橋爪 大三郎「はじめての構造主義」 | 書評ブログ

橋爪 大三郎「はじめての構造主義」

著者: 橋爪 大三郎
タイトル: はじめての構造主義

 

 構造主義ってなんだろうということで、入門書を探していたらこれがすごい勢いでこの本が目に飛び込んできたので、読んでみました。レヴィ・ストロースを中心に、構造主義とは何かを考えていく本、なかなか評判の良い入門書のようで、わかりやすかった。


 「近親相姦の禁忌」の話とかは、かなり面白くて、どうして世界的にタブー扱いされてきたかについての考察が書かれている。フェミニズムの立場からしたら許せないような考え方かもしれないけれど、ストロースによれば「親族は女性を交換するためにある」ということで、だから近親相姦は許されないのだそうだ。簡単に親族内の女性と交わらないことで彼女たちの価値を高め、他民族との物々交換的な発想で彼女たちを嫁がせ、地域の平和を保つみたいな感じらしい。


 あとは、ストロースの専売特許的な学説である「神話学」。主体と客体を離れて、神話の中から不変に保たれているものを見つけ出すことこそが、構造を見つけ出すことだと書いてある。抜粋すると「レヴィ・ストロースは、主体の思考(ひとりひとりが責任をもつ、理性的で自覚的な思考)の手の届かない彼方に、それを包む、集合的な思考(大勢の人びとをとらえる無自覚な思考)の領域が存在することを示した。それが神話である。」ということだそうで、なんとなく心理学や精神分析に近い感じがする。そう思ったら、レヴィ・ストロース自信が「構造主義の三人の愛人」と呼ぶ源泉を示していて、マルクス主義、地質学、それに精神分析がしっかり含まれていた。


 あと、感動的な話は「野生の思考」というやつ。これはすごい。ヨーロッパの現代数学が二千年かけて考え出してきた公式を、「未開」と呼ばれる原住民たちが自分たちの社会の営みのために、その公式を生活の中に昔から適用していたという話。こういう凄みのある事態がたまに世界各地の未開地域にはあるから、「野生の思考」の集合体のようなものである神話を無視することは出来ない、と話はつながっていく。


 先日、村上春樹の『海辺のカフカ』の主人公の主体性のなさについて書いたりしたけれど、考えてみたらこの構造主義の話を実践したような作品だったのかもしれない。勉強不足であんな感想文を書いてしまったということになるのかな、こちらとしては。いや、小説なんかは読者が感じたままでいいとは思う、いくら作家が勉強していても、読者に訴えかけてくる作品でなくては、彼らの試みは徒労に終わっていると言っていいんだと思うだけどな。

 

 ああ、あとラカンはやっぱり難解なんだなと。作者である橋爪大三郎も「彼の書くものは難解をきわめている。「エクリ」が主書だが、難しくて、何を言っているのかよくわからなかった。翻訳のせいもあるけれど、フランス人でも歯がたたないというんだから仕方がない」なんて言っているぐらいだし。ラカンの解説本も持っているけれど、あれ自体が難解だもんね。

 

 最後に、数日前の朝日新聞の天声人語にレヴィ・ストロース(96歳)の話がチョロリと出てたよ。久々に仏メディアに登場、今後の予定を問われ「そんなこと、聞くもんじゃないよ。私はもう現代社会の一員ではないのだから」と答えたそうです。