先日夢の中で

「キムタクにスリーコードを教えたのは俺なんだよね」

と語りかけてくるおじさんが出てきました

その後目覚めて思い出したのです
それはもう数十年前のこと
ライブの打ち上げやら何らかの飲みの席で
誰だかよくわからん人と酒を酌み交わしたりすることも多く
そんなタイミングで実際に聞いた話でした
もう何も覚えていないのですが
胡散臭い感じの人だったのは確かです

全国で「あなたがキムタクにスリーコードを教えたのですか?」
と聞いたらば
名乗り出てくる人は100人くらいはいそうな気もします
そもそもスリーコードなんて基本のキみたいなもん
教えるもへったくれもないものですが



以前のブログ記事で
いぶりがっこの話をしたこともありましたが
忘れていたはずの言葉が突如出てくる事が驚きです

また、どうでもいいことなのにずっと覚えている言葉もありますよね
折角なのでここで取り上げようと思います


あれは沼津港に軒を連ねているとある干物屋で
物色中に年配の観光客の方たちが店主に
「この魚は脂の乗りはどうですか?」
と聞いて
店主が「今の時期は脂はイマイチでね~」と
話している後ろから店の奥さん?が

「美味しいと思ったら美味しいの!!
全く最近はみんな贅沢になっちゃって」


と横やりを入れてきたのです
客に対してになんちゅう言い方じゃ、と
私は思わずそそくさと店を出たのですが
未だにこれは覚えています



学生時代、大学の近くの懇意にしていた定食屋があり
よく喰いに行っていたのですが
そこの店主が小学生の息子に

「おいタバコ買ってきてくれ」

と頼み
しばらくして戻ってきた息子の手には
たまごがありました

これはほっこり系で憶えています



バンドでのデビュー付近の話ですが
プロデューサー氏の作詞の話です
「俺は作詞の才能はあるが生み出すのが本当に苦労するんだよ」
と常々語っており
ある日、作詞の完成とともに

「ついに赤い玉が出た、もう二度と詞は書けない」

赤い玉とは最後の最後という証で
燃え尽きた、という気持ちなのでしょう
その後も幾度と詞を書き上げ、同様の言葉を聞きました


当時レコーディングではそのプロデューサーのギターを借りる事が多く
そのたびに文句を言われたものです
やれお前が弾いた後は指紋が取れない、とか
弦が異様にサビる、とか
私の手垢は未知の分泌液が出ている、とまで言われ

「本郷、お前本当に人類?」

わかりません、としか言いようがありません


デビューに際して
「本名で出るのもアレなんで、僕にも芸名付けてくださいよぅ」
と申し出た時

「ならポンコーチンとかどうだ?
アハハはははははは!」


この瞬間、私にはある感情が湧き出したのだが
その感情の名前は伏せておく事にします。



お互いの誕生日は一日違い