


井川は、バファローズ入団前にWCCFで関東を制していたのだ❗
カネをかけてナンボなゲームなんで、ヤンキースと5年20億円の契約で得た大金をぶちこめば、戦術さえしっかりしていればやれるって事なんだろう❗
井川は、ヤンキースでは3Aどころか2Aにまで落ちてしまったくらい劣化していたので、バファローズの戦力とはならなかった❗
しかし、ヤンキースでは3Aの生き字引となり、チームメイトに将棋を広めて交流を深め、マイペースぶりを遺憾なく発揮していたのだ❗
2Aで年俸4億って、普通なら考えられないぜ❗
しかし、契約は契約であり、図太い井川はそれを満了したまでだ❗
ヤンキースが解雇することもできたが、違約金として契約時の総額は払わなければならないのだ❗
井川が自発的に退団するのを期待したろうが、無理な相談だぜ❗
ヤンキースやバファローズを手玉にとった井川だが、マイペースさは高校時代からだった❗
最後の夏は腰痛を抱えており、県大会決勝まで休ませて貰ったのだが、ベストコンディションには程遠く破れ去った❗
体育会の世界では、エースなら多少痛くても投げるように命じられてしまう❗
しかし、井川は決勝までは投げなかったのだ❗
監督も、井川の性格を熟知していたのだろう❗決勝までは温存せざるを得なかったのだ❗
タイガース入りし、ノーコンを二軍コーチにイビられる日々だったが、図太い井川はこう考えていた❗
「こいつが一生コーチってわけじゃないから無視しとこう❕」
プロ野球の人事は、割りと頻繁に動くのを知っていたのだ❗
ましてタイガースは、結果を出せないと頻繁に監督からコーチまで交代するんだから❗
タイガースのエースとして活躍するようになっても、寮から出ないでゲーマーとしての活動❔をしていた井川❗
強制的に寮を出されてしまい、だったら憧れのメジャーを目指そうと、武闘派の星野監督の怒りを買おうがお構い無く、ポスティングを希望したり優勝旅行をキャンセルしゲーマー活動とマイペース全開だった❗
ただ、井川としては衰えたり故障して投げられなくなったら終わりな世界なんで、野球選手として大金を稼げる夢の舞台に挑戦したかっただけである❗
バファローズ入団までの間はゲーマーとして、苦戦しながらも関東を制した❕
監督名 K29 エリア名 関東(茨城)
1回戦 0-0(PK4-3)
2回戦 1-0
3回戦 1-1(PK4-3)
4回戦 0-0(PK4-3)
準々決勝 1-0
準決勝 0-0(PK4-2)
決勝 0-0(PK4-3)
控えGKのブットをPK専門という作戦は、マニアックな井川らしいぜ❗
しかも、ブットはキッカーとしても一流らしいからな❗
投手らしく❔守備的な戦術だったと思われる❗
右SBのプジョルは、CBとしてバルセロナの主将を張るくらいな闘将だ❗
トップ下のデコ、左ボランチのデロッシはパサーでありながら守備力も高い❗
右ボランチのぺぺも、CBが本職な激しく守る潰し屋だ❗
かなり守備重視な、イタリア代表みたいなチームだ❗
辛抱強く守り、スタミナ十分なPK要員で勝つ作戦なんだろうな❗
そんな井川は、独立リーグに加入したようだ❗
ゲーマーやりながら自由に暮らせる財産はあるだろうが、身体が動くうちは野球選手でいたいのだろう❗
サッカーの三浦カズや、山本昌のように50歳を迎えても現役として、ネタを提供してほしいぜ、井川慶❗