私は以前からずっと、結弦くんは何で両腋を少し広げて跳ぶのかな?と不思議に思っていました。

ネイサンなどは、腕を体に巻き付けるようにして大変細い軸を作り出し、早い回転数を生み出します。

軸は、細く真っ直ぐであればあるほど、早く綺麗に跳べるはずです。
なので、ネイサンのような腕の使い方をしたら、結弦くんは5回転だって跳べるんじゃない?と、私はそう考えていたのです。


でも、その考えはすぐに消えました。

そうでした。
結弦くんは幅跳び型と呼ばれる、フロージャンプ系の選手でした。

高跳び型の選手とは違う跳び方をしないといけないのでした。



ジャンプについて理解する際、少し「遠心力」について理解する必要があると思います。

私は、運動力学などの専門家ではありませんし、フィギュアの経験者でもありません。
なので、あくまでイメージとして読んで欲しいのですが、それでもイメージすることで何がどう作用してあの動きができるのか、ほんの少しわかってくることがあると思うのです。






洗濯機の中の洗濯物が片寄っていると、脱水機は大きくブレて、酷い場合は停止します。

つまり、重心が真ん中からズレ、綺麗な円運動をしなくなるのです。
真ん丸だった回転軸が楕円になるイメージです。



フィギュアのジャンプに例えると、女子は胸が大きくなるとバランスが取りにくくなります。

回転するコマのどこかに粘土をつけると、回してもすぐに止まってしまうのと同じ原理で、軸がブレるのです。

なので、女の子は成長期になって体型が変わると以前跳べていた方法では跳べなくなり、修正を試みても、時としてジャンプを取り戻すことができないまま現役を終えることになります。



同じ理由で、足が曲がっていたり、足が広がっていても軸はブレます。

膝が曲がっている選手のジャンプは、だいたい跳んでいる最中に軸がブレます。

これは回っている時に脱水機が揺れるのと同じで、重心が身体の中心からズレ、綺麗な円を描かないからです。




昔、巻き足はダメだと言われていましたが、中野友加里さんは巻き足でもジャンプを跳んでいました。

伊藤みどりさんのように膝が曲がっていても3Aを跳んでいる選手はいたわけです。


彼女達は多分、そういった理論による効率性よりも、持って産まれた身体能力で跳んでいたのだと思います。



中野友加里さんのジャンプはこれです。

本当に、このジャンプで良く跳べるなあと、今見ると驚いてしまいますね。
多分、こういった跳びかたで跳べるのは3回転までだと思います。

4回転は、もっとシビアな回転軸が必要です。



もし彼女達が、運動理論に則ったジャンプを身につけていたら、伊藤みどりさんのジャンプの高さなら、4回転を跳ぶのは簡単だったのではないかとすら思うのです。


佐野稔氏は以前、膝が曲がっていると空気抵抗が増すからブレると言っていましたが、空気抵抗はそれほど問題じゃないと私は思います。
空気抵抗でジャンプを失敗するなら、袖の膨らんだ衣装はもっての他でしょうから(笑)



足が曲がっていると、重心が片寄り揺れる脱水槽のように回転軸がブレるのです。
回転軸がブレるとジャンプが揺れます。

多分、空気抵抗より軸のブレの方がジャンプへの影響は大きいと思うのです。




綺麗に回転するには、重心がどこにあるかが大切だと思いますが、重心は遠心力により移動します。

「遠心力」は大変身近で、常に目にすることができます。

スカートをはいた女性がターンをすると、スカートは広がります。
時代劇の火消しが持つ纏(まとい)は、回転させると広がります。

つまり、回転させると、下に向いていた重力は円の外に移動しようとするのです。

脱水機から洗濯物を出す時、脱水槽の外側に洗濯物は張り付いています。
遠心力により、重力が外側に移動したのです。

水を入れたバケツを一定以上のスピードで振り回せば、水はこぼれることがありません。

更に話を脱線させれば、SFに出てくる宇宙ステーションが大体円形をしているのは、回転させることで外側に重力を生み出すからです。

それは、遠心力により円の外側に向かって力が動くからです。

つまり、宇宙ステーションの中では、床は常に回転軸に対し外周ということになります。



こういったことを考えれば、膝が曲がって出っ張っていると、重心が外側に動こうとして軸もブレやすくなるということはすぐにわかります。





スピンとジャンプは、どちらもスピードと遠心力を利用して回転します。

ゆっくりと円を描きつつ、腕を締めればスピンの回転は早くなります。大きな円から小さな円になることで回転のスピードがあがるのです。

反対に、回っている時に腕を広げれば回転は緩やかになります。

腕を広げたことで力が中心から外側に移動し、回転軸が太くなるからです。


真っ直ぐ立った状態のアップライトスピンが1番スピードが出るのは、それが1番軸が細いからで、手足を伸ばすキャメルが1番回転がゆっくりになるのは物理的に当然のことなのです。


姿勢変更をすると重心があちこちに移動するので、スピードを維持するのは難しいはずです。

それを、あれだけ腕を動かしながらスピードを保つには、その姿勢の時に最適な重心位置に、結弦くんが確実に乗っているからなんでしょう。

腕を前に出す時と、左右に広げる時では、微妙に重心位置は違うはずなのですから。



さて、そうやって考えていくと、横に流れるジャンプと上に跳び上がるジャンプでは、姿勢は同じではないはずですよね?


基本的に、高跳び型と幅跳び型の、どちらのジャンプの方が難しいかというと、圧倒的に幅跳び型の方が難しいと私は思います。

それは、上に跳び上がる方が回転軸が揺れないからです。


軸が揺れないということは、遠心力により得られる回転を効率良く使うことができます。

それに対し、幅跳び型のジャンプは、まず姿勢を保つのが難しいように思います。


軸がブレやすいので、その補正をする必要もあります。
なので、結弦くんのジャンプで脇が少し開いているのは、腕でバランスを取っているのかもしれないな、と私は思ったわけです。

その上で、着氷間際で腕を締めれば、回転をコントロールすることもできます。

腕を広げることで若干回転スピードは落ちますが、それは侵入スピードを上げることでカバーしているのかと思います。



確かに、トップスピードで真っ直ぐ上に上がって、すぐに腕を体に巻きつけて、瞬間的に細い回転軸を作って回るジャンプが1番効率がいいわけですが、それを横に跳びながらやるのはむずかしいのでしょう。



もちろん、幅跳び型ジャンプにもいいところはいっぱいあります。

高跳び型は着氷の衝撃がダイレクトに体にきます。
でも、幅跳び型はそれを横に流すことで、衝撃を若干軽減できるはずです。

なので、衝撃が大き過ぎて危険と言われる4Aは、幅跳び型でしか跳べないような気がするわけです。

ただ、やはりコントロールが難しいのは幅跳び型なので、これからジャンプを習得する選手と教えるコーチがどちらを選ぶかと考えれば、多くの選手はやはり高跳び型なんじゃないかと思いますが…。


ところで、結弦くんが見事4Lzを披露してくれましたが、ルッツというのは幅跳び型では跳べないジャンプのような気がするのですが、どうなんでしょう。

つまり、ルッツはエッジの流れと逆に回転するので、勢いをそのまま生かすフロージャンプが出来ない気がするのです。

なので、結弦くんと言えど、ルッツはどちらかというと若干幅より高さで跳んでいるのかな?という気がします。



で、良く言われるディレイドジャンプ。

それが何なのかも分からないでプレロテを批判する人が大勢いるのは非常に残念です。



ディレイは遅れるという意味ですよね?

つまり、跳び上がった直後からではなく、ジャンプの最頂点から回り始めるジャンプということです。

選手がバックヤードでウォーミングアップで行うジャンプは大体ディレイドジャンプです。

あれは氷上ではないので、皆さん真上に跳びますよね?
なので、跳び上がってから1番高い位置でクルクルッと回り、ジャンプ姿勢をほどいて降りてきているということです。

これは、高さに余裕があればどんな選手でも可能なジャンプです。
しかし、回転に対し高さの余裕がない4回転はなかなかこんなジャンプは跳べません。

上がって行く時も、降りてくるギリギリまでも回転をしないと4回転することは出来ないのです。

そんな中、結弦くんのジャンプはロシアの関係者に「ディレイド気味」と言われていました。


高さに対して回転が厳しい4回転ジャンプでディレイドにするにはどうやって跳んでいるんだろうと、結弦くんの4lzを良く見てみたら、どうやら跳び上がった瞬間、顔を反対方向に向けているみたいですね。

顔を向けることで、一瞬ベクトルが反対方向に向かい回転を始めるのが遅くなるんでしょう。

いや、本当に細かなところまで考え抜いているなと感心するばかりです。



良く、「フィギュアは音楽に合わせて演技する」と言われますが、スケーターの頭の中は次のエレメンツに対する注意事項で頭がいっぱいです。

フィギュアについて知れば知るほど、どれだけ多くのことを考えながら薄いエッジの上で演技をしているのだろうと、その神業に感動するばかりです。

更に選手達は、まるで足にスタビライザーがついているかの如く、バランスを取ります。

私のような人間には想像もできないバランス感覚です。


しかも氷の上ですからね。
そんな選手達に、フィギュアをやったこともない私が偉そうな事は言えません。

ただ、怪我をしないよう祈るばかりです。



話は変わりますが、先日、EDEAの靴に関する記事を読み、靴もそれなりに進化していることを知りました。

結弦くんが、「アイスフライ」から「ピアノ」に変えたのは有名ですが、「ピアノ」は強度を重視した作りのため、結弦くんの場合、1足で1年くらい持つのだそうです。

まあ、エッジを研いでもらう間の予備は必要なので、常に複数所持はしているでしょうが、それでも靴も進化しているわけです。

トップ選手は2~3ヵ月に1足は変えると言われていたことを考えれば、大きな違いです。

経済的負担もそうですが、慣れた靴を頻繁に変えるのは選手にとってストレスですからね。
変えた靴が合わないというのは、スケーターにとって永遠の問題です。

「ピアノ」は、側面に隙間があります。
にもかかわらず強度を高めるということは、ケブラーなどのアラミド繊維を使っているということなのでしょうか。


EDEAの靴の最も顕著な特徴は、とにかく軽いということらしいです。

皮を何重にも貼り合わせ、強度を出している一般のスケート靴は、本来それ程軽いものではありません。

なので、ジャンプを重視する選手はEDEAを選ぶと思われていますが、実際、ジャンプにあまり重さは関係ない気がするのは私だけでしょうか。


まあ、重いと高く跳べなくなるのは確かでしょう。

でも、重いことのメリットも沢山あるのです。

まず、靴が重りになってジャンプの軸が安定します。

アクセルやサルコウなど、足を振り上げて跳ぶジャンプは、軽いより重い方が勢いをつけられます。

スピンも安定します。

回し始める時、重い方が遠心力は強くなりますから、最初にその靴をぶん回せば、軽い靴より勢いがつくというわけです。

スケーティングもジャンプの着氷も、その重さが動きを助けてくれるということもあるようです。

軽い靴でコントロールするには、それなりにテクニックが必要だということでしょうか。


じゃあ重い靴のデメリットは?というと、それはまず「疲れる」んじゃないのかな?と私は思います(笑)


選手の中には、1度EDEAに変えた後、戻す選手も結構います。
まあ、慣れなんだと思いますが、こういうのは本当に人それぞれなんでしょうね。


で、最近、選手達による高難度ジャンプの習得スピードがハンパなく早くなっています。

理由は簡単ですよね?

映像をその場で見たり、動きを解析したりできるテクノロジーの進化によるものですね。

なんせ、跳んだすぐ後に姿勢をその場で確認することもできますし、既に跳んでいる選手と自分の映像を重ねることもできます。

スピード、侵入角度、空中姿勢。

かつてはビデオに撮ってもその場で確認できなかったものが、今はタブレットで簡単にチェックできて、直ぐに修正できてしまいます。

以前、私は「既にメソッドは完成されている。これからの選手にとって4回転の習得は、より簡単になる」と書いたことがありますが、誰かが出来れば跳び方が分かるので、簡単に出来るようになるのは当たり前のことなのです。

先日、余りに助走スピードが遅く、アクセルの踏み切りの際に、振り上げた足の勢いで、踏み切り足が少し後ろに下がる選手を見かけました(笑)

物凄く長い助走の後、跳び上がる瞬間に後ろに下がってしまうなんて助走した意味がありませんよね?

でも、ジャンプの前にスピードが落ちる選手は大変多いですよね?

私は、アスリートとしての面からフィギュアを見ているので、こういった選手を見るとちょっと歯痒く感じるのですが、全ての選手が結弦くんのようなジャンプが跳べるわけではありません。

一人一人体型が違えばそれぞれの重心も違います。
重心が違えば、跳び方も滞空時間も違います。

様々な形のジャンプがあって、みんなが頑張っているのです。


プルシェンコやタケシの頃に、4回転を抑制するようなルールを作らなけれれば、5年くらい前には全種類跳ぶ選手が出てたかもしれませんが、それでもこの2年の急激な進化には驚くばかりです。

ロシアは、結弦くんのジャンプ映像を教材に使っているコーチもいるということですが、良い演技を小さな頃から見るのは大変良いことです。


人間は、イメージしたものに似せようとする性質がありますから、クリーンなジャンプを見せればその選手もクリーンなジャンプを跳ぶようになるのだと思います。



まあ、運動力学やスポーツ理論などを一切勉強していない人間の感覚なんてアテにはなりませんが、何がどうなってあんな動きができるのか、まだまだ追求していきたいなーと思う私です。


以上