昨日、結弦くんのインタビュー後半が載ったスポーツ報知を購入して参りました。
一昨日は1軒目のコンビニでは売り切れていて2軒目で購入したのですが、そのことも念頭に置いて今度は別のコンビニに行くことにしました。
うちは駅に近いので、歩いて10分以内の範囲に10軒を超えるコンビニがあるんです。
で、1軒目。
報知は無し。中日とデイリーが1部ずつ。
スポニチとニッカンは複数部数ありましたが、その他のスポーツ紙はスカスカでした。
仕方ないのでそこからまた歩いて3分ほど離れた別のコンビニへ。
そこは、中日デイリー報知の3紙が1部ずつ。
スポニチとニッカンは複数部数。
一般紙も複数ありましたが、その他のスポ紙は見当たりません。
とりあえず報知があったので残っていた1部を購入したのですが、そこで私はちょっと変なことに気付きました。
なんというか、中日デイリー報知の3紙が、まるで最初から1部しか入っていなかったかのように乾燥でカサカサになっていたのです。
最初のコンビニの中日とデイリーもちょっとカサカサな感じでした。
ってことは、もしかしてここのコンビニ、この3紙については最初から1部しか仕入れてないのかも……。
そう思うと確認しないと気が済まないのが私という人間です。
歩いていける範囲のコンビニを回って、コンビニのスポ紙の部数をちょっと見てみることにしました。
すると、3軒めのコンビニもその3紙は1部しか置いていません。
4軒めも同じく1部ずつ、昨日無かった5軒めもこの日は1部ずつありました。
その後、前日購入したお店は駅に近いので報知が3部、残りの2紙も普通にあり、サンスポも2部ほどありました。
そういやサンスポほかの店で見なかったな。
っつーか東スポは?
このあたりで私は「特に大きいスポーツニュースがない日は、コンビニは仕入れ部数を減らしているんじゃないか?」ということに確信を持つようになりました。
残りのお店は駅や繁華街の近くなのでそれなりの部数がありましたが、昨日感じた
「スポーツ報知が売り切れてる~!結弦くん効果かしら~?」
という考えは、そもそも仕入れが少ないから誰かが一人購入しただけで売り切れになっていたに過ぎないというのが実情だったようです。
いや、その1部を購入した人が結弦くん目的で購入したのなら、確かに「羽生効果」はあったということなんですが、そもそも大きなニュースのない日には、ここまで仕入れが少ないんだなと、そっちの方にちょっと驚いてしまったんですよね。
歩いた10軒のうち5軒はセブン、ローソンが4軒、ニューデイズが1軒なので統計としては片寄っていますしあくまで私の推測に過ぎないんですが、それでも紙媒体の苦境というのは本当なんだなとちょっと実感する結果でした。
今まで、結弦くんの試合の後にはいつもウキウキと新聞を買いに行ったものですが、もう少しスタンドの中に新聞詰まっていましたよね。
まあ以前は、買いに行くとしたら土日か月曜の朝でしたから、そもそも平日のお昼頃なんてこんなもんだったのかもしれませんが、それにしてもスカスカの新聞ラックを見て何か淋しいものを感じてしまいました。
※本日、新聞の数はコンビニ側の判断ではなく、新聞社の判断だと教えていただきました。
つまり、売れないから仕入れないのではなく、売れないから送らないということのようです。
一般人には知り得ないことを教えていただき、有難うございました。
そうは言っても紙媒体は、本も雑誌も新聞もここのところずっと不況ですよね。
結弦くんに関するものは写真集もどんどん出てますから、あまりそうは感じないんですけど、やはりどこも売れ行きは良くないんでしょう。
先日フラリと本屋に立ち寄った際、週刊誌も手に取ってみたんですが、雑誌によってはなんだかすごく薄くなっているのもあって、ああどこも尻に火がついてるんだなあと感じました。
もちろん嘘ばっかり書いてる週刊誌には同情なんかしませんけどね
というか、ゲスな記事ばっかり載っている週刊誌を読んでいる人達って、やっぱりその雑誌と精神構造が似通っているんだと思うんですよ。
コンビニやクリニックにはまだ週刊誌を置いていたりしますが、そういった精神構造の人達を呼び込んでいるということに気付いて欲しいですね。
文句ばっかり言う質の悪い客が来るのは、そういう客が好みそうなものを置いているからじゃないですか?
そこに載っている広告も、運を呼ぶだの痩せられるだのとインチキ臭い広告ばかりです。
そういう世界と関わらないためにも、まともな客層を呼ぶためにも、ゲスな雑誌で客を呼んではいけないということです。
20年くらい前、文春専属のカメラマン、不肖・宮嶋が好きで「週刊文春」は結構読んでいましたが、あの頃の文春と今の文春は別物です。
最近は、不満を持つ人間たちのタレコミを主なニュースソースにしているため、事実かどうかなどの裏取りや取材すらしなくなっています。
腐敗の構造などに首を突っ込むより、どこかと繫がってお金をもらって提灯記事を書く方が楽で経費もかからないのでしょう。
そして結弦くんのような、羨望の眼で見られている人間を叩くことでゲスな人間たちから称賛を得られるなら、こんなチョロイ商売はないんでしょう。
知名度があって、ゲスな人間たちの嫉妬の対象になっていて、過激なファンを持つ結弦くんは本当にいい金儲けのタネなんだと思います。
昨日、めずらしく結弦くんがメディアに対しXで苦言を呈していました。
少し前にadoさんが自分に対する週刊誌の記事に「それは嘘」だとキッパリと言っていました。
その凛とした態度に勇気をもらったのかもしれませんが、嘘には嘘だと言っていいのです。
口さがない連中は「否定するのは痛いところを突かれたからだ」などと言うかもしれませんが、嘘は嘘なんです。
もしそこに「スケート関係者」と書いていたら、それは誰なのか追及したっていいと思います。
絶対にそんな関係者はいないんですから。
※ショーマがバカなことを言っていたのは悪手でしたけどね。
紙媒体の中にはいまだに昭和と同じことをやっているところが多々あります。
今の時代、ありもしないことを書いて誰かを傷つけたら、たとえそれが有名人であっても犯罪です。
羽生結弦という名前には公益性があるから結婚の話をスクープするのは問題ないという考えは古いのです。
公益性があるのは、犯罪や不貞や嘘などがあった場合です。
そうでない場合、どんなに有名な人間だとしてもプライベートは守られるべきなのです。
最近、女性誌の中には旧ジャニーズすら敵に回し、火のないところに諍いのタネをまいています。
嵐のファンがSnowManのファンに怒っている、的な煽り記事を書いていたのですが、その記事に対し嵐のファンが「どこにそんな意見があったんだ?見たことないけど」ときっちり訂正していました。
叩くことでファンを怒らせアクセス数を稼ぎたいだけなのは分かっていますが、誰も訂正しなければ事実と受け取る人が現れないとも限らないので、粛々と嘘は嘘だと訂正する必要はあります。
感情的にならず、ただ事実を突きつけるだけでいいのです。
追い払っても追い払っても、金になると思われたらしがみついてくる連中なので、まずアクセスしないのが一番いいのですが、嘘を喧伝されても困りますからね。
ああいった煽り記事の場合、記事がアップされた途端なぜか常に「そうだそうだ、悪いのはコイツだ」というような、過激なコメントが入ります。
大体一番最初のコメントはそういった煽りコメントです。
つまり、煽り記事を読んで嘘を信じて怒っているとかではなく、そのコメントで読んだ人をさらに感情的にさせるわけです。
つまり一般人がコメントをした体でマッチポンプをしてるわけです。
やれやれですね、本当にお疲れ様ですよ。
そういった人々に同じテンションで怒りをぶつけると、それが呼び水になってコメント欄が荒れます。
荒れるということはアクセス数も伸びるということなので、まんまと術中にはまってしまい逆効果です。
何度も書いてきたことですが、有名人のスキャンダルが好きなゲス人間は無数にいます。
それでも今は、たとえ酒の席であっても、嫌がる会社の女性に抱き付いたりしたら社長と言えど首が飛ぶ時代なんです。
人が嫌がることをしちゃいけません。
どんな有名人であってもプライベートは守られるべきです。
実際、大谷くんのプライベートを詮索するメディアはいません。
どうやらアメリカ球界では「大谷のプライベートは記事にしない」というルールが作られているようで、それを知らずにたまたま撮影した大谷くんのプライベートの写真を載せた海外メディアがバッシングを受けていました。
自分達が大谷くんのプライベート写真を我慢しているのに、何も知らないとはいえ外野がそれをSNSに上げるのはケシカランということでしょうか。
それに、そんなことを許してメディアが我も我もと追いかけたら、それがストレスになって競技に影響が出るかもしれません。
大金がかかった選手ですから、そんなことはあっていいはずがありません。
ルールを守って、より良いパフォーマンスをしてもらうことで取材もスムーズにいくようになるのがアスリートとメディアの関係です。
どこかがその輪を乱したら多くの媒体が迷惑をこうむるわけですから、余計な騒動を起こすメディアはメディア自身によって排除されてしかるべきだと思います。
昭和脳のオッサン達には今の時代に求められているものが理解できません。
今は、ハイエナのように個人のプライバシーを嗅ぎまわる記事などはウケません。
SNSがここまで発達した現在では、週刊誌よりSNSの方が即時性がありますし、週刊誌の書いた記事もネットでファクトチェックできる時代なのです。
下賤な記事ばかりを乗せているのでは経済的に立ち行かなくなるのも仕方ありません。
あの文春ともあろうものが、今では寄付を求める体たらくです。
取材費が足りないと訴えていますが、嘘ばかり載せてお金を出して買いたいと思うような記事が無いのが売れない原因です。
しっかりした取材もせず、裏取りもせず、どこかから依頼のあった提灯記事を書いて世論を誘導したような気になっている。
そんな雑誌は淘汰されて当然です。
最近は吉本にも旧ジャニーズにもケンカを売っていますが、訴えられて損害賠償を払ったところでせいぜい300万くらいの賠償金です。
それよりその法廷闘争を記事にして第2弾第3弾の記事にした方が儲かるんでしょう。
なのであえて過激な文章にして相手を法廷に引っ張り出したいわけです。
方法としてはもう末期ですよね。
嘘は嘘。
もう、今の文春はかつての文春ではないんです。
一般新聞の中にも数紙廃刊危機が噂されているようですし、紙媒体の生き残りはかなり厳しいものがあります。
そんな中、私たちが心に留めておくべきは、取材対象にリスペクトはあるか、犯罪を追い求める正義はあるか、深い洞察と人間に対する愛情があるかといったところです。
このデジタルの時代、そこを無くしては紙媒体に明日はないのです。
一生懸命努力している人を叩いて小銭を稼ぐより、公金をちょろまかしている巨悪に挑んで存在を見せつけて欲しいものですが、まあ、消えていく運命なんでしょうね。
だからといってこれ以上好き勝手するとバチがあたりますからね。
知りませんよ。
以上