先日「世界は謎に満ちている」という番組で、フィギュアの得点差についてのコーナーがありました。

ほとんどミスをしなかったデニス・テン君より2回もコケた結弦くんの方が7点も高いのは何故?

という例をあげながら説明していたんですが、その理由が全然回答になっていなかったんです。


「後半のジャンプの数」というのと「カメラの死角」っていうのが答えだったんですが、いや違うでしょ!
技の難易度とプログラム構成による5コンポーネンツの得点の差ですよね?

なんか、例に上げられた二人が気の毒になるような回答でしたよね?


後半のジャンプの数は二人とも同じ5つだし、
「カメラの死角で苦手な技をやればジャッジの目が届かないから」
なんて言ったら、シロートさんにはまるで結弦くんがズルいことをして点数が上がったって受け取られちゃいますよ。

もし、そういうことをやっている選手がいるんだとしても、少なくともこの二人の得点には関係のない話です。



というわけで、ちょっとスケオタのような話をします。
面倒臭い人はスルーして下さい。



私が、この3ヶ月間に勉強してきたことでわかる範囲だけですけど、ソチでのフィギュアの得点はこうなっていました。

演技構成はこんな感じ。




結弦くんは、冒頭の4Sでコケてマイナス3点を食らっています。
3Fもコケたので、マイナスがついています。

後半の3連続ジャンプは、最後の3Sをミスしたためジャンプとしては認められず、基礎点11.77稼げる場所で5.72しかもらえず、さらに-0.3と大きく点数を下げています。

ハッキリ言って、コケた2回よりこっちの方が痛かったくらいです。

バツがついているジャンプは、後半のジャンプなので、点数は1.1倍になります。
本来ならコツコツ積み上げるこのボーナス点も、ジャンプの失敗で、ほぼパーです。

で、ここで差が出るのが出来栄え点(GOE)ってやつですが、成功したジャンプにはかなりの加点がついていますので、1.1倍のボーナス点と出来栄え点で、何とかブラスに持ち込んだ感じでしょうか。

つまり、失敗してない部分の出来がいいので、コケても点数的にはまだテン君より上なのです。

しかも、難易度はこれ以上ないくらいの高さです。
このプログラムを見るだけで、あの子はなんてことやってたんだ?と呆れてしまうくらいです。

これを見る限り、失敗しないで滑りきったら、あと10点は確実に稼げるプログラムだったということがわかります。

テン君のプロトコルはこれです。



4回転を1種類しか持っていないテン君は、3Aをシングルで使ってしまい、後半のジャンプに2Aが入っています。

取っておきの3A(トリプルアクセル)をどちらもコンビネーションにして難易度を上げている結弦君に対し、2Aをシングルで飛んでいる時点で、得点は伸びてこないのです。

しかも、出来栄え点は全体にあまりついていません。4Tについて言えば加点はゼロです。

結弦くんの4Tに2.14の加点がついていることを考えれば、ジャンプではまだ差があったということです。
(ま、コケたら減点されちゃうんですけどね。笑)


もちろん、フィギュアはジャンプだけじゃありません。
技術を見るのが「テクニカルコンポーネンツ(TCS/技術点)」なのに対し、美しさを見る「プログラムコンポーネンツ(PCS/構成点)」という得点があります。

昔でいうなら芸術点というと言われる部分でしょうか。

長い間、結弦くんはベテランの選手達に対し表現力で劣ると言われていました。
私もそう思っていました。

でも実を言うと、このプログラムコンポーネンツの中に「表現力」なんて項目はないのです。

技の美しさは出来栄え点で加点減点されますので、この5種類の項目は、音楽を表現しているかとか、技と技のつなぎに工夫がされているかといった、全体の芸術性を見ているのであって、表現力といった数値化できないものは入っていないのです。


結弦くんのPCSはこちら



テン君の点数はこちらです。
やはりPCSは全体にテン君の方が低いのです。



そもそもスケーティングスキルとしての評価に差があったため、点数に開きが出ているのです。

二人の点差にカメラの死角は関係ありません。



で、そもそも表現力とはなんでしょうか?

笑ったり、悲しそうな表情を浮かべたりすればいいのかな?

それとも、一瞬にして会場を引き込むカリスマ性?


昔の、6点採点時代はそれで良かったのですが、それだと、回転が足りてないのに笑顔で着地すれば観客にはわからないので、いくらでもゴマカシがきいてしまうということになります。
今は皆さんビデオを録りますから、ごまかすのが上手い選手が高得点を取ってもバレますし、何よりフェアじゃありません。

フィギュアに高い芸術性を求める人の中には、ジャンプはコケた時点で0点にすべき、という人もいます。

転倒しても点がつくから、みっともない演技が増えたのだというわけです。


確かに、ミスのない、流れるような美しい演技をした選手は評価に値すると思いますが、コケたら0点なんてことになったら、誰も難易度の高いジャンプを跳ばなくなります。

誰も難しいジャンプを跳ばなくなった時期があったんですよ。
そして、あっという間にフィギュアは魅力を失っていったのです。

シニア選手が、ジュニア選手でもできる技を並べて演技するわけですから、美しいのは当たり前。
でもそれじゃ面白くはないのです。

特に男子は劇的にツマラナクなりました。


失敗する恐れのない演技なんて、競う必要はありません。そんなものはアイスショーで十分です。

フィギュアは「芸術性の高いスポーツ」です。

美しい舞踊を見たいだけならバレエを見ればいいのです。


フィギュアスケートは、あくまでスポーツであり、選手はアスリートです。


そんな選手達の挑戦する意欲を「コケたから0点」「回転足りてなかったけど、コケなかったから10点」なんて点数にしても意味がありません。

芸術性を求めるスポーツは他にもありますが、新体操とかシンクロとかでも、ミスしたら0点なんでしょうか?



私は、挑戦を忘れたスポーツに未来はないと思うのです。

ジャネット・リンが記憶に残ったのは、ミスしても笑顔で立ち上がったからです。
(ええ、見てましたとも)
そこにスポーツの清々しさがあったんです。

高い得点を求めて日々練習を積み上げていくのがアスリートです。

ベテランが守りに入った時点で、若き挑戦者に負けるのは時間の問題になります。
それがスポーツの常なのです。


少し話は逸れますが、去年の結弦くんとパトリックのPCSの得点には、正にそういったドラマがありました。

去年、最初に当たったカナダ杯で、結弦くんのPCSは76.86点でした。それに対しパトリックは90.92です。
大体14点ほどの差がありました。

次のエリック杯では結弦くんは81.94、パトリックは96.50。

10点満点の得点で96.5というのは、ほとんど完璧な演技だったということで、流石の絶対王者という点数なのですが、ここで問題なのは、ノーミスのパトリックに対し、4Sでコケてる結弦くんのPCSが5点も上がったということなんです。

PCSというのは信用点でもあります。
滑り込んで動きが良くなれば、少しずつ上がっていくのです。

技術点では結弦くんの方が高い点数が出るプログラム構成なので、次はもっと差が縮まることは想定できたはずです。

結果、ファイナルで、結弦くんのPCSは92.38、パトリックは95.48。
PCSでは勝っていたのに技術点で負けて、パトリックは敗れたのです。

90点台の点数を出すのはパトリックと高橋選手とハビエルくらいだったのに、結弦くんが90点台に乗せてきたら、もうあのプログラムでは勝てないということになります。
(それだけ、カナダで結弦くんにスケーティングを教えているトレーシー・ウイルソンの技術が素晴らしいということなんでしょうね)

本来ならパトリックは、ここでプログラムを見直し、ジャンプの難易度を上げるしかなかったのです。

パトリック自身、ファイナルで敗れた後「自分には秘策がある」と発言していたので、誰もが「パトリックはオリンピックでは後半のコンビネーションの3F+2Tを3A+2Tに変えてくるんじゃないか?」と思っていたそうです。

でも、結局パトリックは構成を変えてきませんでした。

まあ、パトリックはアクセルが苦手なのでリスクを避けたのだと思いますが、ここはリスクを取ってプログラムを変更すべきでした。

だって、PCSは、「その選手にはそれだけのスキルがある」ということなので、一度上がるとあまり下がらないんですから。

ファイナルで90点台がついたということはオリンピックで同じレベルの演技をしたらそれを上回る確率が高いということなので、パトリックは何か策を講じる必要があったんです。


結弦くんはまだ若く不安定とはいえ、攻めなかったパトリックは、その時点でジャッジの心象を下げてしまったのかもしれません。
特に最近は、攻めている選手に高い点数がついているようなので、フィギュアは、かつての芸術性重視よりスポーツ寄りになってきているかもしれませんね。



まあ、わかりにくいと言われるフィギュアの得点ですが、理解してくるとかなりシステマチックになっていて面白いものです。

それを「苦手な演技はカメラの死角でやる」なんて説明するのは、何というか
「難しい説明したってどうせ視聴者にはわからないんだから」
というテレビ局の声が聞こえてきそうですよね。

海外のテレビではこういったポイントの仕組みというのを数字で説明してたりするのですが、日本のテレビというのは、まだまだそういうのもなのでしょうね?

ちょっと残念に思ったテレビ番組でした。


PS
ベテランとかって書いちゃったけど、パトリックってまっちーと同い歳だ(笑)


以上