フィギュア界には「チートジャンプ」と呼ばれているものがあります。
「チート」とは「イカサマ」とか「不正」という意味がありますので、チートジャンプはつまり「イカサマジャンプ」という意味です。
「イカサマジャンプ」と言ってしまうと明らかな不正を働いているように聞こえてしまいますが、私もしばらく調べていくうちに、この場合ほとんどは 「良くないジャンプ」のことをさしているのであって、「チートジャンプ」イコール「ズルイジャンプ」ではないということが理解できてきました。
そこには拙い技術があるだけなんです。
何度も書いてきたことですが、問題は拙いジャンプは本来GOEで差をつけられるべきなのに全く差をつけられず、それどころかそんなジャンプにプラスをいっぱいつけてしまう ジャッジがいるというのが「ズルイジャンプ」と呼ばれるようになった原因です。
駄目な技術には低い点をつければ、選手は高い点をもらおうと欠点を改善する方に努力します。
でも、ノーグッドなジャンプにベリーグッドな点数がつけられたら、選手はこれでいいんだと理解し、良い技術を身につけるための努力をしなくなりま す。
選手が良い演技をするように、点数によって選手を導かなければいけないのに、良くない演技にも高い点をつけるため、選手がどんどん悪い方に向かって流れていっている。
そこが現在起きている問題の根幹です。
良い技術を追い求めるためにあるはずの判定基準が全く機能していないのです。
自分に高い理想を課し、その姿を体現しようと努力をするのが芸術とスポーツの融合であるフィギュアの正しい姿だと思うのですが、現実にはそこまでの高みを目指そうとしている選手は数えるほどです。
なぜなら、そんなことをしなくても評価され、高い点数をもらえるからです。
でも、そういう選手とコーチを育ててしまったのはルールの運用の問題なので、私達がすべきは選手個人への攻撃ではなく
「きっちり区別しろや!ゴルァ!」
と 運営側にこそ文句を言うべきなのです。
あるいはフィギュアの理想を忘れ「ジャッジはそんなところを見ていないんだからやらなくてもいい」と指導する指導者にこそ文句を言うべきです。
技術のまずい選手がいたとして、それを許している環境に罪があるわけです。
もちろんISUもジャッジの教育をしているわけですが、内容は
「え?今頃そんなこと言ってるの?」
的な、当然のことばかりだったじゃないですか。
あれではジャッジの劇的な改善は望めないですよね?
じゃあ、チートと呼ばれるジャンプ技術にはどういうものがあるのでしょうか。
それはなぜダメなのでしょうか。
2年ほど前「プレロテとフルブレード」という記事でも多少書いたのですが、その当時はまだ気付かなかったことも色々ありますので、今回また少し色々私が理解していることをまとめてみようと思います。
あくまでスケート未経験者が頭で理解しているだけの内容です。
間違っていることも多々あると思いますので、ひとつの参考意見として呼んでいただければと思います。
◆プレローテーション
俗に「プレロテ」と呼ばれるものです。
回転する為には、その回転を生み出すための力をどこかで作らなければいけません。
そのための準備(プレ)回転(ローテーション)が通称「プレロテです。
ただ、嘆かわしいことに、
「跳びあがってから回転する為には離氷する前に回転する力を作り出す必要がある」
という理論を全く理解せず、自分が嫌いな選手を叩くための口実に使っている人が多いのがこの言葉でもあります。
この言葉はあくまで「その状況」を指す言葉であり、本来ミスを指す言葉ではないのです。
プレロテを全くしないジャンプは無いと私は思っています。
ただ、程度問題があるのみです。
トゥジャンプとエッジジャンプではエッジジャンプのほうがジャンプの性質としてプレロテは多くなります。
じゃあ、適切なプレロテと回りすぎのプレロテの基準がどこにあるのかということになると、これは大変難しいと思うのです。
なぜなら、その選手の体重や回転スピードによって、適切な準備回転の距離は変わってくるはずだからです。
ジャンプの高さがないから早く回ろうとしたとき、その勢いをつけるために少し長いプレロテをしてしまうかもしれません。
身体が重い選手は浮き上がるのに少し距離を必要とするかもしれません。
適正な距離なんて人によって違うのです。
でも、無限に準備回転をしていていいはずはありません。
そこは絶対に、ある程度の制限が設けられてしかるべきなのです。
またエッジジャンプとトゥジャンプでは必要とされるプレローテーションの距離が違います。
そこでトゥジャンプは1/4回転、エッジジャンプは1/2回転程度がおおよその許される基準として認識されているのだと思います。
ガイドブックにも、後ろ向き踏切りのジャンプが前むきになったらダメよとありますので、大体1/2までが許容される範囲と考えていいのでしょう。
でも、じゃあそれを越したらエラーかというとそんなことはないんです。
「良くない」だけでエラーじゃないのです。
その基準の距離を超えたとしても、それでクリーンに跳べたなら、それはジャンプとして認められるのです。
ただ、私もずっと言ってきたことですが、ダメじゃないけど良くもないという演技にはGOEで差はつけるべきです。
少ない準備動作で跳ぶ選手がいる以上、そうじゃない選手にはGOEで差をつけて、もっと良い技術を身につけるように促さなければいけないはずなのですが、それができていないから不満が巻き起こるのです。
体型や重心に合った適切なスピード、適切なタイミング、適切な姿勢で、できるだけ少ない距離で跳び上がれるよう指導するのが指導者のはずですが、そんなことは簡単に出来ないんでしょう。
だって、その感覚は本人だけにしかわからないものなので、コーチですら「なぜ跳べないのか分からない」ことが多々あるはずなんですから(笑)
とりあえず跳べれば良しとするしかないんでしょう。
どんな形であれ、跳べないよりは跳べた方がいいんでしょうから。
それを、グッドなジャンプかノーグッドなジャンプかを区分けするのはジャッジですが、そこに問題があるからいつまでたってもこの問題は続くのです。
離氷の前に大きく回転して跳び上がると、当然着氷まで空中で回る回転は少なくてすみます。
結弦くんは「下で回る」と上手いことを言っていましたが、きっと選手たちの間でも「下で回る」という言葉は使われているのではないでしょうか。
そんなジャンプを加点つきで評価していくと、正しいジャンプを跳ぶ選手から不満の声が出るのは当然です。
最近では、減点されないことが分かってきたため、コーチたちですら跳び上がる前に半回転以上のプレロテを推奨しているようですが、そういった指導はもしルールが変わったら絶対に改善できなくなる大変危険な指導です。
エッジエラーが大きな問題ではなかった時代に、そこを中途半端にして育ってきた選手はエッジエラーが厳しくなってからはトップから陥落することになりました。
ついた癖は治りません。
そこは例え選手が嫌がっても、正しい技術を学ぶ意義も含めて教えて欲しいと思います。
◆フルブレード
プレロテとセットになって問題とされるのがこの「フルブレード」です。
フルブレードとは何かというと、トゥジャンプを跳び上がるとき、トゥではなくエッジ全体で押して跳び上がることをいいます。
トゥジャンプとは「トゥループ」「フリップ」「ルッツ」の3種類ですが、トゥループはそれほどフルブレになっていないように思います。
良くあるとしたら「ルッツ」と「フリップ」です。
トゥループは左足を突いて左に回転しますが、フリップとルッツは右足を突いて左に回ります。
トゥループは、左足のつま先を出来るだけ開いて、90度くらい横を向くように氷を突き、そのままグリンとトゥをひねれば、突いた時点で体は大きく回ってしまったりします。
それだけで腰は回り、ある程度回転を稼げてしまうので、これはプレロテで問題とすべき案件です。
それに対し、フリップとルッツは右足でトゥを突くので、どちらかというと腰は右が後ろに動き、左への回転を稼ぐことが出来ません。
なので右足を突いた時点では大体体は前を向いているはずです。
でも、そこから跳びあがったのでは回りきれない選手は、右足を突いて上に跳び上がろうとするより前に、左肩を回転させて後ろに跳ぼうとしてしまいます。
踏切り足は左であるはずなのに、跳び上がる時すでに右足に重心が乗っているのです。
上ではなく後ろに意識を向けるため、トゥを突いた時点で右足はストンと落ちてエッジが氷についてしまうのは、意識が上ではなく後ろにあるためです。
選手の中にはその状態でエッジを押すようにして跳び上がる選手もいるため
「エッジ全体で跳びあがっている!ズルイ!」
となるわけですが(私も最初はそう思っていました)でも、最近になって、ズルイというよりもむしろフルブレードだからこそ高さが出ないんじゃないかと思うようになったのです。
人間誰でも、ジャンプする際はつま先が下を向きます。
かかとで跳び上がる人はいないんです。
エッジで跳び上がるからあれはループだという人もいますが、エッジジャンプのループはトゥジャンプより高さは出ませんよね?
なので、プレロテとフルブレードはセットで「跳べない選手が何とか跳ぼうとしているけれど、結局高さを犠牲にしている拙いジャンプ」ということになっているのではないでしょうか。
◆ハンマーキック(ハンマーレッグ)
ハンマーキックとは何かと言うと、ルッツフリップの時、右足を曲げて振り上げ、叩きつけるように振り下ろす足をいいます。
私は、結弦くんのファンになった頃、フィギュアファンの方々のブログやら何やらを読みまくったのですが、当時女子選手のハンマーキックに苦言を呈している人が結構いたんですよ。
でも、突く足を曲げていたってそれで跳べるならそれでいいじゃんと、その当時の私は思っていたわけです。
まあ、書いてる人がただのアンチっぽく見えたというのもありました。
見た目が悪くみっともないという論調でしたから。
ところが、ジャンプの原理を知ってくると、ハンマーキックではトゥジャンプの跳び上る力を生み出しにくいということがわかってきました。
ルッツなどの前姿勢を見ると、多くの選手が跳び上る前は右足をピンと伸ばし、上半身を前に倒して足から頭まで真っ直ぐになるようにしていますよね?
つまり、身体を一本の棒のようにして、トゥをついた力で身体を起こして跳び上るのです。
でもハンマーキックでは膝が曲がっています。
これでは、トゥをついた力を上手く身体を持ち上げる力に変えることができないのです。
突いたトゥによって生み出された力が、曲げた膝で緩和されてしまうからです。
じゃあ、膝を曲げている選手はどうやって跳び上るのかというと、トゥをひねってフルブレードで跳んでいるのではないでしょうか。
これも、真っ直ぐトゥを突いた方が高く跳べるのではないか?と思うわけですが、ハンマーキックもまたフルブレやプレロテと同じ、ズルイジャンプというよりは「稚拙なジャンプ」の部類に入るのです。
見てくれが良くないから直した方がいい、ではなく、ジャンプとして十分にエネルギーを使えないから直した方がいい、なのだと思います。
◆フラットエッジ
フラットエッジとはルッツ・フリップの時に、エッジが真っ直ぐに立ってしまうことを指します。
ルッツはアウトエッジ、フリップはインエッジに乗るのが正しい跳び方ですが、跳び上る瞬間にインでもアウトでもなく真っ直ぐになってしまうのです。
元々フリップはインエッジをフラットに戻しつつ跳び上るのでエッジエラーもつきやすいそうですが、完全にフラットになってしまったらエラーになるわけです。
ただ、フルブレードでガッツリインに倒して跳ぶ選手は、総じてルッツが苦手です。
そして、ルッツを構成から外すことでバリエーションが少なくなり、高い点数がつかなかったりリカバリに苦労するようになったりするわけです。
かつては明らかなエッジエラーの時は減点で、フラットの場合はGOEでの処理だったと記憶してるのですが、今はフラットの時も基礎点が減ります。
でも、だからといってエッジの怪しいジャンプを構成から外すと、今度は「スケーティングに瑕疵あり」として、PCSにも響くかもしれません。
ルッツ・フリップのエッジエラーに関しては、10年くらいかけて徐々に厳しくなっているわけです。
こうやって書き出していくと、良くない技術は大体「ちゃんと跳べない」技術だということがわかってきます。
そして、そういう技術は連動しているので、どれかひとつを直せば良くなるものでもないようです。
じゃあみんな最初から正しい技術で跳べばいいじゃん、と普通は思うわけですが、それがなかなかできないから間違っていても良しとしてしまうのでしょう。
一番正しい基本は、結弦くんが子供の頃からやっていた「肩と腰は水平に。体の軸は真っ直ぐに」なのです。
その形で跳び上がれば、人間の体は一本の棒のようになって回転します。
それがエネルギー損失の少ない効率の良い跳びかたなのです。
バトン爺は「雑巾を絞るようなジャンプ」と言っていましたが、跳ぶ前から体をねじっているということは、軸も真っ直ぐではないということです。
さらに、跳んでいる最中にも軸の形は変わるため、回転エネルギーをうまく利用できていないということでもあります。
ズルをしてるというより、上手く跳べていないのです。
本来まっすぐな姿勢で跳び上がるべきところをねじりながら跳ぶのですから、回転エネルギーを無駄にしているのです。
本来ならこういった部分はGOEで処理されるべきと私も何度も書いてきたわけですが、それはある意味、ジャッジの裁量と背景で変わることでもありますので、こういった部分もエッジエラーと同じように、最初から係数をかけて基礎点から引くようにした方がいいのかもしれません。
エッジがちょっとフラットになっただけで点数が引かれるのに、下で半周以上回ってもGOEがプラスになるのは明らかにおかしいですからね。
それでしか跳べないという選手も、ズルイと叩かれるより少し少ない点数になった方がサバサバしていいんじゃないでしょうか(笑)
でもきっと、エラーがついて係数で引かれようになったら、ジャッジの皆さんGOEでも引くようになるんだと思いますよ(笑)
間違っていると点数で明確になってもプラスをつけ続けられるほど、ジャッジも図々しくはないんです。
自分だけが他のジャッジと違う点数をつけて目立つのは嫌なんですから(笑)
下回りジャンプをエッジエラーのように係数で一律に引くのが一番簡単な変更ですが、こういったルール改正についてはまず絶対無理だと私は思っています。
アメリカ、ロシア、日本という、フィギュア界で影響力のある国全てに、メダルを狙える下回りジャンパーが複数いるからです。
じゃあAIを導入するか?となると、私はもっと絶望的だと思っています。
なぜなら、AIに判断させるためには「良いジャンプ」と「悪いジャンプ」そして「グレーのジャンプ」をAIに教える必要があります。
ということは、今現在「OK」になっているジャンプは全て「OK」だと教え込まれる可能性の方が高いのです。
ファンがおかしいと思うジャンプに、ジャッジはプラスの評価をつけています。
それはそのまま「成功ジャンプ」としてAIに入力され、その後、AIはそのジャンプを「OK」と判断するわけです。
AIにデータを入力し育てるのは人間だということを考えれば、正しいジャンプだけを「OK」とする、その「正しい」部分が怪しくなるのです。
でも、だからと言って教本通りのジャンプだけを「成功ジャンプ」と覚え込ませたら、ほとんどすべての選手にエラーが出てしまいます。
そうなると、私個人の考えでは、やはり体操などで導入されている3Dセンシングが一番実用的なのかな?と思っています。
人間の動きを線画にして可視化してくれるので、ジャッジの判断のサポートに適していると思うからです。
AIの得意分野は、一度データのインプットがされてしまうと、例え100人が同時にジャンプを跳んでも、瞬時に種類から良し悪しまで判断できるというところだと思います。
でも、そのインプットされる情報が、ファンと連盟の判断に開きがあったら、結局はAIはジャッジと同じ判断を下すようになるのです。
改善できる点があるとしたら「間違わない」「判断にブレがない」という点でしょうか。
そして、決定的な問題があるとしたら「AIが判断したものに文句はつけられなくなる」ということです。
難しいですよね?
今、一番の問題は
「ルールが求める方向にジャッジが動いていない」
ということです。
それだけです。
ジャッジの能力を超えているのならそこを改善すべきです。
というか、私はそれが最も大きな問題だと思っています。
正しい技術が衰退する前に、スケート連盟には動いて欲しいですね。
以上
「チート」とは「イカサマ」とか「不正」という意味がありますので、チートジャンプはつまり「イカサマジャンプ」という意味です。
「イカサマジャンプ」と言ってしまうと明らかな不正を働いているように聞こえてしまいますが、私もしばらく調べていくうちに、この場合ほとんどは 「良くないジャンプ」のことをさしているのであって、「チートジャンプ」イコール「ズルイジャンプ」ではないということが理解できてきました。
そこには拙い技術があるだけなんです。
何度も書いてきたことですが、問題は拙いジャンプは本来GOEで差をつけられるべきなのに全く差をつけられず、それどころかそんなジャンプにプラスをいっぱいつけてしまう ジャッジがいるというのが「ズルイジャンプ」と呼ばれるようになった原因です。
駄目な技術には低い点をつければ、選手は高い点をもらおうと欠点を改善する方に努力します。
でも、ノーグッドなジャンプにベリーグッドな点数がつけられたら、選手はこれでいいんだと理解し、良い技術を身につけるための努力をしなくなりま す。
選手が良い演技をするように、点数によって選手を導かなければいけないのに、良くない演技にも高い点をつけるため、選手がどんどん悪い方に向かって流れていっている。
そこが現在起きている問題の根幹です。
良い技術を追い求めるためにあるはずの判定基準が全く機能していないのです。
自分に高い理想を課し、その姿を体現しようと努力をするのが芸術とスポーツの融合であるフィギュアの正しい姿だと思うのですが、現実にはそこまでの高みを目指そうとしている選手は数えるほどです。
なぜなら、そんなことをしなくても評価され、高い点数をもらえるからです。
でも、そういう選手とコーチを育ててしまったのはルールの運用の問題なので、私達がすべきは選手個人への攻撃ではなく
「きっちり区別しろや!ゴルァ!」
と 運営側にこそ文句を言うべきなのです。
あるいはフィギュアの理想を忘れ「ジャッジはそんなところを見ていないんだからやらなくてもいい」と指導する指導者にこそ文句を言うべきです。
技術のまずい選手がいたとして、それを許している環境に罪があるわけです。
もちろんISUもジャッジの教育をしているわけですが、内容は
「え?今頃そんなこと言ってるの?」
的な、当然のことばかりだったじゃないですか。
あれではジャッジの劇的な改善は望めないですよね?
じゃあ、チートと呼ばれるジャンプ技術にはどういうものがあるのでしょうか。
それはなぜダメなのでしょうか。
2年ほど前「プレロテとフルブレード」という記事でも多少書いたのですが、その当時はまだ気付かなかったことも色々ありますので、今回また少し色々私が理解していることをまとめてみようと思います。
あくまでスケート未経験者が頭で理解しているだけの内容です。
間違っていることも多々あると思いますので、ひとつの参考意見として呼んでいただければと思います。
◆プレローテーション
俗に「プレロテ」と呼ばれるものです。
回転する為には、その回転を生み出すための力をどこかで作らなければいけません。
そのための準備(プレ)回転(ローテーション)が通称「プレロテです。
ただ、嘆かわしいことに、
「跳びあがってから回転する為には離氷する前に回転する力を作り出す必要がある」
という理論を全く理解せず、自分が嫌いな選手を叩くための口実に使っている人が多いのがこの言葉でもあります。
この言葉はあくまで「その状況」を指す言葉であり、本来ミスを指す言葉ではないのです。
プレロテを全くしないジャンプは無いと私は思っています。
ただ、程度問題があるのみです。
トゥジャンプとエッジジャンプではエッジジャンプのほうがジャンプの性質としてプレロテは多くなります。
じゃあ、適切なプレロテと回りすぎのプレロテの基準がどこにあるのかということになると、これは大変難しいと思うのです。
なぜなら、その選手の体重や回転スピードによって、適切な準備回転の距離は変わってくるはずだからです。
ジャンプの高さがないから早く回ろうとしたとき、その勢いをつけるために少し長いプレロテをしてしまうかもしれません。
身体が重い選手は浮き上がるのに少し距離を必要とするかもしれません。
適正な距離なんて人によって違うのです。
でも、無限に準備回転をしていていいはずはありません。
そこは絶対に、ある程度の制限が設けられてしかるべきなのです。
またエッジジャンプとトゥジャンプでは必要とされるプレローテーションの距離が違います。
そこでトゥジャンプは1/4回転、エッジジャンプは1/2回転程度がおおよその許される基準として認識されているのだと思います。
ガイドブックにも、後ろ向き踏切りのジャンプが前むきになったらダメよとありますので、大体1/2までが許容される範囲と考えていいのでしょう。
でも、じゃあそれを越したらエラーかというとそんなことはないんです。
「良くない」だけでエラーじゃないのです。
その基準の距離を超えたとしても、それでクリーンに跳べたなら、それはジャンプとして認められるのです。
ただ、私もずっと言ってきたことですが、ダメじゃないけど良くもないという演技にはGOEで差はつけるべきです。
少ない準備動作で跳ぶ選手がいる以上、そうじゃない選手にはGOEで差をつけて、もっと良い技術を身につけるように促さなければいけないはずなのですが、それができていないから不満が巻き起こるのです。
体型や重心に合った適切なスピード、適切なタイミング、適切な姿勢で、できるだけ少ない距離で跳び上がれるよう指導するのが指導者のはずですが、そんなことは簡単に出来ないんでしょう。
だって、その感覚は本人だけにしかわからないものなので、コーチですら「なぜ跳べないのか分からない」ことが多々あるはずなんですから(笑)
とりあえず跳べれば良しとするしかないんでしょう。
どんな形であれ、跳べないよりは跳べた方がいいんでしょうから。
それを、グッドなジャンプかノーグッドなジャンプかを区分けするのはジャッジですが、そこに問題があるからいつまでたってもこの問題は続くのです。
離氷の前に大きく回転して跳び上がると、当然着氷まで空中で回る回転は少なくてすみます。
結弦くんは「下で回る」と上手いことを言っていましたが、きっと選手たちの間でも「下で回る」という言葉は使われているのではないでしょうか。
そんなジャンプを加点つきで評価していくと、正しいジャンプを跳ぶ選手から不満の声が出るのは当然です。
最近では、減点されないことが分かってきたため、コーチたちですら跳び上がる前に半回転以上のプレロテを推奨しているようですが、そういった指導はもしルールが変わったら絶対に改善できなくなる大変危険な指導です。
エッジエラーが大きな問題ではなかった時代に、そこを中途半端にして育ってきた選手はエッジエラーが厳しくなってからはトップから陥落することになりました。
ついた癖は治りません。
そこは例え選手が嫌がっても、正しい技術を学ぶ意義も含めて教えて欲しいと思います。
◆フルブレード
プレロテとセットになって問題とされるのがこの「フルブレード」です。
フルブレードとは何かというと、トゥジャンプを跳び上がるとき、トゥではなくエッジ全体で押して跳び上がることをいいます。
トゥジャンプとは「トゥループ」「フリップ」「ルッツ」の3種類ですが、トゥループはそれほどフルブレになっていないように思います。
良くあるとしたら「ルッツ」と「フリップ」です。
トゥループは左足を突いて左に回転しますが、フリップとルッツは右足を突いて左に回ります。
トゥループは、左足のつま先を出来るだけ開いて、90度くらい横を向くように氷を突き、そのままグリンとトゥをひねれば、突いた時点で体は大きく回ってしまったりします。
それだけで腰は回り、ある程度回転を稼げてしまうので、これはプレロテで問題とすべき案件です。
それに対し、フリップとルッツは右足でトゥを突くので、どちらかというと腰は右が後ろに動き、左への回転を稼ぐことが出来ません。
なので右足を突いた時点では大体体は前を向いているはずです。
でも、そこから跳びあがったのでは回りきれない選手は、右足を突いて上に跳び上がろうとするより前に、左肩を回転させて後ろに跳ぼうとしてしまいます。
踏切り足は左であるはずなのに、跳び上がる時すでに右足に重心が乗っているのです。
上ではなく後ろに意識を向けるため、トゥを突いた時点で右足はストンと落ちてエッジが氷についてしまうのは、意識が上ではなく後ろにあるためです。
選手の中にはその状態でエッジを押すようにして跳び上がる選手もいるため
「エッジ全体で跳びあがっている!ズルイ!」
となるわけですが(私も最初はそう思っていました)でも、最近になって、ズルイというよりもむしろフルブレードだからこそ高さが出ないんじゃないかと思うようになったのです。
人間誰でも、ジャンプする際はつま先が下を向きます。
かかとで跳び上がる人はいないんです。
エッジで跳び上がるからあれはループだという人もいますが、エッジジャンプのループはトゥジャンプより高さは出ませんよね?
なので、プレロテとフルブレードはセットで「跳べない選手が何とか跳ぼうとしているけれど、結局高さを犠牲にしている拙いジャンプ」ということになっているのではないでしょうか。
◆ハンマーキック(ハンマーレッグ)
ハンマーキックとは何かと言うと、ルッツフリップの時、右足を曲げて振り上げ、叩きつけるように振り下ろす足をいいます。
私は、結弦くんのファンになった頃、フィギュアファンの方々のブログやら何やらを読みまくったのですが、当時女子選手のハンマーキックに苦言を呈している人が結構いたんですよ。
でも、突く足を曲げていたってそれで跳べるならそれでいいじゃんと、その当時の私は思っていたわけです。
まあ、書いてる人がただのアンチっぽく見えたというのもありました。
見た目が悪くみっともないという論調でしたから。
ところが、ジャンプの原理を知ってくると、ハンマーキックではトゥジャンプの跳び上る力を生み出しにくいということがわかってきました。
ルッツなどの前姿勢を見ると、多くの選手が跳び上る前は右足をピンと伸ばし、上半身を前に倒して足から頭まで真っ直ぐになるようにしていますよね?
つまり、身体を一本の棒のようにして、トゥをついた力で身体を起こして跳び上るのです。
でもハンマーキックでは膝が曲がっています。
これでは、トゥをついた力を上手く身体を持ち上げる力に変えることができないのです。
突いたトゥによって生み出された力が、曲げた膝で緩和されてしまうからです。
じゃあ、膝を曲げている選手はどうやって跳び上るのかというと、トゥをひねってフルブレードで跳んでいるのではないでしょうか。
これも、真っ直ぐトゥを突いた方が高く跳べるのではないか?と思うわけですが、ハンマーキックもまたフルブレやプレロテと同じ、ズルイジャンプというよりは「稚拙なジャンプ」の部類に入るのです。
見てくれが良くないから直した方がいい、ではなく、ジャンプとして十分にエネルギーを使えないから直した方がいい、なのだと思います。
◆フラットエッジ
フラットエッジとはルッツ・フリップの時に、エッジが真っ直ぐに立ってしまうことを指します。
ルッツはアウトエッジ、フリップはインエッジに乗るのが正しい跳び方ですが、跳び上る瞬間にインでもアウトでもなく真っ直ぐになってしまうのです。
元々フリップはインエッジをフラットに戻しつつ跳び上るのでエッジエラーもつきやすいそうですが、完全にフラットになってしまったらエラーになるわけです。
ただ、フルブレードでガッツリインに倒して跳ぶ選手は、総じてルッツが苦手です。
そして、ルッツを構成から外すことでバリエーションが少なくなり、高い点数がつかなかったりリカバリに苦労するようになったりするわけです。
かつては明らかなエッジエラーの時は減点で、フラットの場合はGOEでの処理だったと記憶してるのですが、今はフラットの時も基礎点が減ります。
でも、だからといってエッジの怪しいジャンプを構成から外すと、今度は「スケーティングに瑕疵あり」として、PCSにも響くかもしれません。
ルッツ・フリップのエッジエラーに関しては、10年くらいかけて徐々に厳しくなっているわけです。
こうやって書き出していくと、良くない技術は大体「ちゃんと跳べない」技術だということがわかってきます。
そして、そういう技術は連動しているので、どれかひとつを直せば良くなるものでもないようです。
じゃあみんな最初から正しい技術で跳べばいいじゃん、と普通は思うわけですが、それがなかなかできないから間違っていても良しとしてしまうのでしょう。
一番正しい基本は、結弦くんが子供の頃からやっていた「肩と腰は水平に。体の軸は真っ直ぐに」なのです。
その形で跳び上がれば、人間の体は一本の棒のようになって回転します。
それがエネルギー損失の少ない効率の良い跳びかたなのです。
バトン爺は「雑巾を絞るようなジャンプ」と言っていましたが、跳ぶ前から体をねじっているということは、軸も真っ直ぐではないということです。
さらに、跳んでいる最中にも軸の形は変わるため、回転エネルギーをうまく利用できていないということでもあります。
ズルをしてるというより、上手く跳べていないのです。
本来まっすぐな姿勢で跳び上がるべきところをねじりながら跳ぶのですから、回転エネルギーを無駄にしているのです。
本来ならこういった部分はGOEで処理されるべきと私も何度も書いてきたわけですが、それはある意味、ジャッジの裁量と背景で変わることでもありますので、こういった部分もエッジエラーと同じように、最初から係数をかけて基礎点から引くようにした方がいいのかもしれません。
エッジがちょっとフラットになっただけで点数が引かれるのに、下で半周以上回ってもGOEがプラスになるのは明らかにおかしいですからね。
それでしか跳べないという選手も、ズルイと叩かれるより少し少ない点数になった方がサバサバしていいんじゃないでしょうか(笑)
でもきっと、エラーがついて係数で引かれようになったら、ジャッジの皆さんGOEでも引くようになるんだと思いますよ(笑)
間違っていると点数で明確になってもプラスをつけ続けられるほど、ジャッジも図々しくはないんです。
自分だけが他のジャッジと違う点数をつけて目立つのは嫌なんですから(笑)
下回りジャンプをエッジエラーのように係数で一律に引くのが一番簡単な変更ですが、こういったルール改正についてはまず絶対無理だと私は思っています。
アメリカ、ロシア、日本という、フィギュア界で影響力のある国全てに、メダルを狙える下回りジャンパーが複数いるからです。
じゃあAIを導入するか?となると、私はもっと絶望的だと思っています。
なぜなら、AIに判断させるためには「良いジャンプ」と「悪いジャンプ」そして「グレーのジャンプ」をAIに教える必要があります。
ということは、今現在「OK」になっているジャンプは全て「OK」だと教え込まれる可能性の方が高いのです。
ファンがおかしいと思うジャンプに、ジャッジはプラスの評価をつけています。
それはそのまま「成功ジャンプ」としてAIに入力され、その後、AIはそのジャンプを「OK」と判断するわけです。
AIにデータを入力し育てるのは人間だということを考えれば、正しいジャンプだけを「OK」とする、その「正しい」部分が怪しくなるのです。
でも、だからと言って教本通りのジャンプだけを「成功ジャンプ」と覚え込ませたら、ほとんどすべての選手にエラーが出てしまいます。
そうなると、私個人の考えでは、やはり体操などで導入されている3Dセンシングが一番実用的なのかな?と思っています。
人間の動きを線画にして可視化してくれるので、ジャッジの判断のサポートに適していると思うからです。
AIの得意分野は、一度データのインプットがされてしまうと、例え100人が同時にジャンプを跳んでも、瞬時に種類から良し悪しまで判断できるというところだと思います。
でも、そのインプットされる情報が、ファンと連盟の判断に開きがあったら、結局はAIはジャッジと同じ判断を下すようになるのです。
改善できる点があるとしたら「間違わない」「判断にブレがない」という点でしょうか。
そして、決定的な問題があるとしたら「AIが判断したものに文句はつけられなくなる」ということです。
難しいですよね?
今、一番の問題は
「ルールが求める方向にジャッジが動いていない」
ということです。
それだけです。
ジャッジの能力を超えているのならそこを改善すべきです。
というか、私はそれが最も大きな問題だと思っています。
正しい技術が衰退する前に、スケート連盟には動いて欲しいですね。
以上