2003年春、テニスコーチとして再びコートに立つことになりました。
実はこのとき、以前からご縁のあった他のテニススクールからもお声がけいただき、
2つのテニススクールでコーチをやることになりました。
そのため、週6日、計21コマのレッスンを担当することになりました。
ただ、テニスコーチを再開してショックだったのは、ボールが見えくなっていたことです。
コンサルティングファームでの激務が祟ってか視力が半減していました。(0.6くらいだったかな)
そこで、人生初のメガネをかけることになりました。
オークレーのメガネだったかな?
ちょっとお洒落なメガネをかけたつもりだったのですが、みんなに「怪しいメガネ」と言われたものです。
その後、テニスコーチを続けるうちに目が慣れてきたのか、視力が回復してきました。
今では裸眼で両方とも1.0まで回復しましたよ。
テニスコーチを始めてみたものの、それほど稼ぎが良いわけではありません。
テニススクールを開校するには、それなりのお金がかかります。そんなお金はありませんでした。
ちなみに、テニスコートを一面作ると1,000万円はかかるようです。
むしろ、生活するためのお金にも困る状態で、失業保険と退職金で食いつなぐ日々です。
先行き不安の中、キャッシングのリボ払いの残高も増え続ける状態・・・
そんな中、素晴らしい出会いがありました。
現在、シャイニングの取締役で、筆頭講師でもある呉哲煥さんと出会いました。
前職を辞した翌月、初めて異業種交流勉強会というものに参加したのですが、
その交流勉強会を個人で運営していたのが呉さんでした。
呉さんは、DCT交流勉強会 の他にも複数の会を運営していました。
その交流会に何度か足を運ぶ中で、呉さんと語ることも多々ありました。
ある日、その交流会に常連で参加されているITベンチャー株式会社環 の社長の江尻さんと副社長の小坂さんからIT関連のコンサルティングサービスを新規で始めたいので、コンサルティングファームにいた僕に何らかの形で支援してもらうことはできないか、その可能性を探りたいので一度オフィスに来てくれないか、というオファーをいただきました。
会社訪問をして、ひとしきりサービスの話や会社の状況などをお伺いした後、
会議室の外に出ると、そこには、なぜか呉さんがいました。
呉さんは個人事業主として仕事をしていくにあたって、会計ソフトの購入について相談に来ていたとのことでした。環の小坂さんは、元銀行マンということもあり、会計に強いに違いないと思ったのかも知れません。
その場で呉さんと雑談をするなか、日本の教育についての話題になりました。
僕は学生時代を振り返って、よく思うことがあったのです。
小学校の頃、とにかく勉強が好きでした。
理科の実験や図画工作は特に大好きで、授業の1コマ45分が5分くらいに感じられるくらいに夢中になっていたのです。
ところが、中学に進学し、高校に進学する頃には、授業が退屈で、授業中に時計を何度も見ては、あと何分で終わるということばかり考えていたものでした。
その違いはなぜ生まれたのか?
理由はよく分かりませんが、受験というハードルがある為に暗記する量が増えていったからかも知れません。
そんなことを考えていたので、“智識を与える教育よりも智慧を習得する教育が必要である!”と呉さんに熱く語ったのでした。
すると、呉さんが「明日、教育関連の会社主催で、トレーディングゲームという教育ゲーム研修会をやるというので、行くことになっています。一緒に行きませんか?」言ってくれたのです。
手帳でスケジュールを確認すると、通常ならテニスレッスンがある日でしたが、
偶然、その日はテニススクールが休館日だったので、即答で、“行きます!”と答えたのでした。
これが、新しいキャリアを歩むキッカケになるとは、このときは夢にも思いませんでした。
