ 銅メダル(監督予定の長嶋茂雄氏が脳梗塞を発症して、中畑清監督へ)
2008年 北京 4位(星野仙一監督)稲葉篤紀選手として出場

2021年 東京 金メダル(稲葉篤紀監督・49歳)

 

日本はソフトボールも優勝しており、歴史的な「ダブル金メダル」を達成した!

 

野球日本チームの各選手は、金メダルの報奨金として1000万円を受け取る。

 

WBSC(世界野球ソフトボール連盟)は東京オリンピックの野球の個人表彰を発表し、MVP(最優秀選手)に日本の1番バッターとして打線を引っ張った山田哲人選手が選ばれました。
山田選手は今大会、5試合すべてに1番で先発し、20打数7安打の打率3割5分、ホームラン1本、7打点の好成績でした。また「大会のベストナイン」には右投げピッチャーで山本由伸投手、キャッチャーで甲斐拓也選手、ショートで坂本勇人選手(2番バッター)が選ばれました。

 

山田哲人選手

「ずっと前から目標にしていたので、それがかなってすごくうれしいですし、ほっとしている。本当に野球をやっててよかったと思う」「楽な試合は一つもなかったし、最後までわからない展開だったが、粘り強く戦ってすべての力を出し切れた」と話していました。

 

坂本勇人選手

「簡単には勝たせてくれないと思っていたが、日本の投手力と守備力でミスなく試合を運べたので、こういう結果になったと思う」「プレッシャーだったり、いろんな重圧の中で戦ってきたので、僕たちしかわかり合えない部分もたくさんあると思うし、みんなのほっとした顔を見て本当にうれしかった」「東京オリンピックが開催されると決まってから僕の1つの夢でもあったので金メダルを取れて感無量だ」

 

甲斐拓也選手

「最高な気分、金メダルが取れてよかった。いちばんいい景色を見させてもらった」「こういう状況のなかでオリンピックが日本で開催でき、たくさんの方の協力があって野球ができたと思う。日本がメダルを取れて最高にうれしい」

 

栗林良吏投手(5試合2勝3セーブ)

「しっかり投げられてよかった」「自分でいいのかなって気持ちがいっぱいあったが、マウンドにみんなが集まってきて、本当に5試合しっかり投げられてよかったなと思った」「オリンピックのマウンドに上がらせてもらえて感謝している。恩返しが最後できたのかなと思う」

 

田中将大投手

「北京大会を最後に野球という競技がオリンピックからなくなっていたので、復活したこのチャンスで金メダルをとることができてうれしい」「とてもよいチームだった。年の差を感じさせる部分はなく若手も中堅もベテランもずっとよい雰囲気で試合ができていた」

少年時代の野球チームのチームメイト

当時は坂本勇人がピッチャー・田中将大がキャッチャーのバッテリー

 

本来なら競技選手のみに贈られる金メダルの“授与”に菊池涼介内野手(広島)が壇上から降り、メダルを手に稲葉篤紀監督に歩み寄ると、そのまま指揮官の首に掛けた。

日本代表の稲葉篤紀監督

「みんなが一生懸命やってくれた」「もう最高だ。みんなが一生懸命ここまでやってくれた。そういう思いがぐっときた」「1つも楽な試合はなかった。とにかく選手の勝ちたい、金メダルを取りたいという思いが結束した。テレビの前でたくさんの人に応援していただいたしサポートしてくれた方々もいる。本当にみんなでつかんだ勝利だ」

 

巨人 長嶋茂雄終身名誉監督

「日の丸を背負って戦うことは思う以上に責任を感じるものです。そのプレッシャーをはねのけ、チーム一丸となって、勝利をつかんだ侍ジャパン。見ていた私も感動しました。日本の野球に新たな歴史を刻んだと思います。おめでとう」

 

ソフトバンク 王貞治球団会長

「自国開催で目指していた金メダルを取れて最高だ。僕は野球が国技だと思っていて五輪の金メダルというのは特別だ。これまでチャレンジしながら取れなかったものを自国開催で取れたのは本当にうれしい。福島からすべての試合を見てきたけれども、僕は投手力が勝因だと思う。初めて対戦する投手というのはどうしても打ちにくいが、少ないチャンスをものにしてしっかり抑えた。きょうも2対0なので、まずは投手を褒めたい。前の東京五輪は長嶋さんといっぱいまわった。当時は20代で今は80代になったけど、この年でまた五輪を目の前で見られて興奮した」

 

 

日本野球は今大会、開催都市が提案する追加競技として行われた。

2024年のパリ五輪では実施されない。

 

追悼

晴れ舞台で活躍している選手もいれば、心半ばでこの世を去った野球選手がいます。

8月3日に中日・投手の木下雄介さん(27歳)が亡くなりました。

初めての五輪で金メダルに輝いた中日・大野雄大投手(32)が表彰式で、

生前に「木下から『金メダル取ったら見せてください』と言われていました。見せられてよかったです」。

亡きチームメートとの約束の金メダルを天へ掲げた。

スポーツ選手は頑丈に見えるが同じ人間・心優しい仲間とのひと時を涙で通じ合う

ご冥福をお祈り申し上げます