先日、24時間テレビで結弦くんが福島を取り上げてくれました。

福島は、ここしばらくボランティアで行き続けていた場所でもあるので、そこに結弦くんが来てくれたのは、正直大変嬉しかったです。


岩手や宮城は、復興の様子が目に見えるので前向きにもなれるのですが、福島は大変に複雑で、難しくて、そして色々な意味でデリケートなので、取り上げるにあたって、気をつかわれた部分もあったのではないかと思います。


私は、あまりネガティブなことは伝えたくないタイプの人間なので、深刻なことはあえて書かないようにしているのですが、福島はまだまだ復興に手もつけられない場所が多々あり、普通の人が思っている以上に大変な場所です。

私達も、まだ居住制限が解除されていない地域に入り、少しだけお手伝いをさせていただいていますが(本当にたまにしか行ってないのでエラそうなことは言えないのですが…)避難区域といっても様々で、復興へ動き出している場所もあれば、まだ全く手付かずの場所もあります。


今後、少しずつ居住制限が解除されていく場所が増えていきますが、線量が高いため今だに「帰宅困難地域」とされ、バリケードに囲われている場所もあるのです。

そんな場所は、ボランティアすら入れません。
家財の持ち出しなどで短時間だけ入れるそうですが、ボランティア活動も出来ないのです。


入るのも、元住人の方の同行がないと入ってはいけません。


以前、先日ニュース番組で結弦くんも訪れていた富岡町に、友人も入ってきたらしいのですが、中は震災直後のままだったそうです。

案内されて入っただけですが、震災直後のような光景に、経験豊富なボランティアさん達も言葉を失っていたそうです。


帰宅困難区域より緩い、居住制限区域での作業でも、作業中はずっとカウンターがピーピー鳴っているのが普通なのですが、きっと帰宅困難区域はそんなレベルではないのでしょうね。


富岡町だけではなく、福島では至る所に黒いフレコンバックに詰められた、汚染物が積み上げられています。

除染で出る土などがほとんどですが、これから先、セシウムの半減期が過ぎるまで30年以上放置されるのかもしれません。

本当にやりきれないです。

除染がなかなか進まないと話題になることもありますが、剥ぎ取られた土はこうしてどこかに保管しなければいけないのですから、結局改善はされていないのが現状です。

そして、国がどこか別の場所に保管場所を造ろうとすると、必ず反対が起きるのですから改善のしようもありません。


そう考えると、福島の戦いがいかに困難なものかがわかり、心が重くなるのです。





4年が過ぎて、ガレキが放置されている場所などもうないと思っていたのに、帰宅困難区域の中はそのままで、ボラに入ることもできなかったりするのですから、復興復興と浮かれるわけにはいかないと気を引き締めるしかありません。



エブリィでは、賠償金の差による被災者の分裂も取り上げられていましたが、問題はそれだけではありません。

いわき市などでは、大量に流入してきた被災者と、以前から住む住人の対立も起きています。

当然です。

原発事故で住む場所を追われた人には、東京電力から毎月生活費が支給されているからです。



震災で同じように家を失っても、片方は毎月お金をもらい、片方は何も貰えないのです。

さらに、住人が増えたことで地価が上がり、家賃は高騰します。

新しい住居を探すのがどんどん難しくなるのです。
古くから住む人達から見れば、こんな理不尽はありません。

賠償金を貰っていない人は働かなくてはいけないのですから
「新しく来た奴は、金をもらってフラフラしているだけだ」
と不満が募るのも仕方ありません。


もちろん、賠償金をもらっている人達だって辛いのです。

仕事をし、大きな家に大家族で住んでいた人達が、ある日突然故郷を追われ仕事を奪われ、狭い家で家族バラバラの生活を余儀なくされたのです。

ただ生きるのに最低限のお金を貰えればいいというものではなく、人としての尊厳を失いそうになっているのです。



これを聞いて、どちらが悪いと言えるでしょうか。

私は何も言えませんでした。




じゃあ東京電力が全て悪いのでしょうか。

でも、電気は確かに私達を便利にしてくれました。

電力会社は、私達の望むものを与えてくれただけです。
私達が必要としなければ、電気の需要などここまで伸びなかったのではないでしょうか。


では、今部屋にあるもので、無くなっても困らない家電製品はいくつあるでしょうか。

私はひとつもありませんでした。


そもそも家にいる時間が少ないので、無駄な家電なんてないのです。

無くてもなんとかなるレベルであれば、除湿器とドライヤーくらいは捨ててもいいですが、他には、冷蔵庫、テレビ、パソコン、エアコン、蛍光灯、電話に掃除機くらいしか持っていません。

ゲーム機や音楽プレーヤーは持っていません。

全て必需品です。



それらを使っている以上、東京電力を悪の根源と糾弾する権利は私にはないのです。





ボランティアは良く「地雷を踏む」ことがあります。

慰めるつもりで言ったことが、かえって相手に失礼だったりするような、そういうたとえです。


先日も、野馬追いの会場で、飯舘村で2500本の桜を植えている会田さんとお話しをしていた時、人間がいなくなって増えまくっているイノシシの話になり、誰かが冗談で
「じゃあ、涼しくなったら、イノシシ撃ってボタン鍋でもしますか」
と言ったのです。

すると会田さん

「あ、殺してすぐのイノシシは食べられないんだわ、線量高いから」





……地雷を踏んでしまいました。

もちろん会田さんがそれで傷ついたわけではなく、すぐに、こちらを気遣かって言ってくれました。

「あ、でもね、半年くらい飼えば線量は下がるのよ。ただ、飼っちゃうと情が移って食べられなくなるでしょ」

半年飼えば線量が下がるというのは、汚染されていない飼料を食べていれば、そのくらいでセシウムは尿などで排出され線量は低下するのだろうな、というのは聞いていて理解できましたが、もうそんな話は続けられません。

「この人優しいから」と奥さんも合いの手を入れてくれましたが、私達の中で「イノシシ撃ってボタン鍋」は禁句となりました。




福島では、ボランティアの作業の多くが「竹刈り」に費やされます。

別に「やらせる仕事がないから竹刈りでもさせとくか」というわけではありません。
竹が生えていると、除染をして貰えないからです。

それと、竹は成長が早く、あっという間に木の上まで葉を繁らせ、太陽を遮断して他の木を枯らします。

竹を放置すれば、数年で里山は死ぬのです。



住民の方が帰ってきた時に、余りの荒廃に心が折れることのないよう、出来れば除染が出来るよう、除染に邪魔な物を少しでも撤去し、出来る限り環境を整えていたい…。

ボランティアの仕事はそのくらいです。

福島では、復興のお手伝いというよりも、荒廃を少し遅らせることくらいしかできないのです。


それでもやらないよりはマシ。

それが福島の避難区域の現実です。





3月11日の前後や、こうして結弦くんが活動をしたりすると、みんな思い出したかのように
「被災地を忘れないようにしましょう!」
「復興支援のために被災地のものを買いましょう!」
と、SNSが賑やかになります。


もちろん、何かのきっかけで思い出してくれるというのは、全く無関心でいられるより全然マシなんですよ。
でも、私は「なんだかなぁ…」と思うのです。



だって、そういうことをアピールする人って、大体が被災地に行ったことのない人なんですから…。

もちろん、無関心よりマシなんですよ?
でも、人に「震災を忘れないようにしましょう」と言うなら、せめて1回くらいは被災地に行って欲しいなあと、私なんかは思うのです。

何も、ボランティアをしなくても、見るだけでもいいんですから。
そんなツアーもあるんですから。


もちろん、「誰が亡くなったんですか?」とか「どうやって助かったんですか?」とか、自分の好奇心を満たすため不躾なことを聞いて、傷ついた人の心を土足で踏み荒らすようなことはしちゃいけません。

でも、やっぱり、被災地を知らないのに、被災地の方々の気持ちを代弁するような発言をするのも間違いだと思うわけです。


被災地の物産を買うのも、そんなのはSNSに載せるような特別なことではなく、日常のことだと私は思っています。

埼玉の商品と被災地の商品が並んでいたら、とりあえず被災地の製品を買う。

東北物産展をやっていたら、とりあえず何か買う。


それは日常の行為であって、特別なことではないんです。
支援とか、そんなたいそうなことじゃないんです。



だからといって、使わないものや食べ切れないものを買う必要はありませんよね?

私は、無駄なものは一切買いません。
たくさん買うこともありません。

ただ、欲しいと思っているものの中に被災地のものがあったら、とりあえずそれを優先するだけのことです。



私は、北海道のものも「優先」にしているので、買いたいものは、まずひっくり返して生産地を見て、北海道や東北のものがあったらそれを買います。

それは、毎日の普通の行動です。


それが特別なことだとは思ってはいませんし、誰かにアピールすることだとも思っていません。


心の中に常に故郷と東北を置いておく。
それだけのことです。



家族と住んでいる友人達は、物産展を見かけると、いつも私の数倍の物を買っています。
でも私は一人暮らしなので、たくさん買っても捨てることになります。

なので、本当に消費出来る程度しか買いません。

でも、桃を買うなら福島産。トウモロコシを買う時は北海道産を探す。
そんなことでも毎日続ければ、少しは支援になるのじゃないかな?と、そんな風に思ってやっているだけです。

でも、その程度でも十分ではないでしょうか。




先日、南相馬のガソリンスタンドで、バスに給油している間のほんの僅かな時間ですが、スタンドのご主人のお話を聞かせていただきました。

住んでいる住人がいないのですから、店を続けるのは実際には大変なことです。

震災直後、住人が避難して誰もいなくなったのを見て、正直もうダメだと思ったのだそうです。
ガソリンを入れに来る住人がいないのですから…。

店を閉めるしかないと思っていた時、ご主人が見たのは、次々とやってくる支援物資を積んだトラックや、震災直後に被災地入りをするボランティアたちの車の列だったそうです。

ここのガソリンスタンドが無くなったら、この人たちはガソリンが無くなって動けなくなるだろう。
そうしたら、ここから先に支援物資が届かなくなる。
中継地点としてのスタンドを閉めるわけにはいかない。

そう考えて、誰も住まなくなった町で、一人で必死にスタンドを守ったのだそうです。


今でもそこのスタンドは、営業している数少ないスタンドということで、ボラやトラックの運転手たちを支えてくれています。



聞いている途中から涙が出てきたのですが、こんな話は被災地ではいくらでもあります。
特に珍しい話ではないのです。




福島に行って、結弦くんも色々と考えることがあったと思います。

「避難解除になったって、若い人は帰ってなんか来ないよ。子供がいたらなおさらだよ」
と福島の皆さんはおっしゃいます。

きっとその通りなんでしょう。
放射線の問題が無くなったわけではないのですから、子供がいる家庭はなかなか帰れないでしょう。





福島は、まだまだ問題が山積みです。

お金を集めても、人を集めても、時間をかけても、簡単に解決しない複雑さがそこにあります。

結弦くんは賢いので、きっとすぐにそれを理解したと思います。


みんなにアピールしたところで簡単にどうこうなる問題ではない以上、できるのは「寄り添うこと、忘れないこと」くらいしかないのです。


それでも、そんな被災地から、目を背けず向き合おうとしている結弦くんは本当に凄いなと、いつも感動しています。

私も、そんな結弦くんのファンとして、恥ずかしくないよう、少しづつ良い方に向かっていると信じて、これからも被災地を応援していきたいと思います。



150824 every 被災地への想い アイスショー舞台裏 投稿者 YzRIKO

友人にも見てもらいたいので、この動画をお借りしました。
いつも上げてくださる動画主様には、本当に感謝いたします。

以上