イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」 -52ページ目

こんな自給率の上げ方「緑提灯」

皆様、緑提灯って知っていますか?


皆様ももしかしたら目にしているかもしれませんが、カロリーベースで


日本産食材の使用量が50%を超えるお店で緑提灯を飾っています。



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-緑提灯


http://midori-chouchin.jp/



なんと今では全国1500店舗で飾ってあります!


緑提灯は、食料自給率が40%以下にまで落ちた

日本の農業をいささかなりとも向上させようとのボランタリー活動のシンボルです。



そして、緑提灯には、★のマークがついています。

この★のマークによって自給率がわかります。

50%を超えれば星一つ 星
60%を超えれば星二つ 星星
70%を超えれば星三つ 星星星
80%を超えれば星四つ 星星星星
90%を超えれば星五つ 星星星星星


です。


お店は食材の仕入先を知っているけど、

お客はそれを知ることが出来ないえっ


こんな情報の非対称性を補うためにも

「正直を重ねて、信用を得る」ことを旨としている地道なお店だけに

参加してもらうようにしています。


いわば、緑提灯がお客を大切にする店主さんの「心意気」や「覚悟」を象徴しているとのことです。



こうやって、たんたんと2005年から始めて、これだけ広がっているんですよね。


地産地消、食の安心・安全をこのように淡々と訴える取り組みに出会いまして、私もうれしくなりました。



但し、この星は、自己申請なので違反することもあるかもしれませんプンプン


その時には、


「反省と書いた鉢巻を締める」

「頭を丸める」


とのココロ温まる取り組みでもありますべーっだ!



私は、この暖かな炎が、町中を照らし出してくれる風景を想像しています。


この提灯が飾ってあるお店をみつけたら、皆様もぜひ立ち寄ってみてください。

こうやって、入るお店を探してみるのも面白いかもしれないですね!



森を元気にする森林バイオマス「薪く炭くKYOTO」

毎日寒くなっていますが、

アタタカイ火メラメラって、


なんだかココロも温まりますよね。


今日は、森林バイオマス(木質バイオマスともいいます)について書こうと思います。


森林バイオマスっていうのは、

わかり易くいいますと、あまった森林材を活用して、エネルギーを作りましょう!


っていう、エコな取り組みです。



そもそもバイオマスって何だろうってところから説明してみます。


バイオマスとは、

バイオ/bio(物質資源)とマス/mass(量)


という言葉からできています。



物質資源をエネルギー源として再利用できる動植物から生まれたの資源のことをこう呼びます。


バイオマスには多く分けると「廃棄物系」と「栽培作物系」に分類するとのことです。


さらにわかりやすく具体的に細分すると


===廃棄物系===


農林水産系
1農業:わら、もみ殻等
2畜産:家畜糞尿等
3林業:間伐材、おが屑等


廃棄物系
1産業:下水汚泥。木屑等
2生活:生ゴミ、廃油


===栽培作物系===

サトウキビ、トウモロコシ、海藻等



そして、以前説明したバイオディーゼルの取り組み
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10183638934.html
は、この中では廃棄物系:生活:廃油を利用したものになります。



今回説明する、森林バイオマス系はこの中で


農林水産系:林業:間伐材、おが屑


になります。



その間伐材(おが屑)を薪として燃料に使ったり、ペレットという燃料にしてエネルギーを作ります。


つまり、

間伐をして森を元気にできるしエネルギーも作ることができる!


という取り組みになります。

しつこいですが、なんで間伐が森を元気にするかというのは、以前のブログを読んでください。
http://ameblo.jp/shinjon/entry-10182182913.html



さて、前置きが長くなりましたが本日紹介するのは、
「薪く炭くKYOTO」こ(れでシンクタンクって読みます。)
http://www.sinktank.org/

です。


この団体はユニークなのは、名前だけではありません。


さすがシンクタンクというだけあって、森林バイオマスに関して

環境省にも政策提言をして採択されていますビックリマーク
(正確には、環境省と国連大学が共同運営している団体から採択されています。)
http://www.geic.or.jp/geic/partnership/teigen/h16/prop/index.html


さらに、

緑の募金(緑の羽根募金って小学生とかの時にやったのを覚えています)

からも補助金をもらったりしています。


やりますねビックリマーク


ここの団体の素晴らしいのは、


政策提言等の机上のことばかりを言っているのではなく、自ら現場に出て行っていることです。



自分たちで、山主さんに森を借りてそこを「理想の森」と名付け、植林・間伐などの山仕事をしたり、薪炭を使ったアウトドア料理を作ったり、環境教育活動を行ったりしています。


いいですよねぇ。


やっぱり、現場も伴っていると、政策にも重みが出てきますよ・・・



親子で間伐活動に参加して、そこでアウトドア料理をしたり、暖炉の前でゆったりとした時間を過ごせるって幸せですよね。



暖房を使うと、電気を使ってしまいますが、
薪ストーブ、ペレットストーブを使うと


1節電効果でCO2削減得意げ
2間伐材の促進により森も元気になる得意げ



こんなにもエコです。



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-暖炉

とはいいながらも我が家では薪ストーブがないので、暖房は最小限にして耐えています・・・ショック!

(そろそろ毎日暖房をつけようか本気で悩んでいますが・・・。)

誰かが訪ねてくるとちゃんと暖房をつけますので、我が家に来る方もご安心ください。



皆様もまずは、エアコンの温度を一度下げることからでも始めてみください!

不登校との向き合いから始まった夢「道塾」

今日は、NPOではないけれども、


熱い想いのある団体を紹介しますビックリマーク


皆様も学校に通っていた時に、こんな想いを持ったことはありませんでしょうか。

学校に行くのを止めようかな・・・。


私も、そんな想いを持ったこともありますし、友達が不登校になったことも経験があります。


今回紹介するのは、そんな不登校も乗り越えて新しいビジネスを展開している団体です。


その名は道塾です。

http://www.dojuku.com/


こちらの団体の代表の言葉を一部抜粋します。

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「中学から不登校になり、中退しました。そのあと入学した高校もです。


高校を辞める時、周囲から『あいつの人生は終わりだね』という声が聞こえてきました。」

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そうです。

今世の中では、このような価値観が一般的です。


社会という枠組みから外れてしまうと、人生が終わってしまうという観念が大きく広がっています。


彼らは、そんな想いを持ちながらも実際には、「人生が終わる」ことなどなく、むしろ生き生きと活動を続けています。


ここから下は、記事の抜粋になります。読んでみてください!


===朝日新聞 11月23日(日) 社会面(37)===

始まりはパソコンの中だった。

「早稲田への道」。03年7月、インターネットの掲示板にスレッドが立ち上がった。ハンドルネームは「u」。この春、大学に入った馬場が、自分の勉強方を残そうとつくった。

 最初は授業の予習復習方法。次は英語単語帳の効率的な覚え方。数行ずつ数分間隔で次々に書き込んでいく。それがほぼ毎日続いた。

 10日後。受験生が「u」を待ちわびるようになった。

<試しに早稲田の過去問やったらすらすら読めるんですよ!>1ヵ月後には書き込みが相談で埋まった。

 馬場は、顔も知らない「教え子」全員に返事を書いた。自分が必要とされるのがうれしかった。
 <キターーーー!>。「u」が登場すると、スレッドがわいた。<貴男は神です>。いつしか、あがめられるようになった。
 小竹泰誠(20)」が「神」にメールを送ったのは、06年春。当時、津市の高校2年生だった。


<僕もこのとおりにやります>

 当時の成績は学年390人中、下から1ケタだった。有名高校の受験に失敗し、くさっていた。「早稲田への道」を見つけたのはたまたま。半信半疑で、スレッドの英単語暗記法を試した。1ページずつ、脳に刷り込むように読み返す。ただそれだけ。なのに、ふつうなら数ヶ月かかる量の単語が、4日で頭に入った。


<俺は全力で応援するよ>。「u」から、すぐに返事が来た。小竹の心にスイッチが入った。


 実は馬場も、優等生とはほど遠かった。横浜市の私立中学を1年で中退。母の地元の群馬県に移り、公立中学から高校に進んだが、2年で中退した。勉強を強いられることが嫌いだった。


同級生が高3になる頃は、ゲームセンターに通った。退屈。そして無性にいら立たしい。


「おれ、しょーもない位置にいるな」


18歳の2月、早大受験を決めた。難関大学にしたのは、心を熱くする「自分を賭けられる何か」があるはずと思ったからだ。


3ヶ月後に予備校で受けた試験は偏差値が30台。集中力を高める体調管理法を調べ、1日15時間机に向かい、翌春独学で合格した。

小竹はこの勉強法に倣った。


初めて馬場に会ったのは06年夏、壮大のオープンキャンパスだった。

きっと身長は180センチで、服はおしゃれで―――。馬場を待つ間、勝手に創造した。


「よう」。雑踏から現れた「神」は、小柄だった。半袖半ズボンにサンダル履き。この人があこがれた「u」かと思うと、小竹はろくに口が利けなかった。


ネットで称賛される一方で、馬場は、大学では友人にも「u」を」隠していた。幼いころから、人に心が開けない。

中学校では教室の歓声を避け、ベランダで本を開いた。本当は、誰かが話しかけてくれるのを待っていた。大学に入っても、国や社会は語れても、自分を語れるまでに3年かかった。


「おれ『早稲田への道』見て勉強してたんすよ」。大学4年の秋、2年下の後輩に言われた。

「おれが書いてたんだよ」「えっ!」。後輩は驚き、目を輝かせた。合格した教え子に会ったのは初めてだった。

「本当に役に立ってたんだ」。一度口を開くと、教え子はあちこちで見つかった。20人はいただろう。


07年春、馬場は「道塾」を起こす。自分を賭けられるものはこれ。教え子たちの多さが、背中を押した。


「塾を会社化し、回り道した人たちの支援事業も広く手がける」と、周囲に夢を語っている。


今春、スタッフに小竹が加わった。

小竹は今年、1浪して壮大に合格した。志願したのは恩返しのつもりだ。馬場は、教え子が自分に続いてくれたことがうれしかった。

11月半ば、大学近くの居酒屋で、馬場は小竹と席についた。2人で飲むのは久しぶり。ビールで乾杯した。

馬場が尋ねた。

「お前、将来何やりたいの?」

「正直、よくわかんないっすよ」。


小竹は困った顔をした。



馬場は、来春での大学中退を決めている。塾の経営は軌道にのった。自分を賭けられる仕事が見つかった以上、卒業にかける努力を無駄にしか思えない。


きっと、世間的には間違っているのだろう。小竹は大学を卒業するはずだと思う。卒業後も、自分が起こす会社には来ないかもしれない。話しているとそう感じる。


午前0時半、人影もまばらな高田馬場駅の改札で、馬場は小竹を見送った。「塾、頑張ろうな」。決して「同じ道に来い」とは言わない。「はい!」。小竹は力強くこたえ、ホームに消えた。=敬称略(原田朱美)

仕事始めとさなぎ達の「自立自援」

今日は仕事始めで久しぶりに満員電車に乗った。

ふー。何度乗ってもなかなか気持ちのいいもんではないなぁガーン


それでも、こんな大不況の中で自分の好きな仕事をやれているんだから、幸せだよなぁ得意げ


さて、今日は寿町でしっかりと根の生えた活動をしている

NPO法人 さなぎ達

http://www.sanagitachi.com


の紹介をします!


寿町とはどんなところかをまずは説明します。


寿地区は、東京都の山谷、大阪市のあいりん地区(釜ヶ崎)と並ぶ三大寄せ場の一つとされています。


ここには、ドヤという約120軒もの簡易宿泊所が並び、


6500人前後が独居、

その85パーセントが生活保護を受け、

また半数が60歳以上の高齢者です。

かつては日本三大寄せ場の一つとされ、“日雇い労働者の町”として栄えましたが、バブル崩壊後は“ホームレスの街”を経て住民は高齢化し、“福祉の街”と呼ばれるようになりました。

また最近では20代~40代のネットカフェ住民の人も増加していると言われています。

ここは、横浜のデートスポットでもある山下公園、港の見える丘公園、中華街のすぐ近くに位置しています。

交通の便は大変いいところです。


けれども、上記のように多くの問題も抱えている場所になります。

そんな中で、さなぎ達は日々、活動を続けています。


どんな団体かをサイトから引用しますと


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さなぎ達は、日本三大寄せ場のひとつ、横浜の寿町で、

人が生活する上に最低限必要な「衣・医・食・職・住」を

柱として、ホームレスおよびホームレス予備軍の人たちの

「自立自援」

を促すことを目的に、メンタルサポートを一番大事にしている団体です。

さなぎ達の原点は、1983年に起きた若者によるホームレス襲撃事件を機に、「路上生活者の実態を知ろう」と1984年に始まった「木曜パトロール」という夜回り活動です。そして2000年に、当時ホームレスだったYさんの発案で、木曜パトロールで集まった韓国・朝鮮・アメリカ・日本の仲間たちが集い、2001年3月にNPO法人として設立しました。
“さなぎ達”と名付けたのもYさんです。ある者はいつの日か蝶になり、美しく羽ばたいて飛び立つかもしれません。しかしある者はずっとさなぎのまま、一生を終えるかもしれません。私たちはそのどちらも受け止めて支援を続けていきたい、という想いがこの名前には込められています。
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先日もホームレス襲撃事件がありました。


こんなにも世知辛いことの多い世の中で、本当に大変な時期だと思います。


それでも、私はココロだけは、貧しくなりたくないな・・・。


私はそう思って生きています。


誰しも大変な時には、つらい気持ちになり、回りも見れなくなってしまいます。


さなぎ達の代表理事の方もおっしゃっていたけれども、

お互いがお互いを認め合い、笑顔で暮らせることが一番の幸せなのかもしれないと

思います。


物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ・・・。


私も、まだまだそこまで出来上がった人間ではないですが、

そんなコトバは、ココロに持っておきたいと思っています。


さぁ、明日もがんばろう。常に前を向きながら!

幸せな未来に向けて・・・。

誰でもできる森への恩返し「皮むき間伐」

今年も早速、森への恩返しに向けて打ち合わせをしてきました。

これからが、楽しみです。


今日は、皮むき間伐(巻き枯らし間伐ともいいます。)という、誰でも簡単にできる間伐を紹介します!



NPO法人森の蘇り

http://mori-no-yomigaeri.org


こちらは、日本一の山「富士山」の麓で間伐活動をしています。

どんな活動かといいますと。



イイコトとの懸け橋「社会貢献探訪記」-森の蘇り


↑こんな活動です!


それ以外にも色々やっているのですが今日は皮むき間伐に焦点を当てて紹介しますねにひひ


間伐活動が必要なことは、前にブログでも書いた通りです。

http://ameblo.jp/shinjon/entry-10182182913.html


でも、間伐ってなんで進んでいないんだろう・・・。


その理由を、いくつかピックアップすると

1危険も伴うため、気軽にはできない(危険性)

2間伐をする技術者不足(人材不足)

3間伐は採算が合わない。(費用面)


こんなことが挙げられます。


皮むき間伐は、それらのことを完全ではないけれども、解決する方法になります!


皮むき間伐は

1木を切り倒さないため危険もほとんどない(危険が少ないビックリマーク

2子どもでもできる簡単な方法(技術いらずビックリマーク

3倒さないため運び出さなくてもいい(費用の軽減ビックリマーク

※後で、木の水分が抜けた後に軽くなった状態で切り倒して利用することもできます。


こんな素晴らしい方法です!


やり方としては、

木の皮を剥くだけです得意げ


こんな活動が、まだまだ広がってはいませんが、少しずつ始まっています。


私たちもこの「皮むき間伐」を進めるプロジェクトを進めています!


今週末にもフィールドを見てきますので、また紹介しますね!


皆様も一度経験してみてくださいな!