今は起きているのか寝ているのか?


もしかしたら、夢の中には別の世界が広がっていて、自分はそこで生きているのかも知れないと考えることがあります。すると、その世界が現実であり、その世界からみると今、見えている世界が夢の世界であって・・・


夢の中では、空高く飛べたり、一瞬で違う場所に移動したり、いろんなことができる。それを今いる現実世界の常識に照らし合わせると「ありえない」という一言で否定して片付けてしまうことになります。



だけど、空高く飛べたり、一瞬で違う場所に移動したりすることがありえないことと誰が決めたのだろうか?




数日前に信号待ちをしながら携帯電話を弄っている人をぼーっと眺めていたとき、ふとある考えが浮かびました。



いずれ携帯電話は必要なくなるだろう・・・



人と人が遠隔距離でコミュニケーションを取るのに、携帯を使わずに頭で考えるだけでそれが伝わるようなそんな時代が来るような気がしました。


テレパシーでコミュニケーションができるようになるということですが、実は誰もがそういう能力を持っていて、その能力を高めるきっかけがないだけのような気もしています。


だから、その能力は眠ってしまっていたり、とても僅かしかなくて気にとめることもないのでは?と思うのです。


ただ、少しだけでも存在するのであれば、何らかの機材を使うことで、その力を増幅させることもできるのではないかなと考えました。



ところで、電気の波は電波と表現しますが、少し前に読んだ本に、人が念じてそれが伝わっていく・・・その波を『念波』と表現しているものがありました。


その本によると念波は、念じていることをこの世の中に実現させると言います。それは自分の考えが人に伝わるどころではなくて、この世界を変えてしまうくらい強力なものということですよね。


この分野のお話は専門書にお任せするとして、夢の話に戻ります・・・



夢の中で見る世界が現実にあったとするとそれは未来の世界なのかも知れないなと思います。


『人は想像できることは創造できる』とよく聞きます。


では、夢の中で自由自在に空を飛べたり、一瞬で他の場所に移動したりする。想像できるからこそ夢の中で経験できるのではないでしょうか。ということは、それらのことは「創造できる」ということになります。




こどもの頃、21世紀にはどんなことが実現していると思う?と聞かれ、未来を思い描くことがありましたが、今のこども達はどんな質問を受けているのでしょうね。


22世紀はどんなことが実現していると思う?では、遠すぎるような気がするし、2050年はどうなっていると思う?では、数字での表現が、なんとなく今の延長で考えてしまいそうです。「21世紀」という言葉に慣れてしまっているからこう感じるのかも知れませんが。


逆に過去においても、19世紀末期に20世紀はどんな未来がやってくるかな?と、こども達は考えていたようですね。その頃に書かれた文章をどこかで見たことがあります。彼らの視点でみると、21世紀は遠すぎて、想像しようがなかったのかも知れません。



ときどき、こうやって未来を想像してみたり、過去を想像してみたり、異世界を想像してみたりすることで一人で楽しんでいます。